未来の自分への小さなプレゼント。
超新星ジータ × きすけ
黄色い熊のぬいぐるみのきすけは、
ソファに溶けて、沈み込んでいた。
綿が少し抜けた背中で、部屋の天井をぼんやり見上げながら、「あ〜」とも「う〜」ともつかない声を出した。
仕事が終わった。
それだけで、今日はもう十分だと思っていた。
でも部屋が、そうはさせてくれなかった。
テーブルの上には、昨日のコンビニ袋。脱ぎっぱなしのジャケット。読みかけのまま伏せてある本が二冊。充電ケーブルが三本、なぜか床に転がっていた。三本って、きすけはケーブルを三本も持っていたんだっけ。知らなかった、そんなこと。
「……かたづけなきゃ」
呟いてみた。
でも体は、まったく動かなかった。
こういうとき、きすけはいつも同じことを考える。
「明日やればいいや」
そして明日のきすけが同じことを考える。
「明日やればいいや」
気がつくと部屋は、「明日やればいいや」の堆積物でいっぱいになっている。考古学者が来たら、きっと何かを発掘できるだろう。
深夜の東京は静かだった。
遠くを走る電車の音だけが、部屋に滲んでくる。
きすけはそのまま、しばらく天井を眺めていた。
そうして、ふいに思った。
明日の朝、起きたときの自分は、いったいどんな気持ちだろう。
たとえば、このまま寝たとする。
目を覚ましたきすけは、散らかった部屋を見て、まず溜息をつく。コンビニ袋を片付けながら、「夜のうちにやっておけばよかった」と思う。朝から少しだけ、気持ちが重い。そういう朝は、なんとなく一日がうまく転がらない気がする。経験上、そうなのだ。
逆に、ちょっとだけ片付いた部屋で朝を迎えたとしたら。
明日のきすけは、たぶん少しだけ、機嫌がいい。
なんだ。
自分のことを、未来の自分が助けているのか。
それとも、未来の自分を、今の自分が助けているのか。
どちらが先なのか、よくわからなくなってきた。深夜に考えることじゃなかったかもしれない。
でも、きすけはそこで気づいた。
やりたくないことって、だいたいぜんぶ、そういうものなのかもしれない。
今の自分には面倒くさくて、できれば誰かに代わってほしくて、とにかく後回しにしたいあれこれ。でもそれを先に済ませておくほど、未来の自分が楽になる。
歯を磨くとか。
返信が遅れてるメールを送るとか。
使い終わったコンビニ袋を捨てるとか。
どれも、今やりたいことじゃない。
ぜんぶ、未来の自分への地味なプレゼントだった。
きすけはゆっくりと、ソファから立ち上がった。
かなりゆっくりだった。三回くらい「よいしょ」と言った。
テーブルの上のコンビニ袋を、ゴミ箱に捨てた。
やり出してしまうと先ほどまでの、
腰の重さを感じない。
いつもそうだ。
始めてみれば大変なことじゃないのに。
ジャケットを、ハンガーにかけた。
ケーブルをまとめて、引き出しにしまった。三本もあったけど、しまった。
本はそのまま伏せておいた。完璧じゃなくていいと思った。
でも、なんだか部屋が少し、息をしているみたいになった。
きすけはもう一度ソファに座って、さっきと同じように天井を見上げた。
さっきと同じ部屋のはずなのに、なんとなく違う部屋にいるみたいな気がした。不思議なことに。
「よかったね、明日のきすけ」
誰にともなく、そう言ってみた。
もしかしたら、
今の自分は、過去の自分が作ったものかもしれない。
今日の自分もまた、誰かを作っている。
たぶん、明日のきすけを。
深夜の電車の音が、また遠くを通り過ぎていった。
今日やらなかったことは、明日の自分の仕事になる。だから少しだけ、未来の自分を楽にしてあげよう。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます!頂いたチップは超新星ジータのマスコットキャラクター「きすけ」のお夜食代にさせて頂きます!これからも応援して頂ければと思います!
