偶然を活かす力はどこから生まれるのか──計画的偶発性理論の示唆
「10年後、自分はどうなっていたいですか?」
就職活動や社内面談で、私たちは何度もこの問いを投げかけられてきました。明確なゴールを設定し、そこから逆算してキャリアを積み上げる。それが長らく“正解”だと信じられてきたからです。
しかし、変化のスピードが常態化した現代において、この前提そのものが揺らいでいます。慶應義塾大学SFC研究所上席所員であり、キャリア論の第一人者である高橋俊介氏は、積み上げてきたキャリアや将来像が、予期せぬ環境変化によって一気に無効化されるリスクを指摘してきました。
では、将来を見通せない時代に、私たちは何を指針にキャリアを考えればよいのでしょうか。その鍵となるのが、ジョン・D・クランボルツ 教授が提唱した計画的偶発性理論と、高橋氏が繰り返し強調する「自論」という考え方です。
🎲 キャリアの8割は「偶然」でできている
クランボルツ教授らの研究によれば、成功したビジネスパーソンのキャリア形成のきっかけの多くは、本人が事前に描いていた計画通りの出来事ではありませんでした。キャリアの約8割は、予期していなかった偶然の出来事から形づくられているとされています。
ここで重要なのは、この理論が「成り行き任せ」を勧めているわけではない点です。計画的偶発性理論の核心は、偶然は待つものではなく、行動によって起こる確率を高められるという考え方にあります。
クランボルツ教授は、好奇心や柔軟性、楽観性といった行動特性を通じて、偶然を「意味ある機会」に変えられると説きました。高橋氏はこの理論を引き合いに出しながら、**「10年後のゴールから逆算するバックキャスティングは、先が見える時代の手法であり、現代には適さない」**と指摘しています。
🧠 判断軸としての「自論」
では、ゴールが見えない中で、人は何を基準に意思決定すればよいのでしょうか。ここで高橋氏が重視するのが「自論」です。
高橋氏のいう自論とは、完成された意見や正解ではありません。正解のない問いに対して、その時点での自分なりの仮説を持ち、「私はこう考える」と言語化する姿勢そのものを指します。
日本の教育や企業文化は、長く正解主義で成り立ってきました。前例や上司の判断に従っていれば、組織が個人を守ってくれる時代だったからです。しかし、環境変化が前提となった今、その構造は機能しません。
正解を待つ姿勢は、そのまま思考停止につながる。
だからこそ、自分の価値観や内的動機を起点に、不完全でもよいから考え、自分の言葉で語ることが、キャリアの主体性を取り戻す第一歩になります。
🔁 偶然を呼び込む三つの行動
高橋氏は、計画的偶発性理論を踏まえつつ、自律的なキャリアを形成するための行動として、三つの方向性を示しています。
一つ目は、主体的ジョブデザインです。与えられた仕事をただこなすのではなく、自分なりの問いや意味づけを持ち込み、仕事の進め方を再設計していきます。これにより、経験は単なる作業ではなく、学習へと変わっていきます。
二つ目は、学びの主体性です。今の仕事に直結するスキルに加え、関心に基づいた独学や教養が、将来の不確実な局面で効いてきます。学びを自分事として引き受ける姿勢そのものが、キャリアの耐久力を高めます。
三つ目は、ネットワーキング行動です。これは名刺の数を増やすことではなく、自分の問題意識や考えを外に出しておく行為です。すぐに成果が出なくても、この「無駄に見える発信」が、後から偶然と結びつくことがあります。
🧩 キャリアは「登る」ものではなく「つなぐ」もの
高橋氏は、キャリアを一直線に登っていくものではなく、経験や考えをつなぎ直していくプロセスとして捉えるべきだと述べています。将来像を描くこと自体を否定するのではなく、将来を固定的なゴールとして扱うことに無理が生じている、という現実的な指摘です。
多くの人のキャリアを振り返ると、計画通りに進んだというよりも、たまたま任された仕事や偶然の出会いが、後から振り返って転機になっているケースの方が一般的です。計画的偶発性理論が示しているのは、偶然そのものではなく、偶然に出会ったときにそれを学習や行動につなげられるかどうかが重要だという点です。
その判断を支えるのが、自分なりの自論です。自論があるからこそ、出来事を受け流さず、「自分はこれをどう捉えるのか」「次にどう活かすのか」と考え続けることができます。自論は未来を予測するための計画ではなく、不確実な状況で考え続けるための軸だと言えるでしょう。
未来を正確に見通すことはできません。だからこそ、目標を固めるよりも、学び、考え、外に出すという習慣を持つことが重要になります。その積み重ねが、偶然を意味のある機会へと変えていきます。
キャリアの多くが偶然に左右されるのだとしたら、必要なのは偶然を避けることではなく、偶然を活かせる状態でい続けることなのかもしれません。自分なりの自論を持ち、経験をつなぎ続ける。その姿勢こそが、不確実な時代における現実的なキャリア戦略だと思います。
