映画と美術#20『清子の場合』社会的規範が呪いのように語り掛ける
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▷キーワード:出光真子、メディア・アート、フェミニズム
東京国立近代美術館にて特別展「フェミニズムと映像表現」が開催されている。1960年代以降、テレビやビデオカメラの普及により、映像メディアを用いた表現が模索されるようになった。絵画を始めとする既存の芸術フォーマットと比較すると参入への敷居が低かったことから、女性のアーティストたちが社会に対し問題提起をするため、ビデオを用いた作品を放つようになった。しかし、これらの領域は「映画」とは認知されていない傾向があり、実際に「フェミニズムと映像表現」で上映されている作品はFilmarksに登録されていない状況となっている。
映画界隈と美術界隈は重なっているようで分断されているイメージがあり、わたしも美術史の勉強をするまで、観逃していた作家がたくさんいた。出光真子もその中のひとりである。
出光興産創業者である出光佐三の四女として生まれた彼女は早稲田大学第一文学部卒業後にニューヨークへ留学。帰国後、一時執筆活動を送っていたが、再びアメリカへと渡り美術家のサム・フランシスと結婚。育児をするなかで創作意欲が掻き立てられ、映像作品を制作するようになる。「フェミニズムと映像表現」で上映された『シャドウ パート1』『グレート・マザー 晴美』『清子の場合』はいずれもテレビを効果的に使用している。
『シャドウ パート1』では、テレビモニタとその前にある実体との間にある差異を模索している。男女が会話している場面。テレビでは女性がそっぽを向いている。テレビの前では双方が向き合って会話をしているが、男は女性の話を食うようにして自分の話しかしていない。対話のようで対話になっていない様を表現している。
『グレート・マザー 晴美』では、思春期の少女と毒親との軋轢の表現にテレビが使用されている。テレビでは母と娘が激しく抱き合っている。母娘の近すぎる関係性が表現されており、その前で娘は暴言を吐き、モノを投げ、キレ散らかしている。娘に申し訳ないことをしたと考える母は、娘にプレゼントを買い、夫にそのことを話す。するとテレビでは、母が娘にプレゼントを渡すも、娘がふてぶてしくぶん取る様が描かれる。出光真子は、ここでテレビの活用方法を掴んだといえる。つまり心理と現実を隔てる装置、そして同時に提示できる装置としてテレビを発明したのである。
その集大成が『清子の場合』である。清子は部屋で絵を描こうとしている。違和感に気づき、紙をめくるとテレビが出現する。そして、心象世界が映し出される。ここでは明確に現実を清子の心理、テレビを過去として表現している。テレビから両親が映し出され27歳にもなって結婚しない清子に対し叱責をぶつける様が描かれる。その言葉に彼女は苦しむ。「絵なんか子育てが終わってからでいいのよ」と圧をかけられ、結婚するものの、個人としてのアイデンティティは剥奪され、社会規範としての「母親」に収まることを強要される。夫から、家事・子育てがなっていないことを怒られ、反論しようものならヒステリックと親を呼ばれる始末。テレビに映される強烈な過去を前に、彼女の心理はボロボロとなっていく。無数に散らばる酒瓶、テレビにまたがり、酒に溺れながら過去と対峙し、終いには自殺を遂げる。
24分と短い作品でありながらも、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を彷彿とさせる壊れゆく女性の肖像をパワフルに描いた作品であり、単にテレビを2つの領域に分ける媒体としてだけでなく社会規範を映す鏡としても扱われていたことに興奮したのであった。
また、本作が「フェミニズムと映像表現」のインスタレーション企画として上映されたことも重要な意味があるといえよう。特にマーサ・ロスラー『キッチンの記号論』と一緒に並んでいることは注目に値する。
女性がスプーンやナイフ、エプロンといった単語を連呼していく本作は、70年代当時のアメリカで女性料理研究家によるクッキング番組が流行る中、「女性」と「料理」が結びついてしまうことを批判的に描いた。単語レベルに分解された料理器具とそれに対して異様な動きで身に付けたり使用する女性の運動を通じて違和感を表現しているのだ。道具と運動を脱構築することで問題を見出そうとする精神は出光真子の作品からもうかがえるため、双方の作品を連続して観ることは大切なのだ。

わたしの作ったずんだもんゲーム実況より引用
ちなみに、『キッチンの記号論』を観て「ポップ・アップ・コンピューター」のことを思い出した。「ポップ・アップ・コンピュータ」とは、1994年にグラフィックデザイナーの松本弦人が手掛けたPCゲーム。飛び出す絵本の物理的運動とコンピューターのデジタルな動きを融合させたオシャレなソフトだ。この中に「Kitchen」という章がある。サルが陽気な音楽に合わせて料理器具を出していくのだが、段々と物騒な事態に発展していく内容。アイスピックや肉叩き棒が出てくる場面が一致していることから、松本弦人は本作からインスパイア受けていると推察できる。
『清子の場合』(1989)
製作国:日本
上映時間:24分
監督:出光真子

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