「いくらあれば安心?」を考えてみたら見えてきたこと。
先日、電車に揺られていたとき
ふと思ったことがあります。
いくら貯金があったら、
わたしは安心できるんだろう?って。
普段のわたしは車移動の生活です。
だから電車はたまにしか乗りません。
でもそのたまにしかない時間に、
そんなことを考えました。
きっと運転しているときは
運転に集中しないといけないけど、
電車に乗って、
スマホを見るでもなくぼーっとしたことで、
普段は考えないようなことを
考えたのかもしれません。
で、気づいたんです。
もしかしたらわたしは、
いくら貯金があっても
減ったら怖いって思うのかもしれない、って。
めちゃくちゃお金持ちの人がいるとして、
これまでのわたしからしたら
「あの人はお金持ちだから余裕があるんだな」
って思ったと思います。
こっちはこの貯金を使っちゃったら
もう後がないんだよ。
だから働かなきゃいけないんだよ。
みたいな。
もっと具体的なたとえ話をすれば、
Aさんに貯金が1000万円あることを
わたしが知っていたとして、
わたしの貯金は100万円だったとします。
そしたらわたしはAさんに
「1000万円も貯金があるなら
そりゃ安心も出来ますよね」
って思う。
同時に
「わたしは100万円しか貯金がないから、
不安でも当然でしょ?」
とも思う。
これって当たり前のように
お金がいっぱいあれば安心だって思っていたけど、
本当にそうなのかなーって疑問が湧いてきたんです。
だって100万円の貯金があれば
とりあえず「今」の生活は困っていないですよね。
生活レベルは違うかもしれないけど、
生活に困らないという状況としては
Aさんと変わらない。
さらに言えば、
使い続けたらいつかなくなるのは
1000万円でも100万円でも
(期間の差はあれ)同じはずなんです。
ということは、
「減りつづけたらいつかなくなる」ことが同じなら
不安の原因は金額の問題ではないのでは?
今のわたしのまま1000万円を手にしても
結局減ることの不安は消えないのでは?
これはわたし的には
けっこう衝撃的な気づきでした。
今のわたしは、
お金が心配…
もっと働かなきゃ…
お金になることしなきゃ…
そんなふうに考えていました。
これってつまり、
ベースが「もっと」とか「足りない」なんですよね。
わたしがもっと動かなきゃ…
わたしがもっと働かなきゃ…
わたしがもっとお金になる仕事を見つけなきゃ…
だから
次は何をしたらいいんだろう?
もっと時給のいい仕事を探すべき?
って考え方になっちゃう。
そうなんです。
自分の行動が「不足」していると思っているんです。
わたしにとってはこうしてnoteを書いてることも、
小説を書いていることも、
スタエフをやってることも、
全部前を向いた行動のはずなのに。
それらが収入に直結しないから、
無意識の中で「行動」にカウントしていなかった。
そうなると、
動かないわたしはだめだー!
もっと動かなければー!
ってなっちゃいますよね。
だからきっと、
「減る」「不足」「もっと」って思うことは
数字の問題じゃないんです。
そりゃ、現実を見ないで楽観的にいるだけじゃ
現実は変わらないかもしれない。
だけど行動を起こしているなら、
もう少し自分の行動を認めて
信じてあげてもいいのでは?
それも今あるものに目を向ける
ってことのひとつなのかもしれないなぁ、
なんて考えた電車時間でした。
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