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【アキバ・リライト】#1/48「ラボが終わる夜」

「■月■日、午前零時をもって、当該区画の使用停止を通告する」
読み上げたしおりの声に、感情の起伏はない。
ただ一度短く息を吐き、紙面をなぞらせていた視線を部屋の最奥にある壁の一点へと向ける。
残り時間は、二時間と四十七分。
秋葉原の裏通り、雑居ビルの三階。
薄暗がりの一室は重い沈黙で占められ、針の音だけが乾いた残響を刻み、
ローテーブルに投げ出された1枚の通知文書は、このラボの余命を宣告していた。

「……無理ですよ。物理的に間に合わない」
ユーゴが、開いたノートPCの影から声を震わせる。
バックライトを反射するリムレスのレンズにハの字に下がった眉尻が掛かり、
泣き言をいうために生まれてきたような面持ちになっていた。

「間に合わないじゃない。やるのよ」
ユーゴに応じたのはひかりだった。ショートカットの前髪から大きめの瞳がのぞく。
運動部然とした快活な声はよく通り、全てがユーゴとは対照的だった。
言葉こそ強いが、彼女の声に突き放すような響きはない。
技術担当のユーゴが無理と言ったものは無理なのだ。それは彼女も、他のメンバーも理解しているからだろう。
つまりこの言葉は、ユーゴに向けられたものではなく――

「ライト、あんたが決めなさいよ」
ひかりはこちらを向かない。腕組みしたまま言葉だけを投げて寄越した。

ライト―― オレは、ラボの奥に鎮座する旧式のCRTを見る。
残された時間でオレたちに出来ることは多くない。
それならば何を切り捨て、何を救い出すのか。ひかりが問うたのはそういうことだ。
思考を整理する。ラボが無くなってしまうことは重大な問題だ。
しかし、オレたちにとって致命的なのはこの場所を失うことではない。
この場所で積み上げた"存在しないはずの記録"が、この街のノイズに溶けて消えてしまうことだ。

そうだ。オレたちはこの数ヶ月の間、それを集め、この場所につなぎとめるために存在をかけて戦ってきた。
どうすれば守れる? ……いや、何を選べば、もっとも少なく失える?
真っ赤に染まったガントチャートはあらゆる選択肢を握り潰していた。

オレは口を開こうとして、喉がカラカラになっていたことに気づく。
集めた唾を無理矢理飲み下して、この部屋にいる全員に聞こえるように、言った。

「いま、口を開けば、何かが決定的に壊れる」
持って回った言い方だったかもしれない。しかし精一杯選んだ表現がこれだった。
しおりの眉が微かに動く。ユーゴがガシャガシャと髪をかきむしる。
ひかりは腕組みしたまま動かない。二の腕に食い込む指が、袖のしわをわずかに深めたように見えた。
それは前向きな決断の発信ではなく、現状の「詰み」の報告だった。

――ここまでなのか?
――どこで順番を間違えた?

全部まとめて、この街に飲み込まれてしまうのか?
全部まとめて、そんなものはなかった、と書き換えられてしまうのか?

ライトは焦燥に焼かれた脳で解を探った。記憶のピースをバラしては、何度も違う形に組み立て直す。
反芻という言葉では生ぬるい。
それは能動的な思考を超えた速度で起こるフラッシュバックのような、あるいは走馬灯のようなものだったのかもしれない。

この異常事態は、今始まったのではない
物語は三か月前。ライトはまだ知る由もなかった。
自らの行動が******とは。
自らの沈黙が「誰」を追い詰めることになるのか。

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