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【読了】黒人の強さを理解した『ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音』(中村隆之/岩波新書)


書籍情報

『ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音』

おすすめ度

★★★★☆

一文引用

人々は奴隷制社会で支配者の文化に完全に屈したわけではありません。人々は、アフリカ文化との大きな断絶を越えて、新しい土地で自分たちの持ち運んだ要素から「創意と即興」をつうじて新たなアフリカ文化を再創出していきました。

中村 隆之. ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音 (岩波新書) (p.42). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

感想

ブラック・カルチャーとは、アフリカ由来の文化ではあるが、音楽から衣服、美術、哲学など要素は多岐にわたっている。

一般的にはヒップホップやジャズといった音楽を想像する人が多いだろう。本書でも特に音楽に焦点を当ててブラック・カルチャーというものを定義していく。

アフリカの民族を見ていくうえで知っておかなければいけないことは、ヨーロッパがアフリカを植民地にした際、アフリカ人を把握するため、わかりやすくするために整理されたことが現在知られているということだ。

奴隷制の歴史からブラック・ミュージックの源流を見る

アフリカでは言葉は神からの贈り物とされていて「魔術的な力」をもつ。話し言葉が叡智として伝えられる際にはリズムをともなって歌われることも多い。精霊に呼びかけるためにリズムが重要な役割をもつからだ。

アフリカの一部の国ではもともとジョンと呼ばれる奴隷制度に近いものがあった。敗戦や債務不履行によってなる身分で、支配者階級に帰属するものん、モノ扱いされ売買・譲渡されることなどはなかったという。

奴隷と言えば奴隷ではあるが、例えばアメリカの黒人奴隷とは仕組みも奴隷が受ける扱いも異なっていたということだ。

伝統的なアフリカで奴隷売買が始まったきっかけは外界との交流。交易する商品の1つとして奴隷が取り扱われ、徐々にアフリカ地域に広がっていったのだという。それにより、奴隷に近い存在だったジョンも奴隷と同じように売買される対象となっていったと推測できる。

問題なのは、アフリカ諸国が奴隷を主要な輸出品としてヨーロッパ諸国と交渉していたということ。輸出する国としてはそもそも奴隷は戦争で負けた国の人間であり、輸出したところで被害がなかったということだ。黒人が黒人を奴隷として差し出していた事実であり、直視したくない現実である。

熾烈な奴隷貿易を経て、アメリカなどに渡ったアフリカ人たちは、未知の土地で自分たちの文化を再創出していき現代にいたる。歴史家たちは当時の奴隷社会の調査と復元を試みるのだが、一番の問題は「奴隷の声」がわからないこと。読み書きができ証言を残すことができた奴隷はごく一部しかいないのだ。

アフリカはイスラム教国家が多く、基本的にはアメリカに渡ったアフリカ人奴隷もイスラム教文化を持っていたが、アメリカはキリスト教社会であり当然ながら奴隷の自由がないためイスラム信仰は消えていった。それでもわずかながら故郷の信仰や宗教思想は残っていったという。

このわずかな伝承の積み重なりが現代のブラック・ミュージックにつながる。

ブラック・ミュージック

ブラック・ミュージックはアメリカ発祥の音楽を意味することが一般的で、代表的なものにはジャズがある。ニューオリンズで生まれたジャズのルーツは、奴隷制時代の歌と踊りであり、みんなで歌い踊ることで精神的紐帯を強める目的もある。

その後1940年代に登場したR&Bはブルース、ジャズ、ゴスペルの要素を備え、ソウルはR&Bとゴスペルが基盤になっていると言われるなど、ブラックミュージックはさまざまなジャンルと混じり合いながら醸成されていった。

ラップが生まれたのはそのさらにあとで1970年代とされていて、グラフィティ、DJ、ダンスとあわせてヒップホップ文化を形成した。本書によると初期はブレイクダンスだったらしい。ダンスにもヒップホップという名のジャンルがあるが、歴史的にはかなり新しいほうなのかもしれない。

実はサンバも起源は黒人奴隷のダンスとされている。北アメリカはイギリスの植民地となり黒人奴隷が持ち込まれたが、ブラジルはポルトガルによって植民地支配され同じように黒人奴隷が持ち込まれた。

こうしてみていくと、もちろんすべてではないがアフリカや黒人文化由来の音楽は世界各地でそれぞれに醸成され、世界中で親しまれるポピュラーなものとなった。

黒人のたたかいはまだ終わっていないし勝ち負けではないが、奴隷として過酷な環境を生き抜いてきた黒人の紡いだ歴史がほかを凌駕するほど発展したという事実は勝利ともいえるのではないかと思う。

ドラミングは精神性を表す

太鼓などものを叩いてリズムを出す行為・ドラミングは、奴隷社会では反抗や反逆の意思を示すと誤解され、白人から嫌われたという。当然ちゃんとした楽器としての太鼓は手に入るものではなかったが、叩く対象はなんでもよかったらしい。

演奏する環境としてはとてもよいものではないが、それでも継続してドラミングが行われてきた理由は「技だけは継承される」からだという。特別な楽器がなくても、儀式ができなくても、未来に実現するための技術だけは継承できるということであり、ドラミングがまさにアフリカ由来の精神文化を体現する、と筆者は語る。

アフリカの文化におけるダンス

プロテスタントでは踊ることは悪であり、悪魔の仕業であると考えられていたという。

本書でも書かれているようにアフリカでは精霊信仰がありダンスや歌といった儀式によって自らの体に憑依させる文化がある。ダンスそのものが悪魔とむすびつくのであれば、キリスト教における悪魔はほとんどアフリカ文化なのかもしれない。

悪魔が憑依して狂った人間が描かれる物語はいまでも非常に多い。その起源とも言えそうだが、これも欧米的価値観による差別の一種として多くの人が自覚すべきことだ。

文化の盗用とブラックという呼称

文化の盗用について、

有形・無形にかかわらず、「ある優位な文化のメンバーが、歴史的に劣位に置かれてきた別の文化のメンバーが大切にしている文化的要素を、不適切または無自覚に取り入れて用いること」

中村 隆之. ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音 (岩波新書) (p.172). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

と本書では定義する。

日本にも少ないながら黒人と言われる人々が暮らしている。黒人の経験してきた過酷な歴史を鑑みず、人種主義に無批判なままにブラック・カルチャーを取り入れてしまうのであれば、批判されて当然であると筆者は忠告する。

同じようにブラックという呼称も安易に使用すべきものではない。本書では下記のような意図があり使用しているが、例えば黒人のアイデンティティは肌の色だけにあるわけではない。

この呼称を本書で用いる理由は、この語がブラック・パワーがそうであるように、アメリカスの各地で奴隷とされた人々に共通する歴史意識と自分たちの尊厳を表す語として、とくに合衆国で積極的に用いられたからです。

中村 隆之. ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音 (岩波新書) (p.173). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

Nワードを使用しないことは当然、ブラックという呼称を用いることでレッテルを貼ってしまう可能性も考慮し、慎重になるべきである。

用語の整理

あまりにもなじみのない単語が頻出するので用語を整理する。本書に書かれている内容だけでなく肉付けしたものもある。人名まで含めるとさすがに多すぎるので省いた。これから本書を読む人はすこし内容が理解しやすくなるかもしれない。

  • ドマ:バンバラ語で伝承者の意。自身が伝承者である自覚をもって言葉を伝える。

  • マンデ:身分制社会。自由民(ホロン)、世襲制の職能集団(ニャマカラ)、奴隷(ジョン)の3つの階層によって成り立っている。

  • ジュリ(グリオ):ニャマカラの一種で、口伝や音楽を専門的に担う職業。さらに、①楽師で歌い手である語り部、②宮廷につかえる語り部、③系譜学者・歴史家・詩人の語り部の3つにわかれる。フランス人からはグリオと呼ばれる。

  • スンジャタ叙事詩:マリ帝国の建国史。

  • バラ(バラフォン):木琴。グリオの使用する代表的な楽器。男性(夫)が演奏し、妻や娘が歌を担うことが多い。

  • ジョンヤ:捕囚制度。マンデ系社会におけるジョンが由来。

  • アホシ:ダホメー王国の女性兵士からなる軍隊。『女奴隷たちの反乱』で反乱を起こした女性の中には元アホシだった者がいるのではないかと考えられている。

  • クレオール:もともとは「新大陸(アメリカ大陸)生まれの白人」の意。現在は、さまざまな文化が混在し、新しくその土地のものとして生まれ変わった存在、を指す。

  • ヴォドン信仰:ベナン湾(ベニン湾)の沿岸部である「奴隷海岸」から連れ出された人々の主な信仰。キリスト教と習合しながらブードゥーサンテリーアマクンバ、カンドオンブレと呼ばれるアフリカ的要素の強い信仰に発展した。

  • ロア:ブードゥーにおける精霊。

  • オリシャ:サンテリーア、カンドオンブレにおける精霊。

  • レグバ:ブードゥーの儀式で最初に召喚される精霊。精霊の世界と人間の世界を橋渡しする精霊で十字路を司る。

  • ヤンヴァル:精霊を召喚する際に行われる歌とダンスのうち、レグバのためのもの。

  • ダンバラ:ブードゥーにおける最高格の精霊。ほかの精霊に力を授ける存在。

  • スピリチュアル:奴隷による宗教歌。別名「黒人霊歌」。奴隷制は神と矛盾するという観念からなり、黒人の自由への戦いの物語そのものである。現代ではゴスペルが宗教歌としての要素を色濃く受け継いだものとしてう歌われている。

  • ブルース:奴隷制時代の歌にルーツを持つ。ギターの弾き語りが一般的なスタイルで、ブルー・ノートと言われる音階が特徴。ジェイムズ・コーンはブルースを「世俗的スピリチュアル」と定義する。

  • スキャット:トランペット奏者であるサッチモがジャズに取り入れた唱法。

  • ビバップ:楽曲内のソロ・パートを重視する演奏スタイル。演奏者はアドリブともいわれる即興演奏で個性を発揮する。音楽における革命とも言われる。

  • ショーロ:ブラジル・リオで発達したブラック・ミュージック。フルート、クラリネット、ギターで構成されることが一般的で即興性が特徴の1つ。サンバとあわせてブラジルの音楽文化として定着する。

  • カリプソ:カリブ海地域のトリニダード・トバゴのカーニヴァルで発展した音楽。カーニヴァルではスティールパンを用いたバンドと一緒に楽曲や技巧を競い合う。レゲエのルーツの1つともされる。
    ※ギリシア神話の神やパイレーツ・オブ・カリビアンに出てくる神とは別物

  • ラスタファリアニズム:ジャマイカで発生した宗教運動。社会を白人が支配するバビロンととらえ、救世主ジャーによる加護のもとにアフリカに帰ることを願う思想。レゲエの思想的背景でもある。

  • バビロン:抑圧的な社会制度、政府、権力、警察などを指すスラング。名前からしてバビロン捕囚(ユダ王国のユダヤ人がバビロニアに捕虜として連行された事件)のバビロンが由来だと想像する。

  • ブラック・アーツ運動:名称は詩人アミリ・バラカがマルコムXの死後に書いた「ブラック・アート」に由来し、ブラックの共同体の声と精神になることを目指した運動。

  • ブラック・スタディーズ:ブラック・パワーの影響のもと広がった学問の領域の1つ。古くはアメリカの奴隷解放までさかのぼり黒人の歴史や文化が研究されている。

  • アフリカ中心主義アフロセントリシティ:アフリカこそが人類と文明の中心地であるという考え方。アフリカを貶めるような表象をしてきた欧米的学問の考え方や歴史性を修正することが目的であり、その性質ゆえに極端さも見られる。

  • はんアフリカ主義:世界中に散らばったアフリカ人の連帯と解放を訴える、政治的・思想的運動。

  • ブラック・エクスペリエンス主義:黒人であることの経験や意識を重視した研究。アフリカ中心主義者以外の研究が該当する。

  • アフロフューチャリズム:もともとはマンガやSFに見られるようなテクノカルチャーと黒人の経験を結び付けた考え方。現在では発展し、ブラックスタディーズの要素も内包した現代的なブラック・カルチャーの思潮。未来のユートピアを求める未来志向な明るい意味をもつ。

  • アフロペシミズム:アフロフューチャリズムに対して、現在の自分たちが置かれている状況を悲観的に捉える思潮。奴隷制の名残から、現代であっても「社会的な死」から解放されていないと考える。

一言

本書で初めて知った事実の1つは、黒人が黒人を奴隷として差し出したこともある、という点だ。

歴史を学ぶ中で大きく取り上げられるのは欧米による圧倒的な搾取であり、黒人の国家は一方的に人間が資源として取り上げられていたことだ。

だがなにも最初から白人が黒人を搾取する構図ではなく、黒人国家が敵対していた黒人国家の民を奴隷として輸出していたのだ。

ほとんど外野である日本人がとやかく言えることはないが、これは黒人が将来的にぶつかる現実だろう。

このような内容を知ったとき、すぐに揚げ足をとるように指摘し非難する人間は少なくないだろう。だがその後の奴隷制の歴史はあまりにもひどいものであり、すぐに償えるものではない。いまでも強い差別が残っているくらいだ。

差別が解消され平等・公正な関係が構築できた後に、ようやく自分たちで内省する局面にはいることができる。

私たちは余計な口出しをせず、意図的に差別をしないことは当然、無自覚な差別もなくなるように文化を理解し共有していかなければならない。

余談

ホラーなどで見かけるためブードゥー人形は知っていた。私以外にもブードゥーという名前だけ知っている人はいるのではないだろうか。私はゲーム・Phasmophobiaで知った。

出てくるのがホラー映画やホラーゲームなどばかりで呪術的な印象が強かったが、アフリカ起源のものであったこと、特に呪術的、悪魔的な要素はもともとなかったことが理解できたことはよかった。

ほかにもキリスト教の立場から一方的に悪魔・呪い扱いしているモノ・コトは多そうだ。キリスト教だけでなく日本も文化的にそう扱ってきたものもあるだろう。エンタメ化されたことによってより無自覚に差別してしまう可能性は忘れないでいたい。

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