いくら与えても与えても、尽きることがないもの
これは精神的なものだよ。
初歩的なもので言えば、優しさとか、「ありがとう」という気持ちや言葉だよね。
みんなモノやお金は有り余るほど持っていても、この精神的な恵みに飢えているからね。
イエス・キリストが十字架の上で「私は渇いている」とつぶやくね。
牧師さんの中には、こんなふうに解釈してる人もいたよ。
「これは人間としてのイエスキリストなんだ。
人間としては、常に精神的には渇いているということを意味しているんだ」
なるほどと思ったよ。
この心の渇きを癒すのが神の言葉であり、「神から来る私の言葉を受け入れる者は渇くことがない」とキリストも言ってるからね。
キリストの言葉に「自分を愛するように、他人を愛しなさい」という命令があるけど、とても意味が深いよね。
難しく考えたらキリがないけれど、結局、「自分らしさをまず愛しなさい」ということだろうし、そして「自分の持っている最高の心を惜しげもなく与えなさい」ということなんだろうね。
自分らしさというものは、いくら与えても減らないからね。
そして、いくらでも磨いて高めることもできるからね。
愛深き人間になると言う事は、愛の質を高めるということでもあるし、魅力的な人間になることでもあるだろうね。
この愛の深い者と言う中には、厳しさというものも含まれているようだね。
愛に甘える人もいるからね。
甘えている人は、要求の多い人でもあるんだよ。
だからいくら尽くしてあげても、全く満足しなくて、さらに要求してくるタイプだよね。
求めることしか頭にない人には、厳しくすることも1つの愛なんだろうね。
トランプさんが全世界の国々に一律10%の関税をかけたのも、一つの愛の形かもしれないよ。
ぶら下がってるだけの人は、愛することをやろうとしないからね。
日本も一旦、自立する必要が出てきた感じがするよ。
それでこそ本当に困ってる国に、手を差し伸べる愛の国になれるかもしれないよ。
「与えても、尽きないもの」を与えられる人は、結局自立している人だからね。
