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レッスン:2026年8月 “デフォルトがバッハ?”

つい最近、あまり歓迎されないハプニングが起こりました(しかもピアノ関係で)。
そもそもそのような事は滅多にないレア中のレアなケースなのだけれど、いやいや私の場合、遭遇してしまうんだろうな。本人としては全く以て嬉しくないのに呼んでしまう体質なのか、それともそういった星の元に生まれてきているのだろうか。そんな風に捉えてしまうのがもはやマストになりつつある自分ですが、その出来事に対してはつい最近まで呆れるを通り越して若干途方に暮れておりまして。
それでも若い時に比べるとだいぶ鈍感力も養われ、年を取るごとにその類いの出来事に関してはあまりセンシティブな受け止め方をしなくなり、我ながら“逞しくなったな、私”とは思ってはいたのですが。どうやら自分の気持ちにも鈍感になっていただけで、心の深いところに受けるダメージの大きさは昔と然程変わってはいなかったです。
その出来事自体、不慮の事故の如く不可抗力で顧みる必要もない為、今はとにかく早く忘れてしまいたい。でもこの心の内にあるモヤモヤとした何とも言えぬ気持ちだけでも吐き出したい!という事で、noteに思いつくままに書き連ねてしましました。恐らく自分以外は???な前置きになりまして、申し訳ありません。

さて、そうは言ってもレッスンは通常通り受ける事が出来たので、早速レッスン記を綴って参ります。

〜8月1回目のレッスン〜

ピアノはSK-5のレッスン室。

■平均律第一巻6番/d-moll BWV851よりプレリュード:バッハ(4回目)

前回のレッスンで全体的にテンポが安定していない(途中から走ってしまう悪癖の為)ことを指摘されていたので、その点を特に留意して弾き始める。
…が、やはり弾き始めと途中からのテンポに差がある(弾き始めは若干ゆっくり~)ことを再び指摘される。
「テンポが走ってしまうので、恐る恐る弾き出しているのが原因なのかもしれないです」
と私。
かと言ってあまりゆっくりのテンポだと曲が流れていかないし、速すぎても(←そのテンポで弾き切ればいいのだけれど、途中で音の迷子になり、回復せずに崩壊することは必至)リスクが高いので、今のテンポ感(走り出したテンポ)以上にはしないようにとの事。
また、左手をもっと歌う(強弱の抑揚をつける)ように。この作品もどちらかと言えば左手が要なんだろうな。
プレリュード、弾き始めも肝心。“もっと潔く”を念頭に置いた方がいいかも。右手単体としては弱起だけれど、曲としては強起だから。私の場合、意識がまだ右寄りなのだろう(右手3連符が未だ以て苦手意識があるため)。

「次回、また聴かせてください。その時、よろしければフーガも併せて弾いて下さい」
と先生。
ああ、このお言葉が出るという事はプレリュードは次回で一区切りなのだろう。(そう言えばフーガ、全然譜読みしてないや。間に合うかな…)


〜8月2回目のレッスン〜

ピアノはSK-5のレッスン室。

■「忘れられた調べ第一集」Op.38より4.川の歌:メトネル(3回目)

当初は前回レッスンの流れから平均律1-6を見てもらうことを予定しており、ウチ練でも当該作品の練習をメインに、懸念していたフーガの譜読みも思ったほど難しくなく3声併せても比較的早い段階で一通り弾けるくらいにまで指にも頭にも馴染み、更に声部別の練習までも出来る状態まで進んだけれど、、、、(今まではフーガの最初のレッスンまでに声部別の練習が間に合わないことが大半だったので)。構造も分かりやすく、指の運びも比較的素直。アーティキュレーションも明解な方。でもあまりにもシンプル過ぎるので、曲としてある程度の形にするとなると逆に難しいのでは、このフーガは。
また、プレリュードも漸く左の意識が出来るようにはなったけれども、左右の音のバランスが全体的にまだしっくりこない。
ということで、バッハはレッスンに持っていける状態とは胸を張ってはいえないと判断し、代わりにメトネルを持っていくことに。

譜面を楽譜台に置き、
「今日はメトネルを見て頂きたく…」
と伝えると、
[ああ、その作品ね…]
といった先生の、どちらかと言えばあまり喜ばしくないような、言葉には出されなかったけれどもそのような感情が伝わってきた瞬間がありました。
「分不相応な作品でスミマセン」
と今回も一言添えてから一通り弾く。
前回よりは良くなってきているが、ダイナミクスのレンジを広げると曲のメリハリがつくとの事。
fやffなどよりもppやpppなどの弱音の方がテクニックが必要。
というのも、この作品は弱音の指示がそこらかしこにある上に、左手パートで音の上行の天辺がppなどの指示もサラッと普通に書いてある(鬼)
という事で、今回は弱音のレクチャーを中心としたレッスンに。
まずは第一主題の左手アルペジオを取り上げて何度か弾いてみると、弱音の感覚も段々とは掴めてはきたが、今回ピアノがシゲル・カワイ氏だから鍵盤の表面を触る程度でも音が鳴ったっていうのもあるのだろう。同じ弾き方をしてもピアノによっては不発だったりするんだろうな…(弱音の難しさよ)

その他、この作品に限らず、メトネルは指使いも音の構成も独特な作品が多い。
そういった難しさが教える側からすると、趣味でピアノを弾いている人間に対してレッスンでどのように伝えればいいのか、大いに迷う要素があるためにあまり扱いたくない作曲家(作品)なのかもしれない。
バッハとメトネルでは、明らかにバッハの方がレッスン中における先生の熱量が全然違うと感じられたし。


8月のレッスンまとめ

こちらの教室に通い始めて最初のころは曲(基礎の教本や練習曲ではなく)をレッスンして頂いておりました。レッスン時間が30分と短いため複数の曲を習う事は私にとっては過去の経験から現実的ではないこともあり、レッスンでは一作品のみというマイルールのもと今まで負担なく続けられております。
レッスンを受けて3年ほど過ぎた頃から、私の希望で基礎力や指の独立の向上のためにバッハのみレッスンして頂く事になりました。
バッハのみのレッスンはそれから3年半もの間続き、とある理由から昨秋以降バッハ以外の曲もレッスンで受けるようにはなりました。当初は交互に見て頂くことを予定していましたが、結局予定通りには行かず、どちらかと言えばバッハが占める割合が相変わらず多いままではありました。
先生もバッハのレッスンが慣れているのもあるのか、次回もバッハといった流れになることが多く、こちらから積極的に他の作品の存在をアピールしないと有耶無耶のままになってしまっている。最近大いに感じていることの一つでもあります。
私としては、バッハのみのレッスンは十分な期間教えて頂いたし、大変感謝している。それでもなお弾いていないバッハの作品も数多くある。しかし今は次のフェーズとしてバッハ以外の作曲家の作品見て頂きたい。
以上が以前この記事の文末に書いた思いです。

…なんだか、この8月は総じて気持ちが晴れずモヤモヤすることが多いようです。(現在進行形)

今回もまとまりがなく、その上気持ち的にもマイナスな要素が多くなってしまいましたが、ここまで長文をお読み下さり有難うございました。