短編小説|夏祭りの帰り道だけ、少し本当になる/シロクマ文芸部//詩のような物語
夜店からの灯りは、終わりかけるころがいちばんやさしい。
さっきまで赤く照らされていた綿あめの袋も、水槽の中で光っていたヨーヨーも、片づけられていくと、急にただの夜のものになる。
浴衣の帯が、少し苦しかった。
慣れない下駄で歩いたせいで、足の指も痛い。
それなのに、帰りたいような、まだ帰りたくないような気持ちで、私は少しだけ歩くのを遅くした。
隣の人も、気づかないふりをして、歩幅をゆるめた。
人混みはほどけていく。
太鼓の音も遠くなる。
屋台の人の「ありがとうございました」が、夜の端っこに小さく畳まれていく。
昼間なら言えないことがある。
明るい駅前なら、笑ってごまかしてしまうことがある。
でも、夏祭りの帰り道だけは、なぜか少しだけ本当になる。
「歩きにくくない?」
そう聞かれて、私は「少しだけ」と答えた。
本当は、浴衣のせいだけじゃなかった。
隣にいることに、まだ慣れていなかった。
近づきすぎても落ち着かなくて、離れすぎても寂しい。
そのちょうどいい距離を、私はまだ知らなかった。
袖と袖が、歩くたびにかすかに触れた。
手ではない。
約束でもない。
けれど、そのたびに心のどこかが、小さく灯りをともす。
屋台の灯りは、もう遠い。
それでも、今日だけは、何でもないふりをしている気持ちまで、夜に見透かされている気がした。
「また来年も来ようか」
その人が、何気ない声で言った。
私はすぐには答えられなかった。
来年なんて、まだどこにもない。
でも、その言葉の中に、少しだけ未来が入っていた。
「うん」
そう言った声が、自分でも思ったより小さくて、思ったより本当だった。
夏祭りの帰り道。
もう、太鼓の音も聞こえなかった。
屋台の灯りが消えても、下駄の音が途切れても、
浴衣の袖に残った夜風だけが知っている。
何も始まっていないふりをしたまま、ほんの少しだけ、
本当になってしまった気持ちのことを。
シロクマ文芸部に参加させていただいています。
小牧部長さま、いつもありがとうございます!
今回のお題
「夜店から」から始まる文芸作品です。
【詩のような物語】という、小さな物語たちを紡いでいます。
もし、今日の物語が、あなたの心にふれていたら
──それだけで、うれしいです。ありがとうございます。
これからも、日々の光や影を、そっと言葉にしていきます。
🌸【詩のような物語】🌸
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