「三十分だけのバカンス」
超新星ジータ × きすけ
きすけは、本を開いたまま眠ってしまうつもりだった。
いつものルーティンだが、今夜はそれができなかった。ちゃんと読もうとしない。ちゃんと眠ろうとしない。その中間のどこかに、今夜の自分を置いておく。そういう夜にしたかった。
部屋は狭い。でもそれが今夜は助かった。
手を伸ばせばすぐに壁がある。窓の外には、東京の夜がある。誰かのマンションの明かりが、まだいくつか点いている。あの部屋にも、今夜眠れない誰かがいる。(もしくは眠ろうとしない。)そう思うと、不思議と少し楽になった。眠るだけの夜だけが正解じゃないような気にさせてくれた。
スマートフォンで、宇多田ヒカルの「Fantôme」をかけた。何度も聞いたアルバムだから今日はランダム再生にしてみようと思う。
音量は、耳に入るか入らないか程度に。BGMというより、沈黙に少し質感を持たせる、そういう使い方が今夜の気分だった。
「二時間だけのバカンス」が流れてきて、きすけは少しだけ苦笑した。この深夜のバカンスは二時間もないかもしれない。せいぜい三十分のバカンスだ。でも三十分あれば、今日という日をどこかに置いてくることはできる。
本を手に取った。
前に買って、三分の一で止まっていた小説だ。続きが気になっていたわけでも、今夜どうしても読みたかったわけでもない。ただ、スマートフォンをずっと見ていると、今日中に処理しなければいけないことを思い出してしまう。ありとあらゆる余計な情報を今夜は入れたくない。そんな夜だった。
活字を目で追いながら、頭は少し別のことを考えていた。特に嫌なことがあったわけじゃない。明日が不安なわけでもない。
ただ今日を終わらせるのに、きすけは少し早いような気がした。
何もない夜でも深夜のオアシスは必要なのかもしれない。
「桜流し」が流れた。ピアノのイントロから始まり、壮大なサビに繋がる美しい曲だ。この曲で桜流しという言葉を初めて聞いたが、日本語には美しい言葉がたくさんあるのだと感動した記憶がある。「桜流し」という言葉だけで、春が一度終わった気がした。
このアルバムはいろいろな人の視点で介された楽曲が多い気がする。きすけにはその人たちの思いの半分もわからない。でも、誰か気持ちの隣に座っているような所が気に入っていた。
「道」が流れた。深夜の狭い部屋の中にいる、きすけはリズミカルな曲調に、どこかに飛び出したいような気持ちになり、少し笑った。
本のページが、なかなか進まなかった。
読んでいるのか、ただ文字を見ているのか、自分でもよくわからなかった。でもそれでいいと思った。今夜の読書は、何かを得るためじゃない。何かをやり過ごすための読書だ。本に助けてもらっている。ページをめくる手だけが、今夜の自分をかろうじて「起きている人間」にしてくれている。
窓の外の明かりが、ひとつ消えた。
誰かが眠りについたような気がした。それを見届けたような気持ちになって、きすけは少し目が重くなった。そして「忘却」が流れだした。静かな曲だった。ピアノと声の、余白の多い曲。
本を閉じた。
閉じる前に、今どのページにいるか確認した。百十二ページ。栞を挟んだ。続きはまた今度。今度がいつになるかはわからないけれど、百十三ページから始められる。それだけで十分だ。
電気を消した。
暗くなった部屋に、スマートフォンの画面だけが青白く光っていた。音楽も止めて、画面を消した。本当に暗くなった。頭の中で「忘却」の続きが流れる。東京の夜の、かすかな光が窓から入ってくる。都市は眠らない、とよく言うけれど、夜中の二時の東京はちゃんと少し眠っている。全部じゃないけど、少しだけ。
きすけは目を閉じた。
今日という日が、ゆっくりと遠ざかっていく気がした。
「今日も一日があった」という事実だけが残る。
それで、いい。
明日のことは、明日起きてから考えよう。
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