【短編】壁の向こうの隣人 #拝啓文芸部
Mr.Qさんの企画に参加させていただきます☺️。
●お題…「壁の向こうの隣人」
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「ここにします!」
何件も内覧し、何日もかかったけれど……私はようやく、そのひと言を口にした。
一人暮らしの部屋を決めるにあたり、一番重視したのは部屋の間取りだった。
それは、就職したての頃に、出張先で泊まったホテルで嫌な思いをしたのがきっかけ。
騒音問題。
あれは……精神的にやられる。
――疲れた……。
と、ベッドに倒れ込んですぐのことだった。
こちらは疲れていてゆっくり休みたいというのに……すぐ近くで、聞きたくもないケンカが始まったのだ。
男と女がトラブっている声。
しかも。
ヒートアップしすぎて、まるで、家の隣室から聞こえてくるような大音量。
隣室には変わりないが……ホテルの個室にしてはありえないくらい、壁が薄いらしい。
そういえばレビューにもそんなようなことは書いてあっただけれど……いざ体験してみると、薄いというか薄すぎる。
口喧嘩は、実家の両親のものでも嫌気が差すやつなのに、他人同士の喧嘩なんて……もっとたちが悪い。
――聞きたくもないし、でも疲れてるし、どうしよう……。
でも。
きっと、一晩中ずっとこれが続くことはあり得ないだろう。
とりあえず、殺傷事件とかにならなければいいなと思うことにした。
割り切ってシャワーでも浴びるか、とりあえずフロントに電話をするか……で、ベッドでゴロゴロ決めかねていた時だ。
「なんでわかってくれないの!?私はあなたのこと、こんなにも愛してるのに!」
という泣き声からの……静寂。
そして……甘い吐息の混じった声が、響く。
え、そんなまさか……と思う間もなく、ドンッと壁が揺れた。
間取りというのは……けっこう水場の関係で、左右非対称になっていたりする。
――ということは……この向こう側も、もしかしてベッド……?
その嫌な予感は、当たった。
獣が唸るような熱を持った息遣いが。
そして喘ぎ声が、すぐそこから聞こえはじめる。
……たまったもんじゃない。
ほぼ同じベッドの上で、だいぶ激しめの男女の営みが始まったようなものだ。
もちろん声も筒抜けで、すぐそこからする。
――ほんとやめてっ!
疲れていたけれど……たまらず部屋を飛び出し、フロントに走った。
あの勢いだ。
部屋にいたら電話している間中もいろいろ聞く羽目になる。
想像なんてしたくないけれど……私はだいぶ必死だった。
でも……あれをなんと説明すればいいのか。
悩み悩み、とりあえず他の部屋に空きはないか尋ねたが……今日はあいにく満室だという。
「でも!ほんと壁が薄くて、隣の部屋から……すごい変な音が聞こえてくるんです!」
必死で頭を使ったのだけど……私は疲れていた。
もっとマシな言い方はあったはずなのに。
恥ずかしさもあり、まともなことは言えなかった。
「……では、念のため確認いたします。ご一緒にお部屋まで伺わせてください」
少し年配のホテルウーマンは、ご丁寧にエレベーターに乗ってついてきてくれた。
……いや、私は戻りたくはないんだが。
気持ちは、地獄へ強制送還だ。
――でも。もしかしたら何かしら改善してくれるかもしれない……。
だから仕方なく、そのおばちゃんに連行された。
多分私は……疲れすぎていた。
問題は、すぐ解決した。
部屋まで行かなくとも、エレベーターのドアが開いた瞬間に、もうその声は聞こえていたのだ。
さっきは慌てていて気づけなかっただけで、薄いのは部屋同士を遮る壁だけではなかったらしい。
嬌声とただならぬ打音に、ものすごい形相をしたホテルのおばちゃんが、こちらを振り返る。
……いや知らんがな!
ってかこっち見るな!
――ちゃんと『変な音』がするって私は言ったもん!
……だが。
目が合ってしまったその瞬間、耐え果てる男女の声が響き渡り……廊下に静寂がやってきた。
ものすごい気まずさと共に……。
「……もう、大丈夫のようですね」
おばちゃんはそれだけ言って、一人エレベーターで戻って行った。
――もうイヤ……。
今すぐこのホテルを出たくても……会計時に間違いなくおばちゃんと顔を合わせることになる。
今の今……それはもっと嫌だ。
私は仕方がなく、静かになった部屋に戻った。
居心地だけはめちゃくちゃ悪かった。
……でも。
その夜はなかなか寝付けなかった。
昂ぶってしまったとかではなく。
それから間もなく、地響きのごとく震えるようなイビキの応酬があったからだ。
聞き慣れないその低音は、不快なものでしかなくて。
というか殺意すら湧いて。
何度か、壁に暴力を働いてしまった。
と……。
過去に、そんなトラウマ級のことがあったのだった。
私が一人暮らしに選んだこの物件は、新築で、日当たりの良い角部屋だ。
しかも、部屋の隣に部屋はないという好条件!
これなら、隣人とのトラブルも少ないだろう。
この角部屋だけベランダが横についているため、外で鉢合わせることもない。
風で洗濯物が入り込むとかもない。
もう今どき『引っ越しの挨拶』みたいなものはないと言うからやめたし、お隣さんのほうが先に生活を始めていて……。
壁一枚隔てただけの隣人さんは、そこにいるという感覚すら与えない。
――ここに決めて良かった!
心からそう思った。
そんなある日のことだ……。
その日は有給で、一日中家で過ごしていた。
たまにはこのプチマイホームをピカピカにしてあげよう!と、買い込んでいた掃除用品やグッズを取り出す。
まだホコリも少ないリビングやキッチン、洗面所等の掃除は簡単で、キレイが継続することにウキウキしていた。
トイレを掃除しながら、歌でも歌おうと思ったその時……異変は起きた。
すぐそこで、男性の歌声が聞こえたのだ。
え?まさか……と思う間もなく、いきむような低い唸り声がし。
続いて聞きたくない音と、ペーパーを取り出す音があとに続き、勢いよく流れる水音が響く。
それは……少し古い公園の、上も下も隙間のあるトイレ並みの音量で。
――うそ……。
私は青くなったまま、トイレから動けずにいた。
引っ越して、もう随分経っていた。
改めてこの間取りについて見直してみたけれど……そういえばトイレと洗面所は隣り合わせだ。
今までこんなことはなくて、防音対策のしっかりしたアパートだとすっかり思い込んでいたけれど……。
知らなかっただけで、お隣は夜勤が多いとか……生活リズムや、お風呂や洗濯機のタイミングが違っただけなのかもしれない。
そんなことに、今日初めて気がついた。
けれど……そんなことはどうでもいい。
自分の今までを振り返ってみる。
この間取りが嬉しすぎて、私は、引っ越してからずっといつも部屋でもお風呂でも歌を歌いたい放題ではなかったか?
――これ、ヤバくない?
トイレなんて……先日、ちょっと面白プレイしてみようって盛り上がったカレシと、いろんなことをしてたりした……。
足音が近づき、すぐそこからピッ、ピッと聞こえる電子音に、洗濯機の始まる音が間近で響く。
私は呆然としたまま、思い出していた。
――そういえば『騒音にはご注意ください』って、掲示板に書いてあったな……。
そう。
騒音問題は、大変なのだ。
だから、どうか。
あれは私のことじゃないと、誰か言ってくれ……。
追記…拝啓文芸部さんの企画は初参加になります。こんなしょうもない作品ですみませんが…よろしくお願いいたします🙂↕️。
Mr.Qさん、ありがとうございます😊。
