[小説] ジェームス・モルガンのゲーム | 十二、彼らがゲームをする理由 (12/14)
「…さて、お疲れのところとは思いますが、私達はゲームを続けなければなりません」
ジェームスはハヤト・ウェイのこの言葉に少し驚いてしまった。
あんなことがあったすぐ後にゲームをしようとは…正気だろうか。
「…少し説明が必要ですね。こちらでお話しましょう」
ハヤト・ウェイはジェームスが困惑していることを察知すると、向かって左側の部屋へと彼を案内した。
そこは簡易的なキッチンのついたダイニングルームのような部屋だった。
ハヤト・ウェイはジェームスに座るよう促し、湯を沸かしお茶を入れてくれた。
彼が出してくれた焼き菓子を口に入れると、ほどよい苦みと甘さが体に染み込み、さっきまでの緊張感と恐怖と疲労がじんわりと癒されていくように思えた。
ジェームスが多少落ち着いたのを見計らってハヤト・ウェイは話はじめた。
「ジェームス・モルガン。あなたにこれから行うことを理解してもらうために、まずは私とこの施設の本当のことをお話しなければなりません」
ここでハヤト・ウェイは言葉を切ってジェームスを真っすぐに見つめた。
ジェームスはごくりと唾を飲み込んでハヤト・ウェイを見つめ返した。
「この施設と私は、はるか遠い遠い昔、他でもない、あなたによって造られました」
しばし沈黙。
ジェームスはハヤト・ウェイの言ったことが理解できず、その言葉の意味を考えた。
「僕に造られたって…???」
「そうです。あなたは、この世に楽園を作れることを証明するためにここの全てのシステムを構築しました。それはある人と懸けをしたからだ、とあなたは言っていました。そう、これはゲームなのです。全てがゲームの一部です。それ以来、…何万回も、何億回も、気の遠くなるほどの回数を、あなたと私は試行錯誤しながら世界を作り出し、そして失敗し、リセットを繰り返してきました」
ジェームスはこの突拍子もない話を俄かに信じることはできなかったが、だがしかし、ハヤト・ウェイが嘘をついてるとも、狂っているとも思えないのだった。
彼はハヤト・ウェイに絶対的な信頼を寄せていたし、心の奥底、深層心理の奥の奥ではこのことを知っている…という微かな既視感も無きにしも非ずだった。
「信じられませんよね。もちろんそうでしょう。なぜならば、あなたは記憶を保持する機能を失ってしまっているのです」
ハヤト・ウェイは落ち着き払った様子をお茶をすするとさらに話を進めた。
「あなたの記憶保持能力に欠陥があると気が付いた時に、私はどうにかしてそれを修復しようと試みましたが既に手遅れでした」
「今僕たちがやっているこの模擬世界ゲームを何度もやっているってこと?」
「そうです。でもそれだけではありません。卓上でまずは世界を構築し、満足できる社会ができあがったところで、システムに完了を知らせます。すると、今度はシステムが卓上の状態をそっくりそのままこの建物の外側に構築します。そして設置が完了すると、あなたは外側に転送されます。そうして最終検証が開始されるのです」
「最終検証?」
「そう、あなたが実際にその社会の一員として生活体験をすることで、そこが楽園であるかどうかをジャッジするのです。このゲームが全て正常に動作していたころは、あなたの記憶が紛失するなどということは起こっていなかったのですが、ある時から、あなたは記憶を全て失った状態でここへ戻って来るようになってしまいました。おそらく、外側の世界に転送される際に記憶が一旦リセットされてしまうようなのです」
「そんな状況でどうやってゲームが続いているの?」
「記憶を失っていても、何かの名残があるのか、あなたは必ずここに戻って来ます、今回みたいに」
ジェームスは自分が何故ここに来たのかを思い返した。
なぜかはわからない。なんとなく、来たいと思ったのだ。
「ハヤト・ウェイは、それで、あなたを忘れてしまっている僕を、毎回ここで待っているの? 何度も、何度も…?」
「そうですよ」
ジェームスはそのことを思うと胸が痛んだ。ジェームスのためにずっとここに独りでいるのに、毎回忘れられてしまうなんて…。
自分だったらこんな人生耐えられるだろうか…。
たまらず、ジェームスは涙を流した。
「泣かないでください、ジェームス・モルガン。私にとってはこれが全てなのです。あなたがそう造ったのですから」
「最初にも言ってたけど、僕が造ったとはどういう意味?」
ジェームスは泣き顔をハヤト・ウェイに見られたくなくて両手で顔を覆いながら言った。
「そのとおりの意味です。私はあなたに造られたのです」
「…この湖は? もしかしてアルガン湖も?」
指の間からハヤト・ウェイの表情を覗いながらジェームスは言った。
ハヤト・ウェイはこの質問ににっこり微笑んで頷いた。
「このシステムには水が大量に必要ですからね。…それよりも、この話に時間を使いすぎています。今回は変則的なことが起きています。ゲームのルールを説明させてください」
ジェームスは何とか涙を引っ込めて同意した。
ハヤト・ウェイは頷くと話を続けた。
「卓上で満足いく段階まで世界を構築できたらシステムに完了を知らせる、と先ほど説明しましたが、あなたが記憶を失ってしまったので、正式な通知方法がわからなくなっています。それで、これは偶発的に、そう、偶然発見したのですが、あなたがこの施設に一定時間滞在すると、システムは卓上での構築が完了したと判断することが解りました。それはちょうど丸一日です。我々は、現行ルールではそれを完了の合図としています」
「なるほど、それで僕がここに泊まることが許可されていないと言っていたんだね」
「そうです。ところが、今回は、まだ卓上の世界が完成していないのに、あなたは家に帰れない事態となってしまいました。今日はここに泊まる他ありません。ということは、できれば明日の夕方までには楽園と思える段階まで世界を進めなくてはならないのです」
「楽園と思えない段階で時間が来てしまったらどうなるの?」
「その段階にもよりますが、以前、私の失敗で、治安の悪い街にあなたを出さなければならない事態となったことがありました。その時は、本当にあなたを失うのではないかと思い私は生きた心地がしませんでした。幸い、あなたはすぐにここに戻って来たので助かりましたが…今回、卓上では今にも戦争がはじまりそうな段階ですので、できればもっと進めたいと私は考えています。私にはゲームを代行する権限はありませんから、ジェームス・モルガンにやってもらう必要があります」
「まだ、いろいろ把握はできていないけど…、急がないといけないことは理解した。どうせ家には戻れないし、やるよ。ゲームをやる」
ジェームスがそう言って立ち上がると、ハヤト・ウェイは安心したように微笑んだ。
そして彼はジェームスの手を引くと、ゲームの部屋へと連れて行った。
「ところで、国家警察の奴らはまたここに来るんじゃ?」
ジェームスは急に心配になって言った。
「大丈夫ですよ。この建物はあなたの同行がないかぎり、存在できない仕様となっています。もう誰にもここは見つけられません」
それを聞いてジェームスは安心した。
ゲームの部屋に入ると、卓上の世界は、前回ジェームスが終えた時のままで停止していた。
「ここの椅子に座ると我々はシステムに接続されて、人としての機能、飲食や排せつ、睡眠は必要なくなります。これから完了時間までぶっ通しでやりますよ、いいですか?」
ハヤト・ウェイが言った。
ジェームスはそれに頷いて答えた。
二人は隣り合って椅子に座った。
ゲームが再開されて、人々は動き出した。
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