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お茶の香り、言葉のぬくもり — 最近知ってくださった方へ、自己紹介を —


祖母の点てた一服の抹茶と、父の喫茶店の珈琲の香り。
わたしの暮らしは、いつも“飲みもの”から始まります。



はじめまして。

お茶と暮らす、わたしの日々のはじまりに。


ここに来てくださり、ありがとうございます。
このnoteでは、和菓子と抹茶、旅や暮らしの中でふと立ち止まるような瞬間を綴っています。
茶道という言葉の枠にとらわれず、
「お茶のある時間」を
もっと自由に、もっと私らしく。


そんな気持ちではじめた場所です。



少しだけ、わたしの話を

お茶との出会いは、子どもの頃にさかのぼります。
祖母が表千家のお茶をしていたこともあり、
祖父母の家では
「おやつに合わせてお茶が決まる」
が日常でした。


ある日は紅茶、ある日は麦茶、そしてある日は抹茶。
小学生の頃に「お茶やってみたい」
と言ったこともありますが、
「まだ早い」と言われてしまいました。



それでも心のどこかにずっと残っていたのでしょう。
部活にそれほど熱が入らなかった中学時代、
自然とお稽古に通うようになりました。
それから、気がつけば30年以上。
教授資格や盆点の免状をいただき、
お茶の楽しみをお伝えすることにも
携わるようになりました。


◾️真っ直ぐじゃなかったけれど、豊かだった道のり

もともとは、学芸員になることを目指していました。
大学時代、美術館のプロジェクトに関わる機会もありましたが、主宰者の急逝により、その道はふいに閉じてしまいました。


それでも「誰かの心にふれる仕事がしたい」と思い、
心理学の世界へ。
研究者を目指して大学院に進みましたが、担当教授の異動などが重なり、修士課程で一区切りをつけることに。


その後就職して働いていたのですが、祖父の死をきっかけに母が体調を崩し、私は退職。
そして、いきなり
【家族5人の主婦の役目】を担うことに。
イライラがつのって爆発してしまい、「怒ってる声が気になって、寝てられへんわ!」と逆に怒られて、思わず笑ってしまったこともあります(笑)。


おかげさまで母は回復し、私も再び外へ。
今度は京都の大学で教授秘書の仕事に就き、
数年勤めたあと、ご縁があって結婚し、
ニュージーランドへ。
現地で2年間暮らしました。


◾️ひとり、珈琲の香りに導かれた朝

ニュージーランドでは、心身ともにしんどくて、ほとんど家に閉じこもっていた時期がありました。
夫を送り出したあと、気力をふりしぼって、ひとりで街をふらふらと歩いていた朝。


ふと、珈琲の香りに足が止まりました。
豆の焙煎をして、
その横で小さなエスプレッソバーを営む店。
父がかつてコーヒーを専門的に扱う喫茶店をしていたこともあり、あの香りと豆を挽く音は、わたしにとって懐かしく、居心地のよいものでした。



現地の人と会話を自在に楽しむレベルには程遠くても、
そこには、言葉を交わさなくても伝わる静かなやさしさがありました。


◾️お茶と、ことばと、これから

こうして、いろんなものが壊れたり、
ほどけたりする度に、
気づけば私は、「お茶」と「ことば」という、昔からずっとそばにあったものと再会していたように思います。


大学院で学んだことや、
フランス語の翻訳・通訳の仕事に関わっていることも、
今こうして言葉を丁寧に選びながら書くとき、
静かに背中を押してくれている気がします。



旅先で気づいたこと、ふと感じたこと、
お茶のまわりの小さな物語を、
noteではゆるやかに綴っていきたいと思います。



*水屋の隅で、ひとつひとつ、言葉を整えています。
まだ名前のない一服が、静かに立ちのぼる日を待ちながら。



おわりに

長くなりましたが、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
どうぞこれから、ふとしたときに、
またお立ち寄りいただけたら嬉しいです。



お茶の時間は、
人生の途中にふと訪れる、心の座り場所。

そんな風に思ってもらえるような空間を、
少しずつ作っていけたらと思っています。


小さな気づきを、時々お届けしています。

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▶︎お茶と過ごす時間はここからつづきます^^
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光森ちづこ | 表千家教授・仏語翻訳家 最後まで読んでいただきありがとうございます。 よかったらまた遊びに来てくださいね。 スキやフォローしていただけたらとても嬉しいです。 頂いたサポートで良い記事を書いていきたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。

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