見出し画像

帰りのバスで【創作】

「澄香は部活決めた?」
下校のバスで、つり革に手を伸ばしながら同じクラスの澄香に声をかけた。
「私は漫画研究会に入るつもり」
振り向きざまに翻ったロングヘアーの黒髪を耳にかけ、澄香は迷いなく応える。
あたしは驚いて、バスの発進とともによろけた。
澄香と言えば書道部とか茶道部とか、運動部なら弓道部とか薙刀部のイメージだった。
「へー意外。漫画好きなんだ?」
「そうね…漫画もだけど、コミケとかのイベントが好き」
澄香はそう言って恥ずかしそうに視線を下に落とす。
コミケなんて聞き慣れない単語にたじろぎながらも、知ったかぶりに言葉を返した。まだ友達になったばかりなのに、会話が続かないんじゃ相手に嫌われてしまうし。
「コミケって同人誌売ったりするんだっけ?」
澄香はコクンとうなづく。
「そう…美穂も知ってるんだ」

「聞いたことあるよ、楽しそうだよね、自分で書いた漫画売るの」
まったく漫画なんて書いたことないけど。
「あと…コスプレの撮影会があって、私はそっち」
え?
唖然とした。バスが信号を曲がったのに気づかず、隣に立っていたふくよかな男性に身を突っ込ませてしまうくらい。
だって撮影会ってあれでしょ?大勢の男性に取り囲まれてポーズを決めるとかいう。
あたしはこめかみのあたりに汗が一筋垂れていくのを感じた。

「へ、へー」
あたしは言葉に詰まった。
「自分なりにこだわった衣装とメイクで、自分の好きなキャラクターになれるの」
そこはまだ耐えられる。
「でも、いろんなひとに写真撮られるなんて怖い気が」
澄香はそうねえとつぶやきしばらく考えたあと、
「…私も怖いと思ってた。最初のカメラマンさんに声をかけられたときなんてドキドキして泣きそうなくらい」
やっぱり。
「でも、あっさり終わっちゃって、こんなものなんだって。そのあとすごいありがとうって言われて。キャラクター名で呼ばれたとき、『同じキャラが好きなんだ』とわかったら嬉しくなったのよ…めっちゃマイナーな漫画なのに」
澄香の瞳が遠くを見ながら潤んできた。こんなに口が滑らかな彼女を初めて見る。
あたしは自分の口角がひとりでに上がっていくのに気づいた。
「へぇーなんか楽しそうね」
同じ漫画を楽しむ。そう考えればあたしでもできそう。イチオシの漫画だってある。
「美穂も興味ある…?」
澄香は嬉しそうにあたしの顔を覗き込んだ。きらきらした瞳。ドキンと心臓が跳ね上がる。
同じ女の子なのに。
そう。この子は美人なのだ。ケタ違いに。

「でも誰もあたしなんか撮影してくれなそう。チビだし、スタイル良くないし、目も小さくて開いてんのかって言われるし」
あなたとは違うし。
澄香はニコリとする。
「私も最初は怖かった。自分なんかが出ても浮くだけだって」
そう。場違いで全ての人からスルーされそうで怖い。
「でも、最初の一歩って、『何も考えずに飛び込むのが大切』なんだって」
淡々と続ける彼女を黙って見続けた。
「せっかくやりたいならもったいないよ。私もちょっとならサポートできる。だから一緒にやってみよ?」

この子、本気だ。
あたしを誘ってる。
嬉しい。
彼女の体が前のめりになり、いつの間にかあたしにくっついていた。
あたしは恥ずかしくて視線を下にそらす。
しばらく澄香と自分の黒いローファー眺めた。
何も考えずにか。
確かに考えたってどうということはない。言い訳を探すだけ。
何より一緒にコスプレをすれば、澄香ともっと仲良くなれる気がする。
あたしは顔をゆっくりあげて、上目遣いに澄香の顔を見上げた。彼女の瞳はまだあたしに向いたままだった。

そうだよ。
コスプレしてる人なんて世の中にたくさんいる。
写真撮られたって、盗撮とかじゃない。社会で認められていることだ。悪いことなんてひとつもない。エロいなんて気のせいよ。ストーカーなんていない。
あとはあたし次第。
胸に手を当て、うん、とうなづく。

「そうだね、あたしもやってみ…っつ」

あたしが口を開くと、バスはわざとらしく急停車した。重力を感じて体がよろける。立っている乗客全員がよろけて一瞬車内がどよめく。すかさず運転手が自転車の急な横切りをアナウンス。
間もなくバス内は平静を取り戻した。

澄香も大部分の乗客同様に、バスの前方に視線を送っていた。
長いまつ毛をパチクリさせて。

………
意を決して吐いたセリフ。
届いてないな。
覚悟を無駄打ちしてしまった。
パンパン張った風船から空気が抜けるように、あたしの心が言い訳とともにしぼんでいった。
嫌なこと無理にやらなくてもいいよね。澄香だって分かってくれるだろう。トラブルがないとも限らない。自分は美人じゃないし。

「ちょっと考えるよ」
あたしはうやむやになった空気をまとめるべくそう言うと、窓の外を眺めた。
もう一度言おうかな、明日でいいかな、なんて考えながら。

いいなと思ったら応援しよう!