宅建マイスターは、ここを見ています。#78 私は、「少し黙ります。」
私は、「少し黙ります。」

住宅の内見では、私はよく話します。
設備について説明する。
間取りについて話す。
お客様からの質問に答える。
気になるところがあれば、それもお伝えする。
当然ですよね。
でも、物件によっては、
私は途中で、少し黙ります。
別に、話すことがなくなったわけではありません。(笑)
音を聞くためです。

「音を聞くためです。『ちょっと静かにして、聞いてみましょうか。』」
たとえば、
線路が近くにある。
学校が近くにある。
幹線道路が近い。
そんな物件では、
「ちょっと静かにして、聞いてみましょうか。」
と、お客様にも一緒に耳を澄ましていただくことがあります。
地図だけでは、音は分かりません
線路が近いから、うるさい。
学校が近いから、うるさい。
幹線道路沿いだから、うるさい。
地図を見ただけで、そう決めつけることはできません。

建物との位置関係もあります。
窓の向きもあります。
周囲の建物もあります。
そして何より、
実際に室内で、どの程度の音として聞こえるのか。
これは現地へ行ってみなければ分かりません。
だから私は、
その場で聞いてみます。
そして必要なら、
窓を閉めた状態と、開けた状態の両方で聞いてみます。

窓を閉めると、思っていたより静かになることもあります。
反対に、
「窓を閉めても、結構聞こえるな。」
と感じることもあります。
それも、実際にその場所に立ったから分かることです。
ただし、ここで私が、
「このくらいなら大丈夫ですよ。」
と決めることはしません。
音の感じ方は、人によって違います
電車の音が、ほとんど気にならない人もいます。
車の音が気になる人もいます。
学校から聞こえる子どもの声を、
「にぎやかでいい。」
と感じる人もいれば、
「毎日だと気になるな。」
と感じる人もいるでしょう。

実際に暮らすお客様自身が、どう感じるか。
そこが大切です。
だから私は、
「大丈夫ですよ。」
ではなく、
「ちょっと聞いてみてください。」
と言います。
お客様自身に聞いていただく。
そして、判断していただく。
私は、そのためのきっかけをつくればいいと思っています。
でも、内見した時間がすべてではありません
ここが、今回一番お伝えしたいところです。
たとえば、
平日の午前11時に内見したとします。
道路は静かだった。
学校からも、ほとんど音が聞こえなかった。
電車も通らなかった。
では、
「この家は静かです。」
と言えるでしょうか。
私は、そうは考えません。
音には、「時間」があります。

朝の通勤時間なら、道路の交通量が増えるかもしれません。
夕方なら、また違うかもしれない。
学校も、
授業中。
休み時間。
登下校。
部活動。
それぞれ違います。
電車も、内見している30分の間に、たまたま通らなかっただけかもしれません。
近くに店舗や施設があれば、営業時間中と営業時間外でも違うでしょう。
さらに、
平日と休日でも違います。
つまり、
内見した瞬間の音が、その場所のすべての音ではありません。
だから私がお客様に耳を澄ましていただくのは、
「今、音がするかどうか」を判定するためだけではありません。
むしろ、
「時間帯が変わったら、どうだろう。」
と考えていただくためです。
「今は静か」と「いつも静か」は違います
線路が近いのに、思っていたほど電車の音が聞こえない。
学校が近いけれど、室内ではあまり気にならない。
それも大切な情報です。
ただし、
「今は静かだった。」
という事実と、
「いつでも静かだ。」
ということは別です。
私はそこを分けて考えます。
だから、
「今はこうですね。でも、時間帯によっては違うかもしれません。」
とお伝えします。
それが、内見で確認できることの限界でもあると思っています。

音は、写真には写りません
内見では、どうしても目を使います。
間取りを見る。
キッチンを見る。
お風呂を見る。
収納を見る。
窓を見る。
日当たりを見る。
でも、
そこで暮らし始めたら、
音も毎日の生活の一部になります。
しかも音は、
間取り図を見ても分かりません。
物件写真にも写りません。
現地へ行って、
初めて分かることがあります。
だから私は、
内見中、ときどき話すのをやめます。
そして、お客様にも、
「ちょっと聞いてみてください。」
とお願いします。
電車が聞こえるかもしれない。
車が聞こえるかもしれない。
学校から声が聞こえるかもしれない。
あるいは、
思っていたより静かかもしれない。
その瞬間だけで、
「静かな家」「うるさい家」
と決めるためではありません。
今聞こえる音を知って、
さらに、
朝だったらどうだろう。
夕方だったらどうだろう。
平日と休日ではどうだろう。
と想像していただく。
それも、内見でできる大切な確認の一つだと思っています。
見るだけでは、
分からないことがあります。
だから私は、ときどき、
「少し黙ります。」

