本当に仕事ができる人の話は、なぜかすっと入ってくる
昔の私は、
「頭がいい人」というと、
難しい言葉を知っていて、
専門知識が多くて、
説明も高度で、
会話についていくのが大変な人。
そんなイメージを持っていた。
でも、仕事をするようになってから、
少しずつ、そのイメージが変わってきた。
本当に「この人、仕事できるな」と
感じる人の話って、
なぜか、すっと入ってくるのだ。
こちらが頑張って理解しようとしなくても、
自然に頭に入ってくる。
不思議なくらい、
迷子にならない。
一方で、話がごちゃごちゃしてしまう人もいる。
でも、そういう人って、
決して雑なのではなくて、
むしろ真面目なことが多い。
誤解されたくない。
背景も知ってほしい。
この情報も必要かもしれない。
そう思うからこそ、
全部まとめて渡そうとしてしまう。
きっと本人の中では、
全部つながっているのだと思う。
でも、受け取る側は、
同じ地図を持っていない。
だから、情報が増えれば増えるほど、
逆に、何が大事なのかわからなくなってしまう。
そして厄介なのが、
情報量が相手の処理を超えてしまうと、
本当に必要なことまで、
埋もれてしまうことだ。
そのことに気づいてから、
「話がわかりやすい人」への見え方が、
変わった。
あの人たちは、
ただ頭の回転が速いわけではなかったのだ。
相手が今、
どこまで理解できているか。
何を先に渡せば安心できるか。
どこで混乱しそうか。
今は何を省いても成立するか。
そういうことを、
会話の中で、
ずっと調整している。
つまり、
情報を減らしているのではなく、
“相手が受け取れる形に整えている”。
そして私は、これを、
高度な思いやりなのだと思っている。
わかりやすい説明って、
受け取る側からすると、
「自然に理解できた」ように感じる。
だから、
そこにどれだけ配慮が込められていたか、
案外、気づかれない。
でも本当は、
言葉を選び、
順番を整え、
不要な枝葉を削り、
相手の頭の流れに合わせる、
そんな細やかな調整が、
裏側で行われている。
しかも、本当にうまい人ほど、
それを感じさせない。
だから後になって、ふと思うのだ。
「あの人、実はすごかったんだな」と。
昔の私は、
頭がいい人というのは、
“難しいことを知っている人”だと思っていた。
でも今は、少し違う。
本当に頭のいい人というのは、
相手が理解できる形まで、
自分の知性を
やわらかくできる人なのかもしれない。
▶︎どんな人なのか、つい見てしまう
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仕事に子育て、アニメ。ごちゃまぜな日々の中でいつも何かを考え中です。日常のつぶやきですが、どこかで「わかる!」と共感してもらえたり、心に響くものがあればとても嬉しいです☺️
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