ガネーシャにお願いをした夜。

きすけが目を覚ましたとき、窓の外はすでにオレンジ色だった。
朝のオレンジではなく、夕方のオレンジ。
つまり、ほぼ一日が終わっていた。
「あ」
それだけ言って、もう一度、目を閉じ、
吸い込まれるように意識が遠のいていった。

ベッドの上で天井を見ていたら、いつの間にかトゥクトゥクに乗っていた。
正確には、乗っていたのか、夢を見ているのか、よくわからなかったのだけれど。
熱い風が耳の横を通り過ぎていく。
バンコクの夜の匂いがした。
ジャスミンと、排気ガスと、屋台の揚げ物と、雨上がりの石畳が混ざったような、そういう匂い。
きすけの小さな体はシートの上でふわふわと揺れていた。
グリーンのビーズのネックレスが、カタカタと鳴った。
運転手のおじさんは何も聞かなかった。
深夜のバンコクでは、目的地を言わなくても走り出してくれるトゥクトゥクがある。たぶん。

気づいたら、ガネーシャの前に立っていた。
でかかった。
本当に、でかかった。
金色に光る象の頭が、夜空に向かってそびえていた。
線香の煙がゆらゆらと巻き上がり、どこかのスピーカーからお経みたいな音楽が流れている。
周りには花を持った人たちが静かに手を合わせていた。
きすけも、とりあえず手を合わせた。
何をお願いするか、考えた。
仕事がうまくいきますように。
誰かに会えますように。
もっとちゃんとした毎日が送れますように。
全部思い浮かんだけど、全部なんだか違う気がした。
しばらく黙って立っていたら、ガネーシャがきすけを見下ろしてきた気がした。
正確には、石像は動かないのだけれど。
でも、見下ろしてきた気がした。
トゥクトゥクで帰る道、夜風がやっぱり熱くて、
バンコクの街のネオンが水たまりに映っていた。
赤と青と黄色が、ぐにゃぐにゃに溶けて、
それが少し東京の夜に似ていると思った。
きすけは背もたれにもたれて、
ビーズのネックレスを指でなぞった。
何もお願いしなかった。
でも、なんか、よかった気がした。
夢はなんだってできるのは、寝てても起きてても一緒か。
ガネーシャはきっと、お願いを聞くより、
ただそこに立っているだけで、すでに何かをしてくれている。
たぶん、そういうものなのだ。

目を開けたら、また天井だった。
窓の外は完全に暗くなっていた。
一日が、本当に終わっていた。
きすけは起き上がって、
冷蔵庫からよく冷えた水を出して、一口飲んだ。
ガネーシャは夢だったかもしれない。
バンコクも、トゥクトゥクも、熱い夜風も。
でも、なんとなく、体が少し軽かった。
寝すぎたのに、むしろすっきりしていた。
それはたぶん、ガネーシャのおかげではなく、
寝すぎたおかげだと思う。
まあ今日くらいいいか。
東京のどこかの部屋で、古い黄色いぬいぐるみは今夜もよく眠る。
グリーンのビーズが、静かに光っている。
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