半年ぶりに、部屋から出た
少し前まで、私はずっと「精神と時の部屋」にいるような気がしていた。 もちろん、本当にどこかに閉じこもっていたわけではない。 毎朝起きて、医療系の会社に行き、管理職として仕事をする。 夜になれば配信もする。 人にも会うし、ごはんも食べる。
傍から見れば、たぶん普通に生活していたと思う。 でも、自分の中ではずっと、「私、どうしちゃったんだろう」と思っていた。
朝、目は覚めているのに起き上がれない
朝、目は覚めている。 時計も見ている。 会社に行かなきゃいけないこともわかっている。 なのに、起き上がれない。
眠い、というのとは少し違う。 頭は起きているのに、体がついてこない。 指が痛い。 肩が上がらない。 腰が痛い。 爪が割れる。 髪がパサつく。 やる気が出ない。 自律神経もおかしくなった。
ひとつひとつなら、「年齢かな」「疲れているのかな」で済ませていたかもしれない。 でも、いろんな不調が次々と重なった。 そして、私にとって一番ショックだったことがある。
料理をしたくなくなった。
料理をしたくない自分が、一番わからなかった
私はずっと、食に関わってきた。 管理栄養士になって、病院で働いて、人に教える仕事もしてきた。 料理は仕事でもあったけれど、それ以前に、好きなものだった。
冷蔵庫を開けて、「今日は何を作ろう」と考えること。 食材を見て、組み合わせを考えること。 誰かに食べてもらうこと。 それが普通に楽しかった。
なのに、「作りたくない」と思うようになった。 献立を考えることすら面倒だった。 キッチンに立ちたくない。 食べることは好きなのに、作ることに気持ちが向かない。
これは、自分でもかなり戸惑った。 「私、料理まで好きじゃなくなっちゃったのかな」と思った。
知っていることと、自分に起きることは違った
更年期という言葉は、もちろん知っていた。 女性ホルモンのことだって、管理栄養士として勉強してきた。 でも、知識として知っていることと、実際に自分の体に起きることは全然違った。
女性ホルモンが揺らぐことで、体だけではなく、気持ちや意欲までこんなにも影響を受けること。 そして、その変化が、仕事や人間関係や、これからどう生きたいのかというところにまでつながっていくこと。 自分がその中に入ってみて、初めてわかったことがたくさんあった。
女性ホルモンって、人生にこんなにも大きな影響を与えていたんだ。 これは、この半年で私が一番驚いたことのひとつだった。
本もいっぱい読んだ。サプリもいっぱい試した。
どうにかしたかった。 だから、更年期についての本をたくさん読んだ。 栄養についても改めて調べた。 サプリもいっぱい試した。 運動もした。 体を整えることもした。 自分に合いそうならとことん試してみた。
管理栄養士だからこそ、「何か方法があるはず」と思っていたのかもしれない。 でも、何かひとつをやれば全部解決する、というものではなかった。
睡眠だけでもない。 食事だけでもない。 運動だけでもない。 サプリだけでもない。 気持ちだけでもない。
いろいろ試して、うまくいったことも、よくわからなかったこともあった。 その中から、今の自分に必要なものを少しずつ残していった。
そして今になって思う。 私にとって一番大きかったのは、自分の心と体を、以前よりずっと深く理解するようになったことだったのかもしかもしれない。
何を試して、何をやめて、結局何が残ったのか。 それについては、また改めて書いてみたい。
体が揺らぐと、人生まで揺らいだ
体が思うようにならなくなると、不思議なことに人生までわからなくなった。 今の仕事をこのまま続けるのか。 配信は続けたいのか。 料理はどうするのか。 何か新しいことを始めたいのか。
私はこれから何をしたいんだろう。 私はどんな人間なんだろう。何が好きで何が嫌いなんだろう。考えて、考えて、また考えた。 占いまでずいぶんやった(笑)。
今思えば、自分の体が自分のものではないような感覚になったことで、人生そのものまで不安になっていたのかもしれない。 ずっと、「元の私に戻るにはどうしたらいいんだろう」と考えていた。
元に戻らなくてもいいのかもしれない
朝、普通に起きたい。 体のあちこちが痛くない自分に戻りたい。 やる気のあった自分に戻りたい。 料理をしたくて仕方なかった自分に戻りたい。
ずっと、以前の自分を基準にしていた。 でも最近、少し考え方が変わった。
元に戻らなくてもいいのかもしれない。 今の体には、今の体なりの付き合い方がある。
以前の私は、体が私についてくるのが当たり前だった。 仕事があるから動く。 予定があるから動く。 やらなくちゃいけないから動く。 多少疲れていたって、動く。
でも今は少し違う。 「今日はどう?」と、自分の体を見るようになった。
動ける日は動く。 しんどい日は少し減らす。 体を動かした方が楽になる日もある。 休んだ方がいい日もある。
全部を一度にどうにかしようとしない。 そして、自分だけでどうにかしようとせず、必要なときには医療の力も借りる。
更年期はまだ続いている。 調子の悪い日だってある。 でも、「またダメになった」ではなく、「今日はこういう日なんだな。じゃあ、どうしよう」と思えることが増えた。
全部治ったわけではない。 ただ、自分で扱えることが少しずつ増えてきた。
そして、料理が戻ってきた
いつからだったのかは、よく覚えていない。 ある日突然、元気になったわけでもない。 でも少しずつ、また料理をするようになった。
新しいレシピを考えた。 休みの朝に料理をした。 知らない料理を食べに行った。 料理人の話を聞いた。 茶懐石を体験した。 茶道にも興味を持った。 出汁のことをもっと知りたいと思った。
そして最近、ふと思った。 「料理がうまくなりたい」と。
自分でも、ちょっと驚いた。 管理栄養士になって、ずっと食に関わってきて、52歳になって、「もっと料理がうまくなりたい」と思っている。 料理をしたくなくなった私、だ。
前の私に戻ったわけじゃない
「あ、私、戻ってきたかも」 最初はそう思った。 でも、たぶん違う。
前の自分に戻ったわけではない。 今の自分の扱い方が、少しわかってきた。 そして、自分のことばかり考えなくなったら、外の世界がまた面白くなってきた。
茶道も知りたい。 茶懐石も知りたい。 出汁のことも、もっと知りたい。 知らないことが、まだ山ほどある。
更年期が終わったわけじゃない。 体の不調が全部なくなったわけでもない。 また料理をしたくない日だって、きっとあると思う。 でも、それでいい。
半年間、ずいぶん自分のことを考えた。 本も読んだ。 いろいろ試した。 迷った。 悩んだ。 そして、自分の心と体をずいぶん知った。
だから、そろそろいいかな。 自分のことばかり考える部屋から出てみようと思う。
扉を開けたら、外にはまだ知らないことがたくさんあった。
52歳。 ここからは、もう少し外の世界を見に行こうと思う。
