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祭りの始まりと終わりの温度差。

山王祭の夜、ネオンが教えてくれたこと


蒸し暑い、東京の夕方だった。

祭りの音は、不思議だ。風に交じって太鼓の音が聞こえる。

すると、もう行くつもりなんてなかったはずなのに、

気づけば足がそちらへ向かっている。

きすけもまた、太鼓の音に誘われるように、緑のビーズネックレスをゆらしながら、山王祭へ向かっていた。

久しぶりの祭りだった。

きすけの足どりは、いつもより少しだけ軽い。汗ばんだ空気の中に、提灯の灯りが、ぽつり、ぽつりと増えていく。



街の角を曲がると、神輿が見えた。

「わっしょい!、わっしょい!」

担ぎ手たちの声が重なって、拍子木の音が鳴る。提灯の灯りが、夕暮れの空気をオレンジ色に染めていく。

普段は静かなこのビジネス街が、今夜だけは大きな生き物みたいに動いていた。アスファルトまで、揺れているような気がする。

きすけは、思わず笑顔になった。

祭りには人々を自然と笑顔にさせる魔法があるのかもしれない。



屋台の並ぶ通りを、ゆっくり歩く。

冷たいラムネの瓶。焼きそばの香ばしい匂い。子供たちの歓声に混じって、大人たちの笑い声も聞こえてくる。

スーツのまま、ビールを片手に、屋台のくじを引いているおじさんがいた。何度も外れているのに、なぜだか楽しそうだった。

ふだんは名刺と肩書きを背負っているような大人たちも、今夜は少しだけ、子供に戻っているように見える。

「こういう日も、悪くないな」

きすけは、そう思った。


そして、夜になった。

祭りは、終わる。

神輿は神社へと戻っていき、人波もゆっくりと引いていく。さっきまでの賑わいが、まるで嘘だったみたいに、通りは静かになっていった。

提灯の灯りも、ひとつ、またひとつと消えていく。

残されたのは、ぬるい風と、かすかな祭りの匂いだけだった。



きすけは、ビルの隙間から見える東京の夜景に目をやった。

ネオンの光が、いつもより少しだけ、滲んで見える。

「祭りの賑わいが終えると少し切ない気持ちになるのはなぜだろう?」

きすけは、誰に向けてでもなく、そうつぶやいた。

すると、ビルの上のほうで、ネオンが、静かに光った。

「高まった熱は、消えてしまったんじゃない。静かになっただけだ。
だから、その切なさは悪いことじゃない。ちゃんと心が動いていた証なんだ。」

その光は、いつもより少しだけ、優しい色をしているように見えた。


東京の夜は、静かだった。

少しだけ、寂しい。

でも、胸の奥のほうは、ちゃんとあたたかい。

きすけは夜風を浴びながら、帰り道を歩き出した。

緑のビーズが、かすかに音を立てる。

「また来年も、来よう」

そうつぶやいて、きすけは、歩きだした。

振り返ると、最後の提灯が消えるところだった。

祭りは終わる。

でも、心が動いた夜は、案外長く残るものだ。

始まりの熱気と、
終わりの静けさ。

その温度差まで含めて、祭りなのかもしれない。

ネオンの灯る東京の夜へ、きすけは静かに帰っていった。

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