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父なき世を生きる。母なき世を生きる。その時差別はなくなり、「我以外皆我師」の世界が開ける。

要するに、「父なるもの」への #幻想 がまだ壊れ切っていない気がする。

どこかに、
すべてを指導し、
規範になってくれる
「🎵後をついていけば何とかなる🎵」

(#中島みゆき「#時刻表」)

#権威 というものを待望する気持ちは残っている。

これは大抵のフェミニストですらそうなのではないか?
(父親への恨みとルサンチマンに呪縛されているうちは。
理想化される対象は、#ユング の言う #アニムス憑依 的女性になるかもしれないが)

ほんとうは、
不完全な存在同士しかいない
それを互いに補い合う(補完する)しかない、
と悟ることでは?

その時「我以外すべて我が師」となり、
差別 する気になる相手は消える。

結局、
救済してくれる権威(救世主、あるいは英雄)の待望って、
その権威に服従する「選民」は、
その見返りとして、
特別待遇
受けて当然よね!
という思いを生み出すと思うわけよ。

それ以外の「愚かな」奴らは差別されて当然!


……というね。


もちろん、母性も幻想。

こちらの気持ちを完璧に汲んでくれる相手などいない。

いるのは、「女」だけ。

そういうものだ、と思えば、むしろ気は楽になりすらしまいか?

(自分が相手に母性を求めず、自分に父性を期待させないコツさえ掴めば、「女」とのつきあいはスリリングな駆け引きになると思うけど)

「エヴァンゲリオン」が描いた世界も、結局はそうだった気もする。

物語の始まる前に姿を消していた、唯という「フィクション」を除き。



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