[小説] リサコのために|036|八、対峙 (3)
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「よくおいでくださいました。リサコ様。」
かつて自分が暮らしていた家の玄関で、目のない老婆に出迎えられてもリサコは少しの動揺も感じていなかった。
自分の中で何かが始動した感じ。
あとは前に突き進むしかないのだと強く思っていた。
老婆を黙って見降ろしていると、リサコに向かって掲げるようにプラスチックの棒を差し出して来た。
それを受け取る。
「ありがとう。」
ひとこと言って、リサコは土足のまま玄関に上がった。
家の中に靴のまま上がるのはいい気持ちではなかったが、後のことを考えると靴は履いていた方がよい。
後ろに続く他のメンバーたちも、老婆から武器を受け取り家の中へと進んだ。
リサコは、前回と同様、まずはリビングへ入った。
プラスチックの棒が日本刀へと変わる。
前はここでソファーを切ったのだった。
そして、そこから大量の…。
今回もやらないといけないのだろうか。
たぶんやらないといけない。
リサコはみんなを振り返ると、全員が頷いて答えたので、リサコも頷き返した。
思い切ってソファーを切りつける。
とたんにその裂け目から、数千匹のゴキブリがものすごい勢いで、ガササササササと飛び出してきた。
こちらが動かなければ足でつぶす心配もない。
リサコはおぞましさに耐え、じっと奴らの放出が終わるのを待った。
アイスとエルが、ひぃっと小さな悲鳴を上げたのが聞こえた。
みんなにもこの件は事前に話してあったが、わかっていても怯んでしまうほどの大群なのだ。
ゴキブリの大放出は数秒間続き、そして終わった。
最後の数匹がチョロチョロと這いだし消えて行った。
「終わったか?」
アイスが言った。
「話に聞くのと実際に体験するのでは気持ち悪さが何百倍も違うな…。リサコはよくこんなの一人でできたな…。」
アイスは心から関心している声で言った。
リサコはひとりじゃない心強さを実感していた。
ちらりとテレビの方を見た。
前回はそこからぺんぺん草が生えて来ていたが…、その兆候は見られなかった。
ここにはまだぺんぺん草はない。
「行こう。」
オブシウスが言って、一行はリビングから出た。
リビングから出ると、廊下があの、とてつもなく長い廊下に変化していた。
「時間があまりない。走るか?」
タケルが言った。みんな頷き、走り始めた。
長い長い廊下をみんな無言で走った。
やがて前方に人影が見えてきた。
リサコはスピードを上げて、その人物に向かって走った。
マシュマロ君は、前回と同様にリサコを待っていた。
彼女が到着すると、不思議そうにこちらを見上げていた。
そして、後ろに続くメンバーを見て、首を傾げた。
良介が前に出てきて、マシュマロ君に向き合った。
二人並ぶと、マシュマロ君はまさに小さな良介といった感じだった。
「兄弟みたいね…。」
エルが呟いた。
マシュマロ君がリサコの手を取った。歩こう、と促しているように見えた。
しかし、彼のペースでゆっくり歩いている時間はない…。
リサコはひょいっとマシュマロ君を小脇に抱えると、走り始めた。
マシュマロ君は、本当にマシュマロのように軽かった。
みんなもそれに続いた。
やがて、前回と同じドアのところまで来た。
マシュマロ君を下ろすと、ポケットから鍵束を出し、そのうちの一本をリサコに渡した。
リサコがドアを開けようとすると、彼はリサコが持っているプラスチックの棒を指さした。
あ、そうだ。ここから出ると、これは刀になるんだった。
リサコはみんなを振り返って、武器を構えて持つように伝えた。
ドアの向こうは荒野だった。
外に踏み出すと、真っ黒なヘリコプターが降りてきた。
このヘリコプターにも、前回の時と同様、ドアに鎖がついていたので、リサコは斬った。
マシュマロ君が先に乗り込んだ。
みんなも続いて乗った。
全員が乗ると、ヘリコプターは空へと浮き上がり、険しい山脈を超えて飛んだ。
「この山岳地帯みたいなところって何なの?」
リサコが誰にともなく質問した。
「ここは、インスペクト・ガルシアと、ヤギの領域の境目。隔離プログラムを可視化したものよ。」
オブシウスが言った。
確かに、ここを自力で超えるのは大変そうね…。リサコは険しい山々を見下ろしながら思った。
やがて、ヘリコプターはヤギの小屋のある山へと到着した。
草一つ生えていない山頂に着陸する。
うっすらと雪が積もる地面に降りて、一行は小屋の入口へと向かって歩いた。
マシュマロ君が鍵を取り出しリサコに渡す。
リサコが小屋の鍵を開ける。
ガチャっと重たい音がして扉が開く。
ドアを押し開けると、音もなく滑らかにゆっくりと開いた。
小屋の中は図書館になっていた。
庶民的な図書館ではなく、外国の国立図書館のような立派なもので、だいぶ広そうだった。
前回来たときは観光地のお土産屋だったのでスケールがまるで違う。
この空間は毎度変化するとは聞いていたが、ここまで変わるとは…。
リサコたちはゆっくりと、ヤギの領域へと足を踏み入れた。
「前にリサコが見たという、テレビのある部屋があるのか探してみよう。」
良介が言った。
手分けしてこの図書館の構造を一通り把握することになった。
オブシウスとタケル、エルとオーフォとマシュマロ君、そしてリサコとアイスと良介のチームに分かれた。
このような図書館はリサコは写真でしか見たことがなかった。
中央が大きな吹き抜けになっており、本を読むための机が並んでいる。
その空間を囲むように、本棚でいっぱいの小部屋がぐるりと三階建てで並んでいた。
チームの面々は小部屋を一つ一つ調べて行った。
本棚にはどれも外国の古そうな本が並べられていた。
これも、あのお土産屋のように、何の脈絡もなく、それっぽく並んでいるだけなのだろう。
どの小部屋もほぼ同じで、特に変わった点は見られなかった。
しばらくすると、向こうの方で、オーフォが「あったぞ!」と呼んでいるのが聞こえた。
行くと、そこには見たことのあるドアがあり、マシュマロ君が鍵を取り出して待っていた。
「こいつが鍵を出したってことは、ここだろう?」
集まって来たみんなに向かってオーフォが言った。
リサコは頷いて、マシュマロ君から鍵を受け取ると、ドアを開けた。
中はリサコの家のリビングそっくりの場所だった。
入ると、花のような草のような香りがした。
確か、前に来た時もこの香がしていた。
リサコはこの香が何なのかもう知っていた。
「ここは、なぜかあなたの香りがするのよね。」
リサコは良介にそっと言った。
良介は驚いてリサコを見返した。自分では気が付いてなかったのだろうか?
リサコはリビングを見渡して、ヤギの部屋へと続いていると思われる壁の出入口を確認した。
「あそこ。前はあそこからヤギの部屋に行った。」
リサコは指さして、みんなに出入口を示した。
何となくみんなはそちらの方へ近づかないようにしていた。
リサコはマシュマロ君と良介に挟まれる形でソファーに座った。
他のメンバーもソファーの周囲に集まった。
すると、正面のテレビがついた。ザザザザとノイズが走って、様々な映像が現れては消えた。音声にも雑音が激しく混ざっていて、なかなかチューニングが合わないようだった。
やがて、映像と音声がクリアになってきたので、二人は画面に集中した。宇宙のような映像が流れ始めた。パソコンに初めから入っているスクリーンセーバとそっくりなやつ。星が中心から外側に流れてまる飛んでいるように見えるあれだ。
そこへ、くるくると回りながら文字が飛んできて中心で止まった。《ナノスペースへの旅》と書いてあった。丸ゴシックの青字で白フチである。
でた。この演出…。
「これ、前と全く一緒?」
良介が耳元でささやいた。リサコは頷いた。
そういえば、前回はマシュマロ君がコーラーを飲んだりポテトチップスを食べたりしてたけど、今回はない。
図書館だからしょうがないか…。
映像は、タイトル表示を終えて本編に入った。女性のナレータが淡々と語り始め、同時にドキュメンタリーでありがちな、当たり障りのないBGMがうっすらと聞こえてくる。
―わたしたちの世界は、たくさんの物質であふれています。
さまざまな都市や自然の風景が映される。
―このように世界は多様性に富んでいます。しかし、このようなバラエティ豊かな物質たちも、どんどん細かくしていくことにより、全てが同じような世界に行きつきます。物質をどこまでもズームアップしていくと、必ず見えてくるもの。
映像の中の人の中から一人の女性が選ばれ、その人が身につけているイヤリングにカメラがズームして行く。それは金でできたイヤリングだ。そして、電子顕微鏡が捕らえた映像がフェードインしてきた。
―そう、これが原子です。
画面の中の丸い粒がクローズアップされる。
―かねてから、この原子が物質の最小単位であると考えられてきました。
映像は原子の画像からさらにズームアップする。
―ここから先は、地球のみなさんが、まだ誰も見ていない世界。それを…
ちょっと待ったぁぁああぁぁ!!!!!
世界が割れんばかりのボリューム最大の声がリビングに響き渡った。
「来た…」
オブシウスが呟くのが聞こえた。
ついに来たのだ。
ヤギと対峙するその時が。
(つづく)
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おまけ
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