教員退職まで2週間 1番辛かったことを思い出す
3月31日をもって教員を退職する。
長い教員生活の中で、1番辛かったことを吐き出して終わりたい。
生徒のトラブル、同僚との人間関係、保護者からのクレームなどなど毎日、学校ではいろんなことが起こる。順風満帆で教員生活を終わりにできることはほぼない、と思う。稀にそんな同僚や上司に巡り合うこともあるが、誰でもすねに傷は持っていると思って間違いない。
自分の場合は、保護者トラブルだった。
クラスに一人、不安定な男の子がいて、他のクラスメイトを傷つけたことがあった。その状況を迎えに来た母親に説明した時に、私が発した言葉に激昂したのだ。
その日の夕方、母親から学校に電話がかかってきた。
『その時、息子に関わった教員、雁首並べて謝りに来い!』
こんな時、校長は力になってくれない。私を含め、4人でその子の家を訪問した。
カンカンに怒った母親が出てくる。その怒り狂った母親が、私に向かって
『アンタが言ったことが1番腹立つ、謝れ!』
私、何言ったっけ?頭が真っ白。しかもみんなの前で、頭ごなしに言われた。でも謝るしかない。
母親の話から、私が『最近、おウチでどんな様子ですか?』と言ったのが、気に食わなかったらしい。これだけで、あそこまで怒るのか。家庭での教育を咎められたと思ったらしい。たぶん。
以前から、気をつけるべきおウチではあったが、難しすぎる。
その後も、教育委員会に訴えるとか、校長に直にクレームを言いに行くとか言われ、私は完全に参ってしまった。学校で顔を合わせて、自分から挨拶してもガン無視される。
何を食べても味がせず、何を見ても白黒に見えた。しんどい日々が続く。
そのうち、他の保護者が『先生、ライングループ内で、先生の悪口えらい言われてますよ』と教えてくれた。もうこの時点で、心が地に落ちていたので、まぁそうだろうな…くらいだった。人のウワサも75日、この諺?をお守りになんとか出勤していた。
そのうち、その母親の怒りも何となく治まっていったが、教員とは、何て理不尽な職業かとしみじみ思った。そして、管理職は全く味方にならないことも身に沁みて感じた。
先生って勉強教えるだけが仕事じゃない。それ以外のことが多すぎる。そして、疲弊していくのである。
