現行サザンソウルの「性」と「聖」の表裏一体
僕はもともと歌詞を気にしない。
英語だからというのもあるけど、何よりも声とリズムが好きでブラックミュージックを聴いている。
歌詞より、リズム。
どれだけ気持ちよくなれるか、どれだけ楽しく踊れるか。
もしかしたら現地の人たちも、大なり小なりそういう部分はあるんやないかと思う。
ただ、ふと気になった曲の歌詞をいくつか翻訳してみて、気づいたことがある。
サザンソウルには「性」と「聖」が表裏一体となって流れとる。
「聖」:パンツを探す声さえも、祈りに変わる不思議
サザンソウルのチャートを眺めていると、ゴスペル、ブルース、R&Bが複雑に絡み合っとる。
アーティスト全員の生い立ちは分からんけど、歌唱方法には色濃くゴスペルの気配が漂う。
アーティスト全員の生い立ちは分からないが、歌唱方法には色濃くゴスペルの気配が漂う。
魂を揺さぶる、祈りのような声。
それが非常に多い。
Tonio Armaniの「Help Me Find My Drawls(俺のパンツどこいった)」でさえ、あのコーラスが入った瞬間に、なぜか神聖な空気が漂い始める。
歌詞の内容は完全にコメディなのに、声の質感と歌い方が「ゴスペル」に近い。
これが、サザンソウルの不思議さやと思う。
すでに過去記事で紹介しているが改めて紹介します。
tonio armani 『Help Me Find My Drawls』
「性」: 翻訳して初めて気づいたエロス
一方で、「性」の話。
King Georgeの大ヒット曲「Keep It Rollin'」。
歌詞を気にせず聴いとれば、夜のドライブに最適な、最高に心地よい曲。
声も綺麗やし、ビートも気持ちええ。
でも翻訳してみると、そこには「エロス」を感じる表現がたくさん出てくる。
king geroge 『Keep It Rollin'』
さらに一大ブームの「Trailride(トレイルライド)」。
ブラックカウボーイが馬に乗り、みんなで遊ぶ。
そんなMVが多い。
そのイメージで聴いとった曲の歌詞を覗いてみると、どうやら「馬」は「女性」の比喩として使われとる。
そう気づいてしまうと、それはもう、エロいのなんの……。
S. Dottの「Cowgirl Trailride」も、あの独特の官能性は「馬のステップ」と「そういう意味合い」が混ざり合っとるからこそ、あれほど人の腰を揺らすんやと思う。
翻訳して初めて「なるほど、そういうことか」と腑に落ちた。
S Dot ft. Tonio Armani『Cowgirl Trailride』
人間の一日という音楽の構造
翻訳して気づいたのは、彼らの音楽には一日があるということ。
朝はゴスペルで神に祈り、昼はブルースで現実に抗い、夜はR&Bでバーの喧騒に身を委ねる。
メジャーのR&Bシーンやと、「聖」と「性」はなんとなく切り分けられとる気がする。
ゴスペルはゴスペル、クラブミュージックはクラブミュージック。でもサザンソウルは、その境界線が最初からない。
同じ喉から、祈りも欲望も同じ声で出てくる。
考えてみれば、これは「人間の一日」そのものやんね。
神聖な気持ちで朝を迎え、理不尽な現実に苦しみ、夜には誰かと笑って踊りたい。
そのすべてを飲み込んでいるのが、現行サザンソウルの正体やないかと思う。
聴き始めの頃は声とリズムだけで十分に楽しめる。
でも歌詞を覗いた瞬間に、もう一段深いところへ連れていかれる。
この「二層構造」に気づいてから、僕のサザンソウルの聴き方が少し変わった。
綺麗な声の裏に、欲望がある。
欲望を歌う声の中に、祈りがある。
それこそが、この音楽を何度聴いても飽きさせない理由やと思うとる。
もしこの「二層構造」に興味が湧いたら、ぜひ「スキ」で教えてください。
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