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コンサート:アラン・アルティノグル指揮BR響(バイエルン放送響)、3月5日、ミュンヘン・ヘァクレスザール

3月5日、ミュンヘンのヘァクレスザールでアルティノグル指揮BR響(バイエルン放送響)のコンサートを聴きました。

プログラム。

上記プログラムの左ページ下にありますが、カメラが入っていました。

ソリストはヴァイオリンのフランク・ペーター・ツィンマーマン。
今やクラシック音楽界でその名を知らぬ人はいない、素晴らしいヴァイオリニストです。彼は1965年、デュースブルク生まれ。今年61歳になりました。

彼を最初に日本に紹介したのは私の夫でした。
その時のエピソードをここに記します。

フランク・ペーター・ツィンマーマン、日本には1983年、若杉弘指揮ケルン放送交響楽団(現WDR響)のソリストとしてデビューしました。

夫はWDR響の日本ツアーのコーディネートをしていたのですが、それまで演奏を聴いていて、ソリストをはフランク・ペーターにしたいと思っていたそうです。
ところが、周囲の反応がポジティヴではなく・・・。

まず日本側は
「その子、かわいい?きれい?」。
夫は
「いや、男。特にかわいいとかきれいとかではない」。

日本ツアーのために数人の候補者のトライアルがあるのですが、フランク・ペーターは本番で弓が滑ってしまい、ヴァイオリンを教えていた母親が夫に電話で
「あれは例外的なこと!おわかりですよね!」。

オーケストラのメンバーは半分以上が反対。
「5年もすれば消えるヴァイオリニストじゃないか!」と。
夫は「その時はその時さ」。

後になって夫は私に、「僕の見立ては間違いない。自信があったし、『見てろ!』と思った」と。

結局、オーケストラ・マネージャーは夫に
「あなたに任せる」。

というので周囲を押し切ったそうです。

決まったところで若杉さんは夫に
「(少年っぽさを強調するために)燕尾ではなくシャツを着て演奏するよう説得してくれない?」。
しょうがないので夫はフランク・ペーターに尋ねたら、一瞬の沈黙のあと、
「ひゃっほー!あんな堅苦しいもの着なくていいなんて嬉しい!」。

ツアーの計画を始めた時、フランク・ペーターはまだ未成年。
つまり親の同行が必要だったのですが、(うるさい)母親が一緒だと面倒だし(笑)、費用もかかるので、夫は、他のオーケストラのチェロ奏者だった父親にオーケストラ・メンバーとして同行、弾いてもらうことにしたそうです。ちなみにこういう『アルバイト』は珍しくはないのですが、日本ツアーとなると、行きたい人も多いので、そう簡単ではない。

後になって、私もこのお父様に何度か会ったのですが、会うたびに「あの時は本当に嬉しかった!ありがとう!」と笑顔でおっしゃっていました。

と、いろいろあったそうですが・・・

フランク・ペーター・ツィンマーマン、オーケストラのメンバーの予想とは違って5年では消えず、世界的なトップ・ヴァイオリニストの一人となりました。

FOTO:(c)Kishi

以下はBR響提供の写真です。© BR/ Astrid Ackermann

燕尾を着ていない!

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