「特別」も「1番」も持たないわたし。
子どもの頃の記憶が
ほとんどないわたし。
だけど最近、子どもの頃のことを
少しずつ思い出すことがあります。
今日思い出したのは、
「もっとかまわってほしい」
という気持ちを常に抱いていたこと。
わたしはいわゆる「いい子」でした。
優等生ってやつですね。
そういう自分でいることで、
家庭の中での居場所を作っていたんだと思います。
だけど……。
いい子だし優等生ではあるけれど、
「1番」を取ったことはありません。
勉強も中の上くらいだし、
運動も部活はそこそこできたくらいだし、
個人競技は苦手だし、
特段外見が可愛いわけでもありませんでした。
だから、褒められたとしても
その褒められ方さえ「普通」なんです。
「よかったよ」
「頑張ったね」
そんな感じでさらっと褒められて、
はい、おしまい。
わたしより「上」の子は
もっとちゃんと褒められている。
いつだって一目置かれて、
いつだって注目されている。
わたしより「下」の子は
褒められなくても
目はかけてもらえる。
なんだかんだ誰かが側にいて
「仕方ないなぁ」とか言いながらも
フォローしてもらえる。
あるいは、ずっと気にかけてもらえる。
その中間にいるわたしは、
結局いつも誰の目にも留まらないんです。
いい子で優等生で手のかからない子。
だから放っておいても大丈夫な子。
たとえば先生から、親から、友達から。
わたしを気にかけてもらうのは、
他の子たちの半分以下だと感じていました。
みんなから羨ましがられるほど
褒められることはない。
かと言って、
気にかけてもらえることもない。
めちゃくちゃ中途半端な位置にいて、
だけどそのポジションから
抜け出すことができなかった。
もう精一杯頑張っていたから
それ以上の「上」は無理だったし、
だけど「下」に行ったら
居場所がなくなるように感じていたんです。
たぶんこれって、
大人になった今でも根底には
残っているんじゃないかなぁ。
「認められたい!」って外側の評価を求めるのも、
自分だけ適当に扱われているように
感じるときがあることも、
ここから来ているような気がします。
要するに
「もっと構ってほしい!」
ってだけなんですけどね(笑)。
結局、できない方が得するじゃん。
という気持ちと、
できない自分を恐れる気持ち。
その中間にいるから、
わたしは自分が半透明みたいに薄くて
「THE 普通」な人間になっているのかな、なんて。
だから「特別」とか「1番」というものに
人一倍憧れているのかも。
でもここまで考えてみて、
わたしはこの「中間」みたいなものを
大事にすることが大切なのでは……?
という考え方も浮かんできました。
「特別」や「1番」を持っている人を
すごく羨ましいと思うけど、
もしかしたら「中間」だから
できることもあるのかも。
だからわたしはこういう人生を送ってきたのかも。
そうだったらいいなぁ…
っていう、希望的観測のお話でした。
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