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ポイント還元の効きは、還元率では決まらない ー行動経済学・心理的会計の視点から考察ー

ポイント還元の効きは、還元率では決まらない


値引きに使えないポイントという選択

ロイヤルティプログラムを設計していると、必ずぶつかる問いがあります。ポイント還元をどこまで手厚くするか、です。

今回はこの問いを、行動経済学の三つの考え方から眺めてみます。ひとつは心理的会計(人はお金を頭の中でいくつもの勘定に分けて管理している)。ひとつはアンダーマイニング効果(報酬が、もともとあった動機を押し出してしまう)。そしてもうひとつが目標勾配(人はゴールが近づくほど加速する)です。素材にするのは、化粧品ブランドの少し変わった会員プログラムと、洗車場のスタンプカードの実験です。

まず、その会員プログラムの話から。

資生堂グループが展開するラグジュアリーブランドの「クレ・ド・ポー ボーテ」には、購入額に応じてポイントが貯まるプログラムがあります。ただし、このポイントで商品を買うことはできません。1ポイント1円の値引きにもならず、他社ポイントへの交換もできない。行き先は、年に一度届く記念品ひとつだけです。毎年テーマを変え、パッケージからアートまでつくり込まれた非売品のコレクションで、2026年はフランス人イラストレーターユニットとの協業による、香りのセルフケア一式でした。

経済合理性だけで見れば、還元率の低いプログラムです。それでも、このポイントは1ポイント1円の還元とは違うものとして受け取られています。同じ「ポイント」なのに、なぜでしょうか。


ポイントは、放っておくと「節約」の勘定に入る

行動経済学に、心理的会計(メンタル・アカウンティング)という考え方があります。リチャード・セイラーが整理したもので、人はお金を一つの財布として扱わず、頭の中でいくつもの勘定に分けて管理している、というものです(Thaler, 1985, 1999)。

同じ1万円でも、給料か、ボーナスか、還付金かで使い方が変わる。「旅行用に取ってある」お金は、高金利の借金があっても手をつけない。経済学の教科書ではお金はどれも同じはずですが、現実にはそうなりません。そして、どの勘定に入るかを決めているのは、そのお金に付いた名目です。

では、1ポイント1円で値引きに使えるポイントは、顧客の頭の中でどの勘定に入るでしょうか。おそらく、節約の勘定です。

ここに、実務でよく起きるねじれがあります。

企業から見ると、5%還元は重い数字です。 年間の販促費に直結し、原資の議論では常に槍玉に挙がります。社内では「他社は7%らしい」「あそこはポイント2倍をやっている」という話が飛び交い、還元率を下げる提案には強い抵抗が出る。

ところが顧客から見ると、5%引きは小さな数字です。 同じ売り場では10%オフや20%オフのセールが走り、季節によっては半額の棚もある。その中に置かれた5%は、埋もれます。実際、会員調査で「このプログラムの何が良いですか」と尋ねても、ポイント還元が強く記憶されていることは多くありません。感謝の対象になっていることは、さらに少ない。

この落差には、はっきりした理由があります。同じ5%でも、企業と顧客では分母が違うのです。 企業にとっての5%は、売価から引かれたあとに残る利益から出ていきます。粗利率が30%の商材なら、売価の5%は利益の6分の1に相当する。営業利益率が数%の事業なら、利益がほぼ消える水準です。一方、顧客にとっての5%は売価に対する5%で、1万円の買い物なら500円。同じ数字でも、支払う側は利益から、受け取る側は売価から見ている。痛みの大きさと、ありがたみの大きさが最初から釣り合っていません。

この非対称は、ポイントが節約の勘定に入っている限り、なくなりません。この勘定に入ったものは、他社の還元率や店頭のセールと同じ土俵で比較されるからです。そしてこの土俵では、値引き幅の大きいほうが勝つ。企業の負担は利益を削って増えていくのに、顧客の側では「500円分」の域を出ません。

冒頭のプログラムがやっているのは、この勘定の指定です。値引きにも他社ポイントにも交換できないようにすることで、節約の勘定に入る道を塞いでいる。買えないものとして届くので、比較する相手がいません。年に一度、一年の積み重ねに対して届く記念品は、別の勘定に入ります。


どの勘定に入るかは、いくつかの要素の組み合わせで決まる

顧客の頭の中の勘定を決めているのは、プログラムを構成するいくつかの要素です。主に次の四つの組み合わせで決まります。

出口。何と交換できるか。現金同等物に換えられるなら節約の勘定です。非売品、体験、優先権など値札の付いていないものに限定すると、そこから外れます。

名称。「ポイント」と呼ぶか、別の名前を与えるか。冒頭のブランドはこれを「ラディアンスポイント」と呼び、贈られるものを「ラディアンスギフト」と呼んでいます。マイル、スター、ステータス。名前は、それが何の勘定かを指定する最初の手がかりです。

コンセプト。何に対して贈られるのか。購入額への対価なのか、一年の積み重ねへの返礼なのか。同じ計算式でも、掲げる意味が違えば入る勘定が変わります。

貯まっていく過程の見せ方。いわゆるゲーミフィケーションの領域です。ここで効くのが目標勾配効果です。洗車場のスタンプカードの実験があります。10個で1回無料のカードと、12個で1回無料だが最初から2個押されているカード。必要な回数はどちらも8個ですが、あらかじめ2個押されたほうが完走率が高くなりました(Nunes & Drèze, 2006)。人はゴールに近づくほど加速します(Kivetz, Urminsky & Zheng, 2006)。進捗バー、ランクまでの残り、コレクションの空きマス。 同じ付与額でも、貯まっていく過程が見えるかどうかで、ポイントは「値引きの積立」から「達成の記録」に変わります。

この四つはそれぞれ単独で効くというより、組み合わせで一つの意味をつくります。そして一度設計すれば、すべての付与に効きます。日々の運用に負荷をかけずに変えられる部分でもあります。


レコグニションが、付与対象の一覧として設計されやすい理由

ここで、プログラムの部品の話をします。

当社の整理では、レコグニションは「何が起きたら報いるか」を決める部品です。購入、来店、レビュー投稿、アプリ起動、会員登録の完了、誕生日。付与のトリガーになる行動や状態を選ぶ役割を担います。そして、実際に顧客が受け取る中身はベネフィットという別の部品で扱います。

実務では、この二つが一体で議論されます。設計会議で出てくるのは、たいていこういう表でしょう。

購入:100円=1ポイント/レビュー投稿:50ポイント/アプリ初回起動:100ポイント/誕生月:200ポイント

つまり、認める対象の設計が、そのままポイント付与対象の一覧になっている。マイル型でも「対象取引」の一覧がレコグニションの実体になります。

これは日本の実務では、ある程度やむを得ない面があります。ポイントは実装が容易で効果が測定でき、社内の合意も取りやすい。「レビューを書いてくれた人に何を返すか」を議論するより、「50ポイント」と決めるほうが早く、稟議も通ります。単一の通貨に集約すれば運用も軽い。合理的な帰結です。

ただ、その結果として見落とされやすいものがあります。認めることと、ポイントを付けることは、本来は同じ作業ではありません。

たとえば「レビューを書いてくれた」という事実に対して、できることは50ポイントの付与だけではありません。

  • 投稿されたレビューを商品ページやカタログで実際に使い、掲載したことを本人に知らせる

  • 次のシーズンの商品開発の参考にした、と伝える

  • そのレビューが何人の購入判断に使われたか(「参考になった」の数)を本人に返す

  • レビューを多く書いている会員に、新商品の先行モニターを案内する

どれも原資の話ではなく、書いたことがブランドに届いて何かが動いた、という事実を本人に返す設計です。日本の会員プログラムでは、この発想自体があまり実装されていません。認める=ポイントを付ける、で議論が完結してしまうためです。


ポイントに寄せすぎると起きること

ポイント一本に集約することには、もうひとつ副作用があります。アンダーマイニング効果です。

もともと自発的にやっていたことに報酬を与えると、報酬がなくなったときに以前より意欲が下がる(Deci, 1971/Lepper, Greene & Nisbett, 1973)。イスラエルの託児所の実験は有名で、迎えの遅刻に罰金を導入したところ、遅刻はむしろ増えました。それまで「先生に申し訳ない」で動いていたものが、金額がついた瞬間、お金を払えば済むサービスに変わってしまったからです(Gneezy & Rustichini, 2000)。しかも罰金を撤廃しても、元には戻りませんでした。

会員プログラムに置き換えると、「好きだから書いていたレビュー」が「ポイントがつくから書くレビュー」に入れ替わる、ということです。入れ替わったあとで付与をやめると、元の水準にも戻りません。ポイントは行動をつくる力がある一方で、動機を置き換えることがある。特に、すでに自発的にやってくれている行動にポイントを付けるときは、慎重に考える価値があります。


ハードベネフィットと、ソフトベネフィット

こうした問題を扱うために、当社ではベネフィット(提供価値)を、価値の性質で整理しています。

ハードベネフィットは、金額に換算されるもの。ポイント、割引、クーポン、キャッシュバック。分かりやすく即効性がありますが、最もコモディティ化しやすく、他社と横並びで比較されます。

ソフトベネフィットは、金額に換算しにくいもの。体験、優先アクセス、限定情報、コミュニティ、そして認定や称号です。当社のカタログでは、体験特典・情報特典・コミュニティ特典・認定特典として類型化しています。

そして、レコグニション(何に報いるか)の議論で本来効くのは、この認定の系統です。ランクや称号、実績の可視化、優先的な扱い、個別の言及、役割の付与。共通しているのは、ブランドがその顧客の実績や状態を把握していることが、本人に伝わるという点です。

ただし、この二つはきれいに二分されるものではありません。


同じポイントから、「認めている」側面を引き出す

ポイントという同じ仕組みでも、行き先と名称、掲げるコンセプト、貯まる過程の見せ方しだいで、情緒に働きかける側面を引き出せます。そのブランドが自分の積み重ねを把握してくれている、という感覚です。冒頭のプログラムは、この振れ幅を大きく取った例だと言えます。ハードベネフィットをソフトに寄せることは、仕組みを入れ替えなくても可能だということです。

では、その側面はどこから伝わるのか。実績が把握されていることは、言葉の巧拙より、どこに載せるかで決まる部分が大きいと思います。

プログラムの構造そのもの(ランク名称、会員証、ステージ制)。アプリやマイページの画面(年間実績、購入履歴、ランク進捗)。店頭やコールセンターの応対。同梱物やダイレクトメール。そしてMAツールによる配信。

このうち、画面の設計は見落とされがちですが土台になります。顧客が自分から見に来たときに、ブランドが何を把握しているかが分かる場所だからです。ここが空欄のままメールで「いつもありがとうございます」と伝えても、噛み合いません。

MAツールが担うのは、そのうえでタイミングと個別性を選べる部分です。意味が乗る節目に絞るのが効率的でしょう。ランクが上がった直後、年に一度の実績確定、久しぶりの購入、記念日の前。


顧客の成長段階によって、配合は変わる

ソフトベネフィットさえあればハードは不要、という話ではありません。顧客がどの成長段階にいるかで、効くものが変わります。

入会したばかりの段階では、置き換えられるべき自発的な動機がまだありません。だからアンダーマイニングは起きにくく、ポイントで行動をつくって構わない局面です。むしろ買っているうちに態度が後から形成されることも知られています(認知的不協和 Festinger, 1957/単純接触効果 Zajonc, 1968)。

習慣を作っていく育成の段階は併用期で、さきほどの進捗の見せ方がよく効きます。

関係が安定してくる維持・深化の段階では、認定系のソフトベネフィットの比重を上げていきます。ポイントだけでは購入カテゴリーの広がりは起きにくいためです。

そして、ブランドを積極的に薦めてくれるような段階が、ハードベネフィットの副作用がもっとも出やすいところです。愛着という動機が対価に置き換わりうる。ここで効くのは還元率の上乗せより、先行して知らされること、意見を求められること、名前で呼ばれることでしょう。


一律に「ポイントより体験を」も違う

「ポイント還元をやめて体験特典へ」という主張は耳あたりがいいのですが、一律に適用すると序盤の顧客を取りこぼします。

初期段階の顧客には、やってほしい行動がはっきりしています。習慣化してほしい。まだ買っていないカテゴリーにも手を伸ばしてほしい。この段階では、ポイントを合理的に設計する意味があります。次回購入までの期間を縮めたいなら期間限定の付与。カテゴリーを広げたいなら未購入カテゴリーへの上乗せ。経済的な後押しが素直に効く局面です。

そのうえで、伝え方は変えられます。「今ならポイント2倍」とだけ伝えるか、こう伝えるか。

スキンケアはお使いいただいていますが、同じラインのボディケアはまだお試しでないようです。相性がよく、一緒にお使いの方が多いので、今回は多めにポイントをお付けしています。

同じ原資でも、後者は付与の理由が顧客の状況の把握から出ていることが伝わります。初期段階の顧客に認定が要らないのではなく、ハードにソフトを重ねられる、ということです。


(上手に)ポイント還元率を減らすには

還元率を下げる判断が難しいことは、よく分かります。ハードベネフィットの効果は測れて、ソフトベネフィットの効果は測りにくい。数字が落ちるかもしれないという懸念には、根拠があります。

現実的な進め方は二つでしょう。ひとつは、上位層から段階的に見直すこと。上位ほど認定系が効き、ハードの副作用も出やすいので、全会員を一度に切り替える必要はありません。もうひとつは、減らす前に構造を変えること。付与額はそのままに、出口を広げる(非売品や体験を交換先に加える)、名称を見直す、貯まる過程の見せ方を整える、マイページの実績表示を作る。原資を動かさずに着手できる範囲は、思ったより広く残っています。

還元率は競合に追随されますが、その顧客について何を把握し、どう伝えてきたかの蓄積は、追随されにくいものです。


まとめ

ポイントの価値は、付与額だけで決まるわけではありません。それがどの勘定に入るかで、同じ額が節約にも、達成の記録にもなります。そして勘定を決めているのは、日々の文面ではなく、出口・名称・コンセプト・貯まる過程の見せ方といった要素の組み合わせです。

レコグニションを付与対象の一覧としてだけ設計していると、この部分に手が入りません。ハードベネフィットのルールは明示しつつ、それが何に対する返礼なのかを設計する。そしてポイントでは伝わらないことは、ソフトベネフィットの側で担う。

あなたのプログラムのポイントは、顧客にとってどちらの勘定に入っているでしょうか。


本稿で扱った行動経済学の考え方

出典

  • Thaler, R. H. (1985). Mental accounting and consumer choice. Marketing Science, 4(3), 199–214.

  • Thaler, R. H. (1999). Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making, 12(3), 183–206.

  • Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105–115.

  • Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children's intrinsic interest with extrinsic reward. Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137.

  • Gneezy, U., & Rustichini, A. (2000). A fine is a price. The Journal of Legal Studies, 29(1), 1–17.

  • Nunes, J. C., & Drèze, X. (2006). The endowed progress effect. Journal of Consumer Research, 32(4), 504–512.

  • Kivetz, R., Urminsky, O., & Zheng, Y. (2006). The goal-gradient hypothesis resurrected. Journal of Marketing Research, 43(1), 39–58.

  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.

  • Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.

  • Bem, D. J. (1972). Self-perception theory. Advances in Experimental Social Psychology, 6, 1–62.

  • Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2), 1–27.

事例はクレ・ド・ポー ボーテ メンバーシッププログラムおよびラディアンスギフトの公開情報に基づきます。

注記:本稿の背景にある枠組み

本稿は、上記の各出典に加え、当社が用いる枠組みに基づいています。ロイヤルティプログラムを構成要素に分解する体系(レコグニション=何に報いるか、メトリクス=何で測るか、ベネフィット=何を提供するか、ほか)と、顧客の成長段階に応じて効く介入が変わるという整理です。本稿の「成長段階によってハードとソフトの配合を変える」という提案は、これらをレコグニション設計の側から述べたものです。