決められない #シロクマ文芸部
(約1,000字)
ー波の音、もう随分と聞いてないなー
ナミちゃんはホットコーヒーのミルクを注ぎながら、遠い目をした。手首には繊細なブレスレットが光る
軽い音がしそうなプラスチックのトレイにはスーパーマーケットで三袋999円の駄菓子が『お茶うけ』に用意がある。切り口が縦に裂かれているのは気にいらない。乱雑に封を開けてあった
「海に行くって・・・泳ぐとか、マリンスポーツとか、釣りとか、流漂物を拾うとか、目的がないと、なかなかね」
聞いているのか確認はしない。私たちは、労働の合間の休憩時間を有意義に過ごしたい。わたしは手元のホットコーヒーに氷が入っていて欲しかった
冷えた部屋では、豆から淹れるドリップコーヒーは飲み放題だから、みな束の間の癒し時間は無料コーヒーをいただく。眠気を覚ますにも一役買っている。アイスコーヒーが飲みたけりゃ、200メートル先の自動販売機まで移動しなきゃいけないのだ
わたしは空腹をまぎらわすお煎餅に手を伸ばした。ナミちゃんは流行りのピラティスの服を綺麗に着こなしたいから、ダイエット中だ。もちろん駄菓子など目に入れない
ナミちゃんが最近、付き合いだした人がいると小耳に挟んだ。きっとその人がピラティスを始めるきっかけになったんだろう。わたしが食べるご飯は糖質が多いからと、一緒にご飯を食べることが少なくなった
お煎餅で腹を満たしたわたしは職場に戻り、話しがしやすいジルに声をかけた。ジルはわたしが勝手に脳内でつけた呼び名で、本当の名前は知らない。まだ仲がいいとまでいかない距離感で、立ち話をするのに丁度いい相手なだけだ
「お菓子とか、飲み物とか、何を胃に入れるかを決めるの、大変でさ。最近はアレルギーがあるから子どもには、おいそれとススメられないでしょう」
子どもがいる親なら、そんな話がいいように話したら、「おいら、独身だよ」とジルは頭をかいた。その腕には見たことがある繊細なアクセサリーが付いていた
ジルは興味深そうにわたしの財布のマスコットを見てきた。海の家でバイトした友達からもらった光るイルカのお土産
「こういうの、いいよね」
ジルは臆面もなく、さらりと自分の好きなモノを伝えてくる
ああ、ナミちゃんの手首のは、そういうことか
ジルが付けていたのと似たブレスレット。噂だけが先行していた。ナミちゃんの心の奥が見えてしまった
一緒のヤツ、買いに行けない?
ジルはやっぱり臆面なく、
わたしに買い物の約束を取り付けようとした
これは、なんでもないことだ
どうして迷っているんだろう
光るイルカから、波の音が聞こえた

※〆切は7/22(水)23:59まで。「波の音」から始まる記事は、ハッシュタグにシロクマ文芸部を
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