急に街から人がいなくなる8月のセビージャ|スペイン生活7年目に感じること
8月になると、セビージャの街から急に人がいなくなる。

観光名所や一部のレストランはもちろん営業しているけれど、普段の生活圏を歩いていると、その静けさに驚く。
レストランでさえ、1週間ほど休暇に入るところもある。
暑い、暑い、暑いセビージャ。
この時期になると、みんな海や涼しい山の近くへ避難するように街を離れていく。

そしてセビージャは、一気に「ゴーストタウン」のように静かになる。
フラメンコの公演もオフシーズン。
フラメンコ学校も、8月は1か月丸々休むところが多い。
これが、セビージャの8月だ。
スペインの8月は「休む月」
スペインでは年間の有給休暇がしっかり確保されているため、夏にまとまった休暇を取る人も少なくない。
1か月丸々休む人もいれば、何回かに分けて休む人もいる。
特にセビージャでは、暑さの厳しい8月を街の外で過ごす人が多い。
海辺に別荘を持っている家族や、海沿いに住んでいる親戚がいる人も多く、家族のつながりを利用しながら、比較的安く長期休暇を楽しむ。
「夏休みに海外旅行へ行く」というより、家族や親戚のいる海辺や田舎へ行く。
そんなスペインの夏休みの過ごし方も、7年間ここで暮らしていると、だんだん自然に見えてくる。
セビージャに来て7年。もう「外国にいる」感覚が薄くなった
そんな7年目の夏。
ふと気づいた。
私は、もうかなり自然にこの街に馴染んでいる。
もちろん、外国人としてのハンデがなくなったわけではない。
でも、セビージャに来たばかりの頃と比べれば、スペイン人と一緒に仕事をすることもできるようになった。
スペイン語も完璧ではない。
それでも、時間が経つにつれて言葉の壁は少しずつ低くなってきた。
昔だったら、「外国人だから分からない」「スペイン語が十分ではない」と感じていた場面でも、今は以前ほど構えなくなった。
そして最近思う。
「幸せになった」というより、リラックスできる場所が増えたのかもしれない。

安心していられる場所。
無理をしなくてもいい場所。
自分のままでいられる場所。
そう考えると、心の平安というのも、やっぱり幸せの一つなのだと思う。
フラメンコを続けながら、生活も作らなければならない
セビージャに来た理由の一つは、フラメンコだった。
だから、できることならもっと早くフラメンコに出会って、もっと早くこの世界に入っていたらよかったのではないか。

そんなことを考えたこともある。
「アルバイトをしながら、もっと踊る時間を増やしたら?」
そんなアドバイスをもらったこともある。
でも、私の場合は、それだけでは現実的ではなかった。
金銭的に誰かに支えてもらえる環境ではなかったからだ。
スペインで普通に生活するためのお金。
そして、スペインで勉強するためのお金。
その他には、日本で生活するのに必要なお金。
その全てを自分で準備しなければならなかった。
いつまでも貯金だけで生活することもできない。
フルタイムで学生になれば、その分働く時間も減る。
そして、外国人としてスペインで生活していくなら、フラメンコだけではなく、将来仕事をして生きていくための準備も必要だった。
だから私は、フラメンコだけにすべてを賭けるのではなく、仕事をしながら、必要な勉強もしながら、踊り続けてきた。
スペインで働くためには「学ぶこと」も必要になる
スペインで仕事を変えたいと思ったら、その分野について学ぶ必要がある。
もちろん経験も重要だけれど、外国人として新しい分野に入っていくなら、自分で準備しておかなければならない。
だから私は、フラメンコを続けながら、仕事につながる勉強もしてきた。
それは、ときどき遠回りに感じることもあった。
もっと踊ればよかった。
もっと早くフラメンコに集中すればよかった。
そんな気持ちになることもある。
でも、7年経った今は少し考え方が変わった。
あの時の自分には、あの選択が必要だった。
生活を維持すること。
外国人としてスペインで生きていく力をつけること。
そして、自分の好きなことを諦めないこと。
その全部を同時に考えなければならなかった。
フラメンコだけでは生活できない現実
フラメンコの世界を見ていると、早い時期にマンションや田舎の家を購入したアーティストの話を聞くことがある。
フラメンコが盛んだった時期に、仕事があるうちに不動産を購入しておく。
そうすれば、後になって家賃を払い続ける必要がない。
これは、とても現実的な考え方だと思う。
一方で、そこまでの資金を持っていない人も多い。
家族と一緒に暮らしたり、誰かと住居をシェアしたりしながら、ぎりぎりの生活を続けている人もいる。
華やかに見えるフラメンコの世界にも、当然ながら生活がある。
踊るためには、まず生活しなければならない。
そして、生活するためにはお金が必要になる。
これは、7年間スペインで暮らしてきて、私自身が少しずつ実感してきたことでもある。
「もっと早くフラメンコに出会っていたら」は、本当に正しいのか
以前は、
「もっと早くフラメンコに出会っていたら」
と思うことがあった。
もっと若い時に始めていたら。
もっと早くスペインに来ていたら。
もっと踊る時間があったら。
でも、今は少し違う。
今の自分だからこそ、この道を歩けたのだと思う。
社会人として働いた経験。
生活するために必要なことを学んだ経験。
仕事を変えるために勉強した経験。
外国人としてスペインで暮らすために必要だった経験。
それらは、フラメンコとは直接関係がないように見える。
でも、今の自分を作っているのは、そういう一つ一つの経験でもある。
7年目だから見えるセビージャ
セビージャに来たばかりの頃は、見るものすべてが新しかった。
街並みも。
フラメンコも。
スペイン人との生活も。
言葉も。
文化も。
何もかもが新鮮だった。
でも、7年も住んでいると、当然ながら目新しいものは少なくなる。
その代わりに、以前は見えなかったものが見えるようになった。
人々がどのように休暇を取るのか。
どうやって生活しているのか。
アーティストがどのように仕事と生活を両立しているのか。
外国人として生きていくには何が必要なのか。
そして、自分自身がどれだけ変わったのか。
8月、人が少なくなったセビージャを歩いていると、そんなことを考える。
完璧じゃなくても、まあいい
外国人として生きている以上、まだまだ不器用なところはある。
スペイン語も完璧ではない。
仕事でも、生活でも、思うようにいかないことはある。
でも、最近は以前ほど気にならない。
「完璧じゃなくても、まあいい。」
そんなふうに思えるようになった。
それは、セビージャという街が私に教えてくれたことなのかもしれない。
あるいは、7年間ここで生きてきた自分自身が、少しずつ身につけた感覚なのかもしれない。
8月のセビージャは、人がいなくなる。
フラメンコも一休みする。
学校も閉まる。
街は静かになる。
でも、その静かな街を歩きながら、私は改めて思う。
7年間、よく生きてきたな。
まだまだ外国人としてのハンデはある。
まだまだ不器用だ。
それでも、そんなことは、もうそれほど大きな問題ではない。
完璧ではない自分を、少しずつ受け入れられるようになった。
そして、この街で本当にたくさんの人たちから学んできた。
8月の静かなセビージャは、そんな7年間を振り返るには、ちょうどいい季節なのかもしれない。
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