地域活性化 過疎地域のいまを考える


序章 人口減少が進む地域の「いま」を見つめる


山間部や離島では、人口減少や高齢化が進むなか、地域おこし協力隊や集落支援員など、行政による外部人材の導入が進められています。しかし、こうした支援人材が活動している集落は全国で約4割にとどまり、半数を超える集落では外部人材による支援が入っていません。そうした地域を含め、人口減少は今も静かに進み、生活、産業、土地管理、地域共同体のあり方そのものを変えつつあります。本稿では、活性化に成功した地域だけを見るのではなく、縮小を続ける地域も含めた現状を捉え、山間部や離島をこれからどのように維持し、つなぎ、あるいは次の姿へ移行していくのかを考えていきます。

第一章 人口減少地域を「活性化」だけで考えない


1.地方都市とは異なる、山間部・離島の人口減少
地域活性化を考える際、これまでは人口減少をいかに抑え、地域経済を維持し、新しい産業や雇用を生み出すかという視点が中心に置かれてきました。地方都市であれば、中心市街地の再生、商業施設や公共施設の再配置、地域交通の再編、観光振興、企業誘致、子育て支援などを組み合わせながら、人口が減少しても一定の都市機能を維持する方法を考えることができます。しかし、山間部や離島、さらにその中に点在する小規模集落まで視野を広げると、同じ「地域活性化」という言葉だけでは捉えきれない問題が見えてきます。
小さな集落では、一人、一世帯が地域からいなくなることの意味が地方都市とは大きく異なります。農地や山林を管理する人が一人いなくなり、地域の行事を担う人が一人いなくなり、自動車を運転できる人が一人いなくなることで、それまで辛うじて成立していた生活の仕組みそのものが維持できなくなる場合があります。人口減少は単なる人数の減少ではなく、生活、産業、土地管理、地域共同体といった複数の機能が連鎖的に弱くなっていく問題なのです。
全国の集落を見ると、地域おこし協力隊や集落支援員など、外部との接点をつくる人材が活動している地域がある一方、そのような人材が入っていない集落も多数存在します。したがって、地域活性化の実態を理解するためには、移住者が増えた地域、観光客を呼び込んだ地域、特産品開発に成功した地域だけを見るのでは十分ではありません。むしろ、そうした活動を始める人材や組織さえ確保できず、静かに縮小している地域を含めて考える必要があります。

2.人口が減ることと、地域がなくなることは同じではない
一方で、人口が少なくなったからといって、直ちに地域社会が消滅するわけでもありません。小規模集落では、集落から転出した子どもや親族が通院、買物、家屋の修繕、除雪、農作業などを支えている場合があります。居住者だけを見れば極端に人口が少なくても、周辺の市街地に住む家族や元住民を含めると、実際にはより大きな人的ネットワークによって生活が維持されていることがあります。
こうした考え方は、集落内の人口だけで地域の存続可能性を判断するのではなく、周辺地域へ転出した人々を含めて地域社会を捉える「修正拡大集落(ネット型集落)」という考え方にもつながります。実際、通院、雪下ろし、家屋の修繕、農業などを他出した家族が支えることで、人口減少や高齢化が直ちに集落消滅へ結びつかない場合があります。
これは、現在広く使われるようになった「関係人口」という概念とも重なりますが、より生活に近い問題です。観光客として何度も訪れる人だけでなく、週末に実家へ戻る人、農地を管理する人、墓や寺社を維持する人、地域の行事に参加する元住民なども、その地域を実質的に支える人口として考えることができます。
したがって、これからの地域政策では、住民基本台帳上の人口だけではなく、「その地域と継続的な関係を持ち、実際に地域の機能を支えている人がどれだけいるのか」を見る必要があります。人口50人の集落といっても、50人だけで閉じている地域と、周辺都市に暮らす元住民や関係者が頻繁に出入りしている地域では、その存続可能性は大きく異なります。

3.すべての地域を「再生」することが目的なのか
さらに難しいのは、すべての地域について人口を増やし、以前の状態へ戻すことが、本当に望ましい政策なのかという問題です。
人口減少地域については、「移住者を増やす」「若者を呼ぶ」「観光客を増やす」といった施策が提示されることが多くあります。しかし、長い時間をかけて人口が減少し、商店や学校がなくなり、農地や山林の管理も難しくなった集落を、すべて以前と同じ規模へ戻すことは現実的ではありません。また、そこで暮らしている高齢者自身が、大勢の観光客や移住者を受け入れて地域を大きく変えることを望んでいるとは限りません。
だからといって、行政側の効率性だけから「維持できない地域」と判断し、居住を終わらせればよいということにもなりません。地域には住宅や土地だけでなく、墓、寺社、農地、山林、祭り、地域固有の生活文化などが残されています。それらは経済価値だけでは評価できず、そこで長く暮らしてきた人々にとって、地域そのものが生活史の一部になっています。
人口減少が進んだ地域については、再生や撤退といった政策的な選択肢を示すだけではなく、まず「当の住民がどのようにありたいのか」を考える必要があるという議論があります。地域の存続を考える際には、行政から見た合理性と、そこで暮らしてきた人にとっての地域の意味を分けて考えることができないからです。
ここから、地域政策の目的そのものを少し広げる必要があります。人口を増加させる「再生」だけではなく、少人数でも暮らせるようにする「維持」、周辺都市と機能を共有する「連携」、常住人口が減っても関係する人々によって支える「ネットワーク化」、居住機能が終了した場所を別の用途に使う「転換」、そして必要な場合には生活を守りながら進める「縮小」までを、一つの地域政策の中で考える必要があります。

4.人口減少は「国土の使われ方」を変える
そして、山間部や離島の問題を考えるうえでは、人口減少が人間社会の内部だけで起こる問題ではないことにも注意が必要です。
山村では長い間、人が農地を耕し、草を刈り、山へ入り、木を利用し、水路を管理することで、集落、農地、里山、森林という空間的な境界が形成されてきました。ところが人口が減少し、人の手が入らなくなると、その境界そのものが変化します。
例えば、長年人間が利用してきた山間集落では、住民の減少とともに農地の耕作が行われなくなり、山へ入る人も少なくなります。人間による自然への働きかけが減少することで、イノシシ、シカ、サルなどの野生動物の活動領域が広がり、残された農地への獣害がさらに農業継続を難しくするという循環も生じます。
しかも、人がいなくなれば単純に「自然に戻る」と考えればよいわけでもありません。長期間にわたって人間の手によって維持されてきた湿地、里山、農地、水路などでは、人間による管理がなくなることで、それまで存在していた自然環境そのものが変化する場合があります。
一方で、人口が減少した地域にある旧小学校や古民家が、カフェ、アトリエ、宿泊施設などとして再利用されることもあります。常住人口がほとんどいなくなった場所であっても、そこに働く人、訪れる人、時々滞在する人が生まれれば、人間活動は完全には消えません。その結果、自然側へ移りつつあった空間の中に、人間の活動拠点が再び「点」として現れることになります。
このような地域では、建物一棟を再生するだけでは十分ではありません。そこへ至る道路、周辺の草刈り、放置された農地や果樹、森林、野生動物との境界まで含めて、どの範囲を人間の活動領域として維持するのかを考える必要があります。

5.「人口を増やす」から「地域の次の姿を設計する」へ
このように考えると、山間部や離島における地域活性化は、単純に移住者や観光客を増やす政策ではありません。人口減少によって失われつつある生活機能をどこまで維持するのか、地域内部で維持できない機能をどの都市や拠点と共有するのか、外部の人々とどのような関係を築くのか、さらに人間の活動領域と自然との境界をどこに置くのかまで含めて考える必要があります。
その意味では、人口減少を一律に「地域の失敗」と見ることも適切ではありません。外部人材を受け入れて再生を目指す地域があってよい一方、少人数で静かに暮らし続けることを選択する地域があってもよく、常住人口を持たずに別の用途へ転換される地域もあり得ます。重要なのは、それぞれの地域が置かれた条件と、そこで暮らす人々の意思を踏まえながら、選択可能な将来像を用意することです。
これからの人口減少地域に必要なのは、すべての地域を同じ方向へ「活性化」することではありません。何を残し、何を広域で支え、何を新しい用途へ転換し、どこまでを人間が管理する空間として維持するのかを考えることです。
地域活性化を「人口を取り戻すための政策」から、人口が減少しても人々の暮らしと地域との関係を守りながら、その土地の次の姿を設計する政策へと広げていくことが、山間部や離島を考える出発点になるのではないでしょうか。

第二章 集落はなぜ縮小するのか――人口減少を「連鎖」として捉える


1.集落の縮小は、人口が減るところから始まるとは限らない
山間部の集落が縮小していく過程は、単純に「若者が都市へ出て人口が減った」という一つの理由だけでは説明できません。むしろ、地域を支えてきた産業や仕事が変化し、それに伴って生活の場所が変わり、学校や商店などの生活機能が失われ、農地や山林を管理する人も減っていくという、長い時間をかけた連鎖として捉える必要があります。
福井県敦賀市の池河内集落は、その過程を考えるうえで象徴的な事例です。池河内は山間部に位置する集落ですが、敦賀市中心部から直線距離で約6キロ、自動車では15分程度で到達できます。冬季には豪雪という厳しい条件があるものの、道路そのものが途絶した秘境ではありません。それにもかかわらず、1981年には12世帯48人だった人口は徐々に減少し、2024年3月には常住者が1人となりました。
この事実は、「交通が便利になれば集落は維持できる」という単純な考え方に疑問を投げかけます。道路が整備されれば、山間部に住みながら市街地へ通勤したり、買物や通院をしたりすることは容易になります。しかし同時に、市街地へ生活拠点そのものを移すことも容易になります。交通条件の改善は地域を残すための必要条件になり得ますが、それだけで居住を継続する理由を生み出すわけではありません。

2.地域産業の変化が、暮らしの場所を変えていく
池河内では、かつて稲作だけでなく、焼畑、炭焼き、養蚕など、山の資源を利用した複数の生業によって生活が成り立っていました。しかし高度経済成長期に入ると、炭を中心とした山の生業は衰退し、住民は集落外へ働きに出るようになります。若い世代も敦賀市街などへ生活の場を移すようになりました。
ここで重要なのは、人口減少の前に地域で生活を成立させていた経済的な仕組みが変化していることです。
山間集落では、農業、林業、炭焼きなどは単なる収入源ではありませんでした。田畑を耕すことは農地を維持することであり、山へ入ることは森林を利用・管理することであり、それらの仕事を共同で行うことが地域社会を維持することにもつながっていました。したがって、産業が失われることは雇用が一つ減るだけではなく、人が土地に働きかける理由そのものが失われることを意味します。
仕事を求めて若い世代が市街地へ移れば、子どもも減少します。池河内でも学校の分校が1981年に閉校しています。
学校がなくなることも、一つの公共施設が閉鎖されるだけの問題ではありません。子育て世帯にとっては、地域に住み続けるための条件が一つ失われます。その結果、子どものいる世帯ほど市街地へ移りやすくなり、さらに子どもが減るという循環が生じます。
つまり、産業の衰退 → 若年層の流出 → 子どもの減少 → 学校などの生活機能の縮小 → 子育て世帯のさらなる流出という連鎖が形成されます。

3.人口減少が一定段階を超えると、土地の維持そのものが難しくなる
さらに人口減少が進むと、それまで残っていた住民の生活だけでなく、集落そのものを維持する作業が難しくなってきます。
池河内では、耕作を行う農家は2010年以降ゼロとなりました。
農地が使われなくなると、単に農産物が生産されなくなるだけではありません。草刈り、水路管理、畦畔の維持など、それまで農業に伴って行われていた土地管理も減少します。人が頻繁に出入りしていた場所に草木が繁り、野生動物が活動しやすい環境が形成されると、残された農地にも被害が発生しやすくなります。それが農業を継続する負担をさらに大きくし、耕作放棄を促すという逆方向の循環が始まります。
この点は、人口減少を考えるうえで非常に重要です。人口が減った結果として土地が荒れるだけではなく、土地を維持できなくなることが、さらに人が暮らしにくい環境を生み出すからです。
山間部の縮小は、人口減少 → 管理不足 → 生活環境の悪化 → 居住継続の負担増加 → さらなる人口減少という自己増幅的な構造を持っています。
この段階になると、新たな移住者を一世帯呼び込むだけで状況を逆転させることは容易ではありません。住宅だけではなく、周囲の農地、道路、水路、森林、獣害対策など、それまで多数の住民によって分担されていた地域管理の負担まで、新しい住民が引き受けることになる可能性があるからです。

4.家がなくなるより先に、「共同体の機能」が小さくなる
人口減少の過程でもう一つ見逃せないのが、住宅が残っていても地域社会の機能は先に失われていくという点です。
池河内では、住民が転出しても多くの住宅はそのまま残されてきました。集落全体として「村を閉じる」という判断をしたわけではなく、一世帯ずつ転出し、その結果として現在の状態に至っています。住宅を解体するにも費用が必要であり、所有者が市街地へ移った後も建物だけが残る場合があります。
しかし、建物が存在することと、集落が機能していることは同じではありません。
祭礼を行う人、道路や水路を管理する人、寺社を維持する人、雪への対応をする人、地域の連絡を担う人が少なくなれば、自治組織そのものが成立しにくくなります。池河内では極端に人口が減少した現在も自治会が残っていますが、集落外に暮らす元住民の家族が書類や街灯費用などの実務を代わって担っています。寺や墓についても、転出した住民やその子どもたちが関係を保ちながら維持しています。
ここには、「人口」という数字だけでは見えない集落の姿があります。
常住人口が減っても、地域との関係はすぐには消えません。むしろ、住民が市街地へ移った後も、墓参り、草刈り、家屋管理、寺社への寄付などを通じて地域との関係が何十年も残ることがあります。
そのため、集落の消滅を「最後の一人が転出した時点」と定義するだけでは、実態を十分に捉えられません。

5.縮小は、ある日突然起こるのではない
池河内で特に考えさせられるのは、集落全体として「いつまで地域を維持するのか」という明確な意思決定が行われないまま、長い時間をかけて縮小してきたことです。住民は一世帯ずつ転出し、できなくなった仕事を少しずつやめ、残された人と集落外の家族が可能な範囲で地域を支えてきました。明確な「村じまい」が決められたのではなく、結果として自然消滅に近い方向へ進んでいます。
これは、今後多くの山間集落が直面する可能性のある問題です。
行政から見れば人口統計によって縮小を把握できますが、そこで暮らしている人にとっては、「今年から限界集落になった」「来年から集落を閉じる」という明確な境目があるわけではありません。昨年までできた共同作業が今年はできなくなり、以前は耕していた田を一枚やめ、祭りの規模を小さくし、商店がなくなれば市街地まで買物へ行く。その小さな変化の積み重ねによって、いつの間にか地域を支えていた機能が大きく失われていきます。
だからこそ、人口が数人になってから初めて対策を考えるのでは遅い場合があります。人口そのものだけではなく、農地を管理できる人が何人いるのか、地域交通を担える人がいるのか、共同作業が成立しているのか、学校や医療へのアクセスを確保できているのか、地域外に支援してくれる家族や関係者がいるのかといった機能の変化を、より早い段階から把握する必要があります。

6.「なぜ消えたのか」ではなく、「どこで連鎖を変えられるのか」
山間集落の人口減少をこのような連鎖として捉えると、地域政策の考え方も変わってきます。人口減少そのものを直接止めようとするだけではなく、連鎖のどこかを切ることができれば、集落の将来も変わる可能性があります。農業を一人で維持できなければ外部の人が参加できる仕組みをつくり、買物が成立しなければ移動販売や配送を組み合わせ、医療を地域内で完結できなければ周辺都市との医療ネットワークを構築することが考えられます。学校を地域内に維持できなくても、通学や教育環境を広域で保障することによって、子育て世帯が必ずしも転出しなくてよい条件をつくることもできます。
重要なのは、失われた機能をすべて元に戻すことではありません。
かつて100人で維持していた地域を20人で維持しようとすれば、同じ仕組みをそのまま残すことには無理があります。20人で暮らすのであれば、20人に合わせて生活機能を組み直し、地域内で持つものと外部に依存するものを分ける必要があります。
その意味で、山間集落の問題は「人口をどう取り戻すか」だけではなく、人口減少によって生じる連鎖のどこに介入し、どの機能を残し、どの機能を外部とのネットワークに置き換えるのかを考える問題だと言えます。
そして、この視点に立つと、人口減少の危機に直面しながら異なる方向へ進んだ地域を比較する意味が出てきます。外部から訪れた人々との関係を農業や移住へ発展させた地域、古民家や景観を新しい滞在価値へ転換した地域、複数の島や自治体がそれぞれの機能を分担することで地域全体を維持しようとしている地域があります。
次に考えるべきなのは、こうした地域が単に「頑張ったから成功した」のではなく、人口減少の連鎖のどこに新しい人、経済、技術、ネットワークを接続することができたのかという点です。それを比較することで、再生可能な地域に必要な条件と、同じ方法をそのまま適用することが難しい地域との違いも見えてくるはずです。

第三章 地域を残すための異なるアプローチ――外部との接点を地域の力に変える


1.縮小の連鎖を変える「入口」は、地域によって異なる
人口減少が産業、生活サービス、土地管理、地域共同体の縮小を連鎖的に引き起こすのであれば、地域を維持するためには、その連鎖のどこかに新しい人、資金、仕事、技術を接続する必要があります。ただし、その方法は全国一律ではありません。農業を基盤としてきた集落と、独自の自然景観を持つ山村、さらに海によって生活圏が分断される離島では、外部との接点をつくる方法そのものが異なるからです。
ここで注意したいのは、移住者が増えた、観光客が増えた、特産品が売れたという結果だけを見て「成功事例」と評価しないことです。むしろ重要なのは、人口減少の過程にあった地域が、何をきっかけとして外部とつながり、その関係を一時的な交流で終わらせず、地域を支える仕組みへ変えていったのかを見ることです。
その違いは、新潟県十日町市の池谷・入山集落、徳島県三好市の祖谷地域、島根県隠岐諸島の島前地域を比較すると分かりやすくなります。いずれも人口減少という共通した問題を抱えながら、地域を支える外部との関係のつくり方は大きく異なっています。

2.池谷――「訪れた人」を地域との継続的な関係へ変える
新潟県十日町市の池谷・入山集落は、人口減少と高齢化が進み、集落そのものの存続が危ぶまれていた地域です。大きな転機となったのは、2004年の新潟県中越地震でした。被災地支援のため、それまで集落とは関係のなかった人々が外部から訪れることになりました。通常、災害ボランティアは復旧が進めば地域を離れていきます。しかし池谷では、この偶然生まれた接点が、農作業への参加や地域との交流へとつながり、継続して集落へ通う人々が現れました。その後、地域を支援する活動が組織化され、農業や交流事業、移住支援などへ展開していきます。
ここで注目すべきなのは、最初から「移住者を募集した」のではないことです。
被災地を助けるために訪れる、農作業を手伝う、地域の人と知り合う、再び訪れる、米などの農産物を購入する、さらに地域活動に参加する。その関係が積み重なった先に、移住という選択肢が現れます。
つまり、訪問 → 参加 → 再訪 → 消費・購入 → 地域活動 → 継続的な関係 → 移住という段階があります。
これは、現在「関係人口」と呼ばれている考え方を、地域の実践として先行して示したものと見ることができます。
また、農業が重要な役割を持っていることにも意味があります。観光であれば一度訪れて終わることがありますが、農業には毎年の作業と収穫があります。米を購入すれば翌年にも関係が生まれ、農作業に参加すれば季節ごとに地域へ戻る理由が生まれます。農業そのものの収益だけではなく、農業が外部の人と地域との関係を繰り返し更新する装置になるのです。
一方で、この事例を「限界集落でも努力すれば再生できる」と一般化することには注意が必要です。大規模災害によって多数の外部人材との接点が生まれ、その関係を継続させる地域側の人材が存在し、さらに活動を担う組織へ発展させることができたという条件が重なっています。
したがって、他の地域にとって重要なのは災害という特殊な契機を模倣することではなく、外部の人が地域に初めて関わる入口を、平時にどのようにつくるかという点です。

3.祖谷――「不便さ」を取り除くのではなく、価値へ転換する
徳島県三好市の祖谷地域では、池谷とは異なる方法で外部との関係が形成されています。祖谷には急峻な斜面に集落や農地が形成され、古い民家、石垣、山道、農村景観などが残されています。東祖谷の落合集落では、標高差約390メートルの斜面に住宅や農地が広がる独特の景観が形成されています。
一般的な地域政策の考え方であれば、急斜面や交通の不便さは「克服すべき条件」と捉えられます。しかし祖谷では、近代化や効率化が難しかったことによって残された景観や建築、暮らし方そのものが、外部の人にとって他の地域では得られない価値になりました。
古民家を単に保存建築物として残すのではなく、宿泊施設として利用する取り組みが進められています。特徴的なのは、大きなホテルを建設して観光客を集めるのではなく、集落内に存在する古民家を宿泊施設として利用することです。
その結果、古民家が「客室」、集落内の道が「廊下」、石垣や畑、山の景観が「庭」のような役割を持ち、集落そのものが滞在空間になります。
この方法には重要な意味があります。新しい観光施設を地域の外から持ち込むのではなく、これまで地域の生活を構成してきたものを残すことが、そのまま経済価値につながるからです。
ただし、観光によって古民家が保存され、訪問者が増えれば、それだけで地域社会が維持されるわけではありません。景観を形成している農地を管理する人、道路や森林を維持する人、地域で暮らす人がいなくなれば、やがてそこは「保存された観光景観」になってしまいます。したがって祖谷で問われるのは、宿泊者数や観光消費額だけではなく、観光によって生まれた仕事や収益が、どれだけ実際に山村で暮らす人々と土地の維持につながっているかという点です。

4.島前 ―一つの地域ですべてを持たないという選択―
離島では、山間部とは異なる制約があります。山間部では道路によって周辺都市へ接続することができますが、離島では海そのものが物理的な境界になります。医療、教育、物流、商業などを一つの小さな島の中ですべて維持することには限界があります。
島根県隠岐諸島の島前地域では、西ノ島町、海士町、知夫村という三つの自治体がそれぞれ異なる地域資源を持っています。
西ノ島には国賀海岸や摩天崖など、海、断崖、草原、放牧が一体となった景観があります。海士町では、移住、教育、地域産品、宿泊などを組み合わせながら、島で暮らすこと自体を外部との関係につなげる取り組みが進められてきました。知夫里島には、小規模な島だからこその静かな自然環境と生活があります。
ここで重要なのは、それぞれの島が同じ観光施設や産業を競って整備する必要はないということです。交通、行政、デジタル基盤、観光ルートなどは広域で連携しながら、それぞれの島にしかない体験については個性を明確にすることができます。観光客に一つの島だけですべてを消費してもらうのではなく、複数の島を巡り、地域全体で滞在時間を長くしてもらうという考え方も可能になります。
これは、人口減少地域における重要な発想の転換です。
一つの自治体、一つの集落、一つの島ですべての機能を持つことを前提としない。
生活機能についても同じです。高度な医療、教育、行政サービス、物流などは広域的なネットワークによって確保し、その地域にしかない自然、文化、食、暮らしについては、むしろ徹底して地域固有のものとして残すことができます。

5.外部から人を呼ぶことと、地域を支える人を増やすことは違う
池谷、祖谷、島前を比較すると、外部との関係には異なる入口があることが分かります。
池谷では農業と地域活動への「参加」、祖谷では地域の暮らしや景観への「滞在」、島前では島ごとの個性を生かした「交流・移住・広域連携」が大きな入口になっています。
しかし、共通して重要なのは、単純な来訪者数ではありません。
例えば年間1万人が訪れても、短時間滞在して地域外資本の施設だけを利用して帰れば、地域を支える力は限定的です。一方、年間100人でも毎年地域を訪れ、農産物を購入し、地域活動に参加し、住民と関係を持つのであれば、その100人は地域社会にとって大きな意味を持つ可能性があります。
したがって、地域活性化を評価する際には、何人来たのかだけではなく、どのくらい滞在したのか、何度戻ってきたのか、地域内でどのように消費したのか、地域の人とどのような関係を持ったのか、その関係が翌年も続いたのかを見る必要があります。
観光客、農産物の購入者、ボランティア、二地域居住者、移住者を別々のカテゴリーとして扱うだけではなく、地域との関係が徐々に深まっていく一つの連続した層として捉えることが重要になります。

6.地域を再生するのではなく、「支える構造」を再構築する
人口減少地域の再生というと、新しい産業をつくったり、移住者を増やしたりすることが中心に考えられがちです。しかし、池谷、祖谷、島前の事例から見えてくるのは、それだけではありません。
池谷では、地域内だけでは不足する人を外部との継続的な関係によって補っています。祖谷では、それまで生活の不便さと考えられていた環境を、失わないこと自体が経済的価値につながっています。島前では、一つの地域ですべてを完結させず、複数地域と機能を共有しながら、それぞれの地域固有の価値を残そうとしています。
つまり、人口減少地域に必要なのは、かつて100人で成立していた地域を、もう一度100人に戻すことだけではありません。
20人しか住んでいなくても、地域外に100人の継続的な支援者がいて、数百人のリピーターが地域産品を購入し、必要な医療や教育は周辺都市とつながり、地域内では農地や自然、文化を維持できる仕組みがあれば、その地域は従来とは違う形で存続することができます。
そのためには、地域の境界を行政区域や居住人口だけで考えないことが必要になります。
これまで地域の内側に住んでいる人だけで担ってきた仕事を、地域外の家族、関係人口、事業者、周辺自治体、都市部の専門家などを含むネットワークによって支える。人口減少によって失われたものをすべて地域内に復元するのではなく、地域内に残すべきものと、外部との関係によって支えるものを組み直すという考え方です。
そして、この考え方をさらに進めると、「その地域に住んでいる人は何人なのか」という従来の人口概念だけでは、地域の実態を十分に説明できなくなります。常住者は少なくても、毎週戻ってくる元住民、農作業に参加する人、繰り返し滞在する人、地域で事業を行う人などが存在するからです。
次に考える必要があるのは、こうした人々を含めて、誰を地域社会の一員として捉えるのかという問題です。人口減少時代の地域を考えるうえでは、「住んでいる人口」から「地域を支えている人々」へと、地域社会を見る視野そのものを広げる必要があります。

第四章 居住人口だけでは捉えられない地域社会――「住む人」から「地域を支える人」へ


1.人口が減っても、地域との関係まで消えるわけではない
人口減少地域を考える際、最も分かりやすい指標は人口です。住民基本台帳に何人登録されているのか、高齢化率はどの程度なのか、年間に何人が転入し、何人が転出したのか。これらは地域の状況を把握するうえで重要な数字です。しかし、山間部や離島の小規模集落まで視野を広げると、居住人口だけでは地域社会の実態を十分に説明できない場合があります。
例えば、高齢の親が山間部の集落に暮らし、子どもは数十キロ離れた市街地に住んでいる場合があります。住民基本台帳上、その集落の住民は親だけですが、子どもが定期的に訪れ、買物や通院を手伝い、家屋を修繕し、草刈りや除雪を行っているのであれば、実際の生活は親一人だけで成立しているわけではありません。
福井県敦賀市の池河内でも、常住者が極めて少なくなった後まで、集落外に暮らす家族が生活を支えています。高齢の住民に対して息子が毎晩電話で安否を確認し、週に一度は買物のために自動車を出し、通院にも対応しています。
さらに、地域との関係は個人の生活支援だけにとどまりません。転出した住民やその家族が墓参りに戻り、寺社への寄付や修繕、道路周辺の草刈りなどに関わることがあります。池河内でも、集落外へ移った人々との関係によって、寺や墓、地域の管理が部分的に維持されています。
このような地域を、常住人口だけを基準として「人口1人の集落」と捉えると、実際に地域を支えている人的なつながりを見落としてしまいます。

2.「住民」と「地域を支える人」は必ずしも一致しない
これまでの地域政策では、住民であるか、住民ではないかという区分が比較的明確でした。行政サービスも税も選挙も、基本的には居住地を基準として制度が組み立てられています。しかし、人の移動が容易になり、働き方や居住形態が多様になるにつれて、地域との関係は必ずしも住所だけでは決まらなくなっています。
山間部に実家を残して市街地に暮らし、毎週末に戻って農地を管理する人がいます。都市で仕事をしながら、一年の一部を地方で暮らす二地域居住者もいます。毎年同じ地域を訪れて農作業を手伝う人や、地域の農産物を継続的に購入する人もいます。さらに、地域で事業を始める人、研究や芸術活動の拠点を置く人、古民家や廃校を利用して一定期間滞在する人もいます。
これらの人々は、一般的な意味ではその地域の「住民」ではありません。しかし、地域に対して時間、労働、消費、知識、資金などを継続的に提供しているのであれば、地域社会を支える一部として考えることができます。
したがって、人口減少地域では、居住人口に加えて、地域を継続的に支える人口を考える必要があります。
この二つは同じではありません。人口800人の地域でも外部との関係がほとんどなければ、800人ですべての地域機能を支えなければなりません。一方、常住人口が800人でも、二地域居住者、元住民、仕事で定期的に訪れる人、農産物の継続購入者、何度も訪れる旅行者などがその周囲に存在すれば、地域を支える人的・経済的な基盤はより大きくなります。
人口を増やすことだけではなく、地域を支える人々の層を厚くすることが、人口減少地域では重要になってきます。

3.「関係人口」を人数だけで数えない
ただし、ここで注意したいのは、「関係人口」という新しい数字を作り、再び人数の多さを競うようになってしまうことです。
観光客が1万人訪れた地域と、年間500人しか訪れない地域を比べれば、前者の方が活性化しているように見えます。しかし、1万人が短時間滞在して写真を撮り、そのまま地域外へ移動するのであれば、地域社会との関係は必ずしも深くありません。
一方で500人のうち100人が毎年戻り、地域の宿泊施設を利用し、農産物を購入し、地域行事や農作業に参加しているのであれば、その100人は地域にとって非常に大きな存在になり得ます。
したがって重要なのは、単純な人数ではなく、訪問する → 滞在する → 消費する → 再訪する → 参加する → 支えるという関係の深まりを見ることです。
前章で取り上げた池谷では、災害をきっかけとして訪れた人々の一部が農作業や地域活動に参加し、その関係が継続しました。祖谷では、短時間景観を見るだけの観光から、古民家に宿泊して地域の暮らしに触れる滞在へと価値を広げています。離島でも、一度訪れて終わる観光だけではなく、教育、仕事、二地域居住などを通じて、地域との関係が長く続く可能性があります。
つまり、地域政策で本当に増やしたいのは「来訪者」そのものではなく、地域との関係が時間とともに深まる人なのです。

4.人口ゼロでも、人間活動がゼロとは限らない
さらに人口減少が進むと、これまでの人口概念では捉えにくい地域が現れてきます。
住民がいなくなった集落に旧小学校が残り、その建物をアトリエや工房として利用する人が現れることがあります。旧校舎にカフェや宿泊施設が入り、地域外から人が訪れる場合もあります。空き家を週末だけ利用する人や、農地だけを管理する人も考えられます。
この場合、住民基本台帳上の人口はゼロでも、人間活動はゼロではありません。
ここには、人口減少時代の地域を考えるうえで重要な変化があります。
従来の集落では、基本的に、住む場所=働く場所=土地を管理する場所=地域活動を行う場所が重なっていました。しかし人口減少後の地域では、それらが分離していきます。
そこには住んでいないが農地を管理する人、別の町から通って店を営業する人、月に数回アトリエを利用する人、年に何度か古民家へ滞在する人が現れます。
その結果、地域は「人が住んでいる場所」と「誰もいない場所」に明確に分かれるのではなく、人間活動の密度が異なる場所が点在する空間へ変わっていきます。

5.建物の再生だけでは、地域の再生にはならない
この変化は、廃校や空き家の利活用を考える際にも重要です。
使われなくなった小学校を改修してカフェやアトリエを開けば、建物という資産を再利用することができます。新しい利用者が地域外から訪れれば、交流や経済活動も生まれます。こうした取り組みには大きな可能性があります。
しかし、建物一棟だけを見て「再生した」と判断することには注意が必要です。そこへ人が通うためには道路が必要であり、周辺の草刈りや除雪が必要になる場合があります。水道、電気、通信を維持しなければならず、災害時の避難や救急対応も考えなければなりません。周囲の住宅や農地が長期間放置されていれば、倒木や空き家の崩壊、野生動物など別の問題も発生します。
つまり、一つの建物を人間活動の拠点として残すということは、その建物だけではなく、その場所まで人が安全に到達し、活動できる範囲を一定程度維持することでもあります。
ここに、空き家活用や廃校利用を単なる不動産再生として考えることの限界があります。

6.地域の境界を「行政区域」から「関係の範囲」へ広げる
人口減少が進む地域では、行政区域と実際の生活圏が一致しなくなっていきます。
高度な医療は周辺都市の病院に依存し、買物は隣町へ行き、行政手続きの一部はオンライン化され、地域外に住む家族が高齢者の生活を支えます。農産物は都市の消費者が購入し、観光客や二地域居住者が地域経済の一部を担います。
この状態では、集落だけを切り取って「自立できるか」を問うこと自体に無理があります。むしろ、地域内でなければ残せないもの地域外と共有できるものを分けて考える必要があります。
農地、森林、景観、地域文化、人間関係など、その土地に存在すること自体に意味があるものは地域に残す必要があります。一方、高度医療、専門教育、行政の一部、物流などは、必ずしも一つの小さな集落ですべて保有する必要はありません。
人口減少地域に必要なのは「完全な自立」ではなく、適切な依存関係を設計することだとも言えます。
地域の外へ依存することを衰退と考えるのではなく、複数の地域や都市とつながることによって、小さな地域でも生活を続けられる仕組みをつくる。そのネットワークの中に、住民、他出した家族、関係人口、事業者、行政、周辺都市などを位置づける必要があります。

7.「何人住んでいるか」から「どれだけ人間活動が維持されているか」へ
こうして考えると、人口減少地域を評価する物差しそのものを変える必要があることが分かります。人口が増えたか減ったかは重要です。しかし、それだけでは地域が実際に維持されているかどうかを判断できません。
誰が高齢者を支えているのか。誰が農地や森林を管理しているのか。誰が寺社や墓を維持しているのか。誰が地域の商品を購入しているのか。誰が繰り返し訪れているのか。誰が地域で仕事をしているのか。そうした関係を含めて初めて、その地域がどの程度社会として機能しているのかが見えてきます。
ここから浮かび上がるのが、「人間活動密度」という視点です。
常住人口が少なくても、人が頻繁に出入りし、土地が管理され、経済活動があり、周辺都市との生活ネットワークが機能している地域があります。逆に、住民登録上は一定の人口が残っていても、高齢化によって土地管理や共同活動がほとんど行われなくなっている地域もあります。
したがって、人口減少時代の地域政策では、「人口を何人にするか」という目標だけではなく、その土地にどの程度の人間活動を残すのかという視点が必要になります。
そして、この問題は次の大きな論点につながります。人間活動が減少した土地は、単なる「空き地」になるわけではありません。農地や里山への働きかけがなくなれば植物相が変わり、野生動物の行動範囲も変化し、人間が長い時間をかけて形成してきた自然との境界そのものが動き始めます。
人口減少とは、人間社会の人数が減るだけの現象ではありません。人がどこに住み、どこへ通い、どこまで土地を管理し、どこから先を自然に委ねるのかという国土の使い方そのものが変化する現象でもあります。
次章では、この「人間活動の後退」という視点から、耕作放棄地、廃集落、野生動物の出現、そしてその中に再び点在する廃校利用や古民家活用までを含め、人と自然の境界線がどのように変わりつつあるのかを考えていきます。

第五章 人口減少によって動く、人と自然の境界線


1.人口減少は「人が減る」だけの問題ではない
山間部の人口減少を考えるとき、人口、世帯数、商店、学校、公共交通など、人間社会の側に起きる変化に目が向きがちです。しかし、山村では人の暮らしと自然環境が長い時間をかけて重なり合ってきました。そのため、人が減るという変化は、社会だけではなく、土地の使われ方や野生動物の行動範囲にも影響します。
かつて多くの山村では、集落の周囲に田畑があり、その外側には採草地や薪炭林などとして利用される里山があり、さらにその先に森林や奥山が広がっていました。現在から見ると自然豊かな景観に見える場所であっても、そのすべてが人間の手から離れた原生的な自然だったわけではありません。農地を耕し、水路を管理し、草を刈り、薪や炭のために木を利用し、人が頻繁に山へ入ることで、人間の生活圏と自然との間には一定の境界が形成されていました。
ところが人口が減り、農林業を担う人が少なくなると、この構造が変化します。耕作されなくなった農地には草木が繁り、里山へ入る人が減り、放置された果樹なども残ります。それまで人間が日常的に利用していた空間が、徐々に野生動物にとっても利用しやすい場所へ変化していきます。したがって、近年問題となっているクマをはじめとする野生動物の市街地周辺への出没も、「動物が突然山から人里へ下りてきた」という一方向の現象だけで捉えることはできません。堅果類の豊凶や個体数の変化など複数の要因を考える必要がありますが、その一方で、人間側が長く維持してきた活動領域が後退し、人と野生動物との境界線が変化しているという長期的な視点も必要になります。

2.農地の放棄と獣害がつくる悪循環
この変化は、集落の縮小をさらに進める要因にもなります。
山間部では、農業を行うこと自体が土地管理の役割を担っています。農作物を生産するために田畑へ入り、草を刈り、水路を管理し、周囲の環境を日常的に確認することによって、人が継続的に存在する空間が形成されます。しかし、高齢化などによって一部の農地が耕作されなくなると、その場所への人の出入りが減少します。
池河内でも、人口減少とともに耕作が縮小し、現在ではシカ、イノシシ、サルなどの野生動物が集落周辺で確認される状況になっています。かつて山を生活のために広く利用していた時代とは、人と動物の距離そのものが変化しています。
問題は、ここから悪循環が生じることです。耕作者が減ることで耕作放棄地が増え、周囲の管理が弱くなると獣害を受けやすくなります。獣害が増えれば、残っている高齢の農業者にとって栽培を続ける負担はさらに大きくなり、「ここまでして作らなくてもよい」という判断につながります。その結果、さらに農地が放棄され、人間活動の領域が後退します。
つまり、人口減少 → 土地管理の低下 → 野生動物との接触増加 → 農業・生活負担の増加 → さらなる土地利用の縮小という循環が生じます。
この構造を考えると、獣害対策と地域活性化を別々の問題として扱うことにも限界があります。電気柵を設置するだけでは、その柵を点検する人が必要です。草刈りをするにも担い手が必要であり、放置果樹を管理するにも土地所有者との調整が必要になります。結局のところ、人間の活動領域を維持するには、それを継続的に管理する人と仕組みが必要なのです。

3.「人がいなくなれば自然に戻る」とも限らない
もう一つ重要なのは、人間活動がなくなれば、その土地が自動的に望ましい自然環境へ戻るとは限らないことです。山村の自然には、長期間にわたる人間の活動によって形成されてきたものが少なくありません。農地はもちろん、里山、草地、水路、湿地なども、人間が利用しながら維持してきた環境である場合があります。
池河内周辺でも、自然環境の保全対象となっている湿地が存在しますが、かつては住民が周辺の植物を刈るなどの作業を行っていました。人口減少によってこうした活動が失われれば、植生が変化し、湿地の陸地化が進む可能性があります。つまり、人間が撤退することが、そのまま従来の自然環境の保存を意味するわけではありません。
ここには、人口減少時代の自然保全にとって難しい問題があります。
これまで人が暮らしていた場所から人間活動を縮小させるのであれば、その土地をどのような自然へ移行させるのかまで考える必要があります。従来の里山景観を残すのであれば、居住者がいなくなった後にも誰かが管理を続けなければなりません。一方、人の管理をやめて森林などへ移行させるのであれば、それも一つの選択ですが、その過程で道路、建物、農地、水路などをどう扱うのかという問題が残ります。
「人が住む」か「自然へ戻す」かという単純な二択ではないのです。

4.後退した生活圏の中に、再び人間活動が「点」として現れる
さらに現在の地域活性化では、もう一つ興味深い現象が起きています。
人口減少によって学校が閉鎖され、商店がなくなり、住宅の多くが空き家になった地域でも、残された建物に新しい価値を見いだす人がいます。旧小学校をアトリエや工房、カフェとして利用したり、古民家を宿泊施設に転換したり、都市部から移住した人が小さな事業を始めたりするケースです。
これは地域にとって新しい可能性です。かつてのような人口規模を取り戻さなくても、一度役割を失った施設に別の役割を与えることで、新しい人の流れをつくることができます。しかし、ここで新しい問題が生じます。
周囲の集落が縮小し、農地や山林の管理も弱くなっている場所に、旧小学校だけがカフェとして営業しているとします。住民基本台帳上はほとんど人が住んでいなくても、そこには店を経営する人が通い、利用客が訪れます。つまり、自然側へ移行しつつある空間の中に、人間の活動拠点だけが島のように残ることになります。
これは従来の集落とは異なる空間です。かつては、住宅、農地、学校、商店、道路が連続した生活圏を形成していました。それが人口減少によって薄くなった後、廃校、古民家、観光施設などが選択的に再利用されることで、人間活動が点在するようになります。

5.一つの建物を再生するなら、その周囲の安全も考えなければならない
この「点在する人間活動」は、空き家活用や廃校再生の評価方法にも新しい視点を求めます。例えば、使われなくなった学校を改修して新しい施設を開設した場合、事業評価では改修費、利用者数、売上、雇用人数などが注目されます。しかし、その場所を実際に人が利用し続けるためには、建物以外にもさまざまな条件が必要です。
道路を維持し、冬季には除雪を行い、建物周辺の草を刈り、倒木や崩落の危険を確認する必要があります。周囲に放置された果樹があれば野生動物を誘引する可能性もあり、利用者が日常的にいない時間帯を含めた安全管理も必要になります。
つまり、廃校を一棟再生することは、その建物だけを人間社会へ戻すことではありません。建物と道路、その周辺を含めた一定範囲を、再び人間が安全に活動できる空間として維持することを意味します。
この費用や労力まで含めなければ、本当の意味でその事業が持続可能なのかを判断することはできません。改修時の補助金によって施設を作ることができても、周辺環境を10年、20年と維持できなければ、再び利用困難になる可能性があります。

6.これから必要になる「境界線の再設計」
人口が増加していた時代には、人間の活動領域が拡大することを前提として国土が整備されてきました。道路を延ばし、住宅地を開発し、学校を建設し、上下水道や電力などのインフラを広げることで、より広い範囲を生活圏として利用することができました。
しかし人口減少時代には、その逆の問題に向き合う必要があります。
すべての道路、農地、住宅、集落を、これまでと同じ密度で管理し続けることは難しくなります。その一方で、どこかに一人でも住民が残っていれば生活を支える必要があり、事業所や観光施設が存在すれば利用者の安全も確保しなければなりません。
したがって今後は、地域ごとに、どこを継続的な居住地域として維持するのか、どこを農林業や観光などの活動地域として管理するのか、どこを低頻度利用地域とするのか、そしてどこを自然側へ移行させるのかを考える必要が出てきます。
これは単純な線引きではありません。住民の生活、土地所有、農林業、防災、自然保全、観光、文化、野生動物対策などを重ね合わせて考える必要があります。また、一度自然側へ移行した場所に新しい事業者が入り、人間活動が再び生まれることもあります。その意味では、境界線は固定された一本の線というより、人間活動の密度によって変化する帯として考えた方が実態に近いでしょう。

7.人口減少とは、国土の使い方を組み替えることである
ここまで考えると、近年の野生動物の出没は、人口減少地域が抱える問題を目に見える形で示しているとも言えます。
人間が長く利用してきた農地や里山から活動が失われれば、その空間を別の生物が利用するようになります。一方で、人間は完全に撤退するわけではなく、古民家宿、カフェ、アトリエ、農業、観光、二地域居住など、新しい形で再びその空間を利用しようとしています。したがって、これからの山間部政策では「人を呼び戻す」だけでも、「自然に返す」だけでも十分ではありません。
どこに人が暮らし、どこで仕事をし、どこまで日常的に土地を管理し、どこを低頻度で利用し、どこから先を自然に委ねるのか。その組み合わせを地域ごとに考える必要があります。
この視点に立てば、人口減少は単なる人口統計上の問題ではなく、人間が長い時間をかけて形成してきた国土の使い方を、人口減少社会に合わせて組み直す問題として見えてきます。そして、この問題は山村だけに存在するものではありません。人口増加を前提として郊外に開発されたニュータウンや別荘地でも、居住者が減少すれば、道路、上下水道、住宅、公共施設など、かつて人間が広げた生活領域をどこまで維持するのかという同じ問いが生じます。さらに、住民がいなくなった公営住宅のように、居住機能を終えた場所を新しい用途へ転換できるケースもあります。
次章では、こうした「一度人間が広げた生活領域を、人口減少の中でどう再編するのか」という視点から、限界ニュータウンや別荘地、公共住宅などを含め、地域を再生するだけではない「維持・転換・縮小」という選択肢について考えていきます。

第六章 再生だけではない地域政策――維持・転換・縮小をどう考えるか


1.人口増加を前提につくられた地域も、縮小の問題に直面する
これまで見てきた山間集落の多くは、長い歴史の中で人々が暮らし、農地や森林を利用しながら形成されてきた地域です。しかし、人口減少によって維持が難しくなっているのは、このような伝統的な集落だけではありません。高度経済成長期からバブル期にかけて、人口増加や住宅需要の拡大を前提として計画的に開発されたニュータウン、郊外住宅地、別荘地などでも、異なる形で縮小の問題が表面化しています。
これらの地域では、住宅だけでなく、道路、上下水道、公園、学校、集会所などが、一定規模の人口が暮らすことを前提として整備されました。ところが、入居者の高齢化や子世代の転出、住宅需要の変化によって人口が減少すると、残された住民一人当たりの地域維持負担は相対的に大きくなります。空き家や空き地が増えても、道路や水道などのインフラは簡単には縮小できません。
この点では、伝統的な山間集落と問題の構造が似ています。人口が減ることで、一人当たりが支えなければならない地域の面積や施設が大きくなり、一定の段階を超えると従来の仕組みでは維持できなくなります。
しかし、両者には大きな違いもあります。山間集落は、地域の自然や生業に合わせて長い時間をかけて形成されてきました。一方、ニュータウンや別荘地は、特定の時代の人口増加や不動産需要を前提として、短期間に人為的につくられた空間です。その前提が崩れたとき、住宅地そのものをどのように扱うのかという、これまで十分に想定されてこなかった問題が生じます。

2.鴻島が示す「価値の逆転」
岡山県備前市の日生諸島にある鴻島の別荘地は、この問題を考えるうえで興味深い事例です。かつては島という非日常的な環境に別荘を所有すること自体に高い価値が認められ、多数の別荘が建設されました。しかし、社会や余暇の過ごし方が変化し、建物の老朽化や所有者の高齢化が進む中で、別荘地としての需要は大きく低下しました。
ここで起きているのは、単なる建物の老朽化ではありません。
開発当初には、島であること、都市から離れていること、静かであることが希少性として不動産価値を高めていました。ところが、利用者が減少すると、
島であること、交通が限られること、商店などが少ないことが、今度は不動産を維持・売却するうえでの制約になります。つまり、同じ地域条件が社会環境によって「価値」から「負担」へ変化します。
一方で、価格が大きく低下すれば、再び別の価値が生まれる可能性もあります。高級別荘を購入できなかった層にとって、低価格で海の近くに拠点を持てることは魅力になり得ます。DIYで建物を直したい人、静かな場所で創作活動をしたい人、都市とは異なる生活拠点を求める人にとっては、かつてとは違う理由で島に価値を感じる可能性があります。
重要なのは、不動産が売れることと地域が再生することを区別することです。
新しい所有者が年に数回訪れるだけなのか、長期滞在するのか、地域で事業を始めるのか、既存住民と関係を持つのかによって、地域社会への意味は全く異なります。安価になった不動産は新しい人が地域へ入る入口にはなりますが、その人を地域との継続的な関係へつなげられるかが次の課題になります。

3.限界ニュータウンでは「所有権」が地域再編を難しくする
さらに難しいのが、郊外などに形成された小規模なニュータウンや住宅分譲地です。
人口が減少して空き家が増えたとしても、住宅や土地には所有者がいます。住んでいないからといって行政が自由に利用できるわけではありません。相続によって所有者が複数になったり、所有者が遠隔地に暮らしていたりすれば、地域全体を再編することはさらに難しくなります。
仮に100区画の住宅地のうち20世帯しか居住していなくても、残り80区画を一括して整理できるとは限りません。その一方で、20世帯が生活している以上、道路、水道、防災、救急など一定の生活基盤は必要になります。
ここに人口減少時代の大きな矛盾があります。人口増加時代には、一つの土地を細かく分割して多数の人へ販売することによって住宅地を拡大することができました。しかし人口減少時代には、逆に細分化された土地をまとめ直す必要が生じても、権利関係が複雑で容易には元へ戻せません。
したがって、限界ニュータウンの問題は単なる空き家問題ではなく、人口増加期につくられた土地利用と所有構造を、人口減少社会に合わせてどう再編するのかという問題として考える必要があります。

4.公営住宅では、別の可能性が見えてくる
一方で、同じ住宅地の縮小でも、公営住宅など所有・管理主体が比較的まとまっている場合には、異なる可能性があります。入居者が減少した公営住宅では、住民の生活を守りながら段階的に住棟を集約し、最終的に居住機能を終了させることができれば、土地や施設を次の用途へ転換する余地が生まれます。これは、細分化された私有地が残る民間ニュータウンとの大きな違いです。
ここで重要なのは、以前と同じ住宅地をもう一度つくることだけを「再生」と考えないことです。高齢者施設、子育て関連施設、教育・研究施設、事業拠点、公園、農的利用など、その時代の地域需要に合わせて土地の役割そのものを変えることができます。場所によっては、建物を撤去して防災や自然環境のための空間へ転換することも考えられます。
つまり、
住宅地としての役割が終わること=地域の失敗ではありません。
居住という役割を終えた土地が、別の地域機能を担うのであれば、それも人口減少時代における再生の一つです。

5.地域政策には「維持」「転換」「縮小」という選択肢も必要になる
ここまで考えると、人口減少地域に対して一律に「活性化」を求めることには無理があることが分かります。
外部の人との関係をつくることで存続可能性が高まる地域であれば、池谷のような取り組みに意味があります。独自の自然や文化に価値があれば、祖谷や島前のように滞在や交流へ結びつける方法があります。また、居住人口が少なくても、他出した家族や周辺都市とのネットワークによって生活を維持できる地域もあります。
しかし、それだけではありません。居住機能を徐々に集約する地域、空いた住宅や公共施設を別用途へ転換する地域、農地としての利用を終了して森林などへ移行させる地域、そして最終的には常住を前提としない地域も出てくるでしょう。
したがって、人口減少地域の将来像は、再生するか、消滅するかという二択ではなく、再生・維持・連携・集約・用途転換・縮小・自然への移行という複数の選択肢の中で考える必要があります。
しかも、一つの自治体全体をどれか一つに分類する必要もありません。同じ市町村の中でも、中心部では居住や医療、商業を集約し、周辺集落では少人数の生活をネットワークによって支え、さらに奥の無住化した地域では農林業や自然管理を中心とした土地利用へ移行するという組み合わせが考えられます。

6.「撤退」を誰が決めるのか
ただし、縮小や撤退を政策の選択肢として考える際には、最も慎重でなければならない問題があります。それは、誰がその判断をするのかということです。
行政にとって、人口数人の集落まで道路や水道などを維持することは大きな負担になる場合があります。しかし、その数字だけを理由として、そこで暮らす人に移転を求めることが適切とは限りません。
長く暮らしてきた家、農地、山、墓、寺社、近隣との関係は、行政サービスの効率性だけでは評価できないからです。
一方で、住民自身が「できる限りここで暮らしたい」と考えている場合と、「元気なうちは暮らしたいが、その後は子どものいる市街地へ移りたい」と考えている場合でも、必要な政策は異なります。
だからこそ、縮小政策は「ここを閉じる」と行政が決定するものではなく、住民がどのような将来を望んでいるのかを確認しながら、その選択を可能にする条件を整える政策として考える必要があります。
住み続けたい人には生活を支える方法を用意し、移転を希望する人には住居や生活再建を支援する。そして居住者がいなくなった後には、土地、住宅、道路、農地、森林などを誰がどのように管理するのかまで準備する。その一連の過程があって初めて、計画的な縮小と言えるでしょう。

7.人口増加時代の「つくる政策」から、人口減少時代の「組み替える政策」へ
戦後の地域政策では、人口や経済が拡大することを前提として、住宅地を開発し、道路を延ばし、学校や公共施設を建設し、上下水道などのインフラを広げてきました。その時代には、地域政策の中心に「何を新しくつくるのか」という問いがありました。
人口減少社会では、その前提が変わります。これから必要になるのは、既に存在する住宅、道路、学校、農地、森林、公共施設をすべて同じ形で維持することではなく、何を残し、何を集約し、何を別の用途へ転換し、何を終えるのかを考えることです。これは単なる財政削減ではありません。
廃校をアトリエやカフェとして使えば、新しい人間活動が生まれます。公営住宅跡地を別の公共機能へ転換すれば、土地は再び地域資源になります。利用されなくなった農地を適切に森林へ移行できれば、土地管理の負担を変えることもできます。一方で、無計画に放置すれば、空き家、荒廃農地、所有者不明土地、獣害、防災などの問題を将来へ残すことになります。
つまり、人口減少時代に必要なのは、衰退を放置することではなく、縮小そのものを設計する能力です。ここまで見てくると、地域活性化という言葉の意味も変わってきます。人口を増やし、施設を増やし、経済規模を拡大することだけが活性化ではありません。少ない人口でも暮らせる仕組みをつくること、外部との関係によって地域機能を支えること、役割を終えた施設を次の用途へ転換すること、そして必要な場所では人間活動を適切に縮小して次の土地利用へ移行することも、地域を将来へつなぐための重要な政策です。
最終的に問われるのは、**「この地域に何人住ませるのか」ではなく、「この土地に、これから何を残したいのか」**ということではないでしょうか。
その問いを住民、地域外へ移った家族、行政、事業者などが共有できて初めて、再生する地域、維持する地域、ネットワークで支える地域、用途を転換する地域、そして穏やかに役割を終える地域を、それぞれ異なる将来として考えることができます。
次の最終章では、これまで見てきた山間集落、離島、関係人口、人と自然の境界、限界ニュータウンなどを一つにつなぎ、人口減少時代に「地域を残す」とは何を意味するのかを整理していきます。

最終章 人口減少時代に「地域を残す」とは何か


1.地域活性化の目的を、もう一度問い直す
地域活性化という言葉からは、人口を増やし、観光客を呼び込み、産業を育て、雇用を生み出すという姿が想像されます。もちろん、それが可能な地域では積極的に取り組む意味があります。しかし、山間部や離島、小規模集落、さらに人口増加期に開発されたニュータウンまで見ていくと、すべての地域を同じ方向へ成長させることを地域政策の目標とするのは、現実に合わなくなっています。
人口が減少している地域にも、それぞれ異なる状況があります。外部から新しい人が入り始めている地域もあれば、高齢者だけで静かに暮らしている集落もあります。常住者はほとんどいなくても、他出した家族が定期的に戻って土地や墓を管理している場所もあります。居住者がいなくなった学校や住宅が、新しい事業や文化活動の拠点として使われ始めることもあります。
したがって、人口が増えれば成功し、減れば失敗という評価だけでは、それぞれの地域で実際に起きている変化を捉えることができません。
これからの地域政策で問われるのは、人口減少を止めることだけではなく、人口が減少するという現実の中で、その地域に何を残し、どのような形で次の世代へ引き継ぐのかということです。

2.地域によって「残し方」は違ってよい
これまで見てきた地域は、その違いをよく示しています。
新潟県十日町市の池谷・入山集落では、震災を契機として地域外の人々との接点が生まれ、その関係が農作業、交流、地域活動、さらに移住へと発展していきました。ここでは、人口が少なくなった地域を、外部との継続的な関係によって支えるという方向が見えてきます。
徳島県三好市の祖谷では、急峻な地形や古民家、農村景観など、かつては生活上の不便さとも考えられたものが、他の地域にはない滞在価値へと転換されています。重要なのは、新しい観光施設を大量に建設するのではなく、そこに残されてきた暮らしや景観を維持すること自体が価値になるという点です。
島根県の島前地域では、一つの島ですべてを完結させるのではなく、それぞれの島が異なる特徴を持ちながら、必要な部分では地域を越えて連携するという方向が見えてきます。小さな自治体がすべての生活機能や観光機能を単独で持とうとするのではなく、広域で共有できるものと、その土地にしか存在しないものを分けて考えることが重要になります。
一方、人口が極端に減少した集落では、必ずしも再生だけが目標になるとは限りません。福井県敦賀市の池河内では、常住者が極めて少なくなった後も、地域外に暮らす家族や元住民との関係によって生活や寺社、墓などが部分的に維持されています。そこには、大きく再生するのではなく、残された生活と地域との関係をできる限り丁寧に維持していくという、別の地域のあり方があります。
こうした違いを考えると、全国共通の「成功モデル」を探すよりも、その地域がどの段階にあり、何を残したいのかによって異なる方法を選択できることの方が重要になります。

3.「住民人口」だけで地域を判断しない
人口減少社会では、地域を構成する人の捉え方も変える必要があります。
従来は、ある行政区域や集落に住民票を置いている人が、その地域を構成する住民として考えられてきました。しかし実際の山間部や離島では、地域外に暮らす子どもが高齢の親を支え、元住民が墓や家屋を管理し、都市の人が農作業に参加し、二地域居住者が一定期間滞在するなど、地域を支える人々は行政区域を越えて存在しています。
観光についても同じです。一度だけ訪れる1万人と、毎年戻ってくる100人を単純に人数だけで比較することはできません。繰り返し訪れ、宿泊し、地域の商品を購入し、地域の人と関係を持つ人は、単なる観光客とは異なる意味を持ちます。
これからは「何人住んでいるか」に加えて、誰がその地域と継続的な関係を持っているのかを見る必要があります。
その視点に立てば、人口が20人しかいない集落でも、地域外に住む家族、農産物の購入者、農作業への参加者、二地域居住者、事業者などによる幾重もの関係が存在すれば、地域社会は20人だけで成立しているわけではありません。人口を増やすことだけではなく、地域を支える人と関係の層を厚くすることも、人口減少時代の地域活性化の重要な目標になります。

4.人が減ることは、国土の境界線が動くことでもある
さらに山間部では、人口減少は人間社会の内部だけの問題ではありません。
農地を耕し、草を刈り、山へ入り、水路を管理していた人々が少なくなれば、それまで人間が日常的に利用していた空間の性格が変化します。耕作放棄地や藪が増え、野生動物が活動できる領域が人の生活圏近くまで広がれば、残っている住民にとって農業や生活を続ける負担はさらに大きくなります。
一方、人がいなくなれば、その土地がそのまま望ましい自然へ戻るとも限りません。里山、草地、農地、湿地などには、人間が長期間管理することによって形成されてきた環境があります。人間活動がなくなることで、それまで維持されてきた自然環境そのものが変化する場合があります。そして現在は、さらに複雑な現象が起きています。
人口が減少した旧集落の中に、古民家宿、アトリエ、カフェ、工房などが新たに生まれ、人間活動が再び点として戻ってくることがあります。その場所を安全に利用するためには、建物だけでなく、道路、草地、周辺森林、放置果樹、野生動物への対応まで考えなければなりません。
その意味で、人口減少とは、単に人の数が少なくなることではなく、どこまでを人間が生活し管理する領域とし、どこからを自然に委ねるのかという境界線が動くことでもあります。

5.人口増加時代に広げたものを、どう組み替えるのか
この問題は山村や離島だけのものではありません。
高度経済成長期以降、日本では人口増加を前提として住宅地を広げ、道路、上下水道、学校、公園などを整備してきました。ところが人口が減少すれば、それらすべてを従来と同じ密度で利用し続けることは難しくなります。
限界ニュータウンや別荘地の問題は、その象徴と言えます。住宅需要が減っても、土地や住宅の所有権は残ります。空き家になっても道路や水道は必要であり、少数の住民が残っていれば生活環境を維持しなければなりません。特に土地が多数の個人に細分化されている場合には、人口増加期には容易だった「土地を分けて売る」という行為を、人口減少期に逆方向へ戻すことが非常に難しくなります。
一方、居住者がいなくなった公営住宅などでは、所有・管理主体が比較的まとまっているため、居住機能を終了した後に土地や施設を別の用途へ転換できる可能性があります。
ここから分かるのは、地域を残すことが必ずしも「以前と同じ使い方を残すこと」ではないということです。
住宅地としての役割を終えた土地を別の地域機能へ転換することもできます。学校としての役割を終えた建物を、文化や交流、仕事の場所として利用することもできます。利用されなくなった農地についても、すべてを農地として復活させるのではなく、管理可能性や周辺環境を踏まえて次の土地利用を考える必要があります。
つまり、人口減少時代には、「残すこと」と「変えること」を対立させないことが重要になります。

6.地域政策に必要なのは、一つの答えではなく「選択肢」である
これからの地域には、さまざまな将来があってよいはずです。
外部の人を受け入れて再び地域活動を活発にする場所があってもよく、観光や農林水産業によって地域固有の価値を高める場所があってもよいでしょう。人口は少なくても周辺都市とのネットワークによって暮らしを維持する地域もあれば、常住者はいなくても農業、森林管理、観光、文化活動などによって利用され続ける地域も考えられます。
そして、すべての地域で居住を永久に維持することが難しい以上、将来的には居住機能を集約したり、別の土地利用へ移行したりする場所も出てきます。
重要なのは、その違いを「成功した地域」と「失敗した地域」に分けないことです。
地域の状態によって、
地域の状況
考えられる方向
外部との新しい関係をつくれる
再生・移住・関係人口
固有の自然・文化・産業がある
高付加価値化・滞在・交流
人口は少ないが生活を継続したい
広域連携・生活支援
他出者との関係が強い
ネットワーク型の維持
常住人口はないが利用価値がある
事業・文化・農林業等への転換
住宅地としての需要が失われた
集約・用途転換
継続的な居住・利用が難しい
計画的縮小・自然への移行
という複数の道を用意することができます。
そして、どの方向を選ぶのかを行政の財政効率だけで決めることも、外部から「活性化すべきだ」と決めることも適切ではありません。地域で暮らしている人、そこから転出した人、土地を所有している人、これから関わろうとする人などが、その場所に何を残したいのかを確認することが出発点になります。

7.「元に戻す」のではなく、「次の地域」をつくる
人口減少を考えると、どうしても「失われるもの」に目が向きます。しかし、人口増加期の状態へ戻すことだけを目標にすると、多くの地域は永遠に「衰退地域」と評価され続けることになります。必要なのは、過去の人口規模を取り戻すことではなく、現在と将来の人口に合わせて地域の仕組みを組み直すことです。
地域内ですべてを持つことが難しければ、医療、教育、交通、物流などを周辺都市と共有することができます。その一方で、その土地にしか存在しない自然、農林水産業、景観、文化、生活の記憶などは、地域の中に残していく必要があります。さらに、地域外に暮らす家族や関係人口、二地域居住者、事業者などを含めて地域を支える仕組みをつくれば、居住人口だけに依存しない地域社会を形成することも可能です。
そのため、これからの地域政策に必要なのは、人口増加時代の「つくる政策」だけではなく、残す、つなぐ、共有する、転換する、集約する、そして必要なところでは丁寧に終えるという政策です。これは地域を諦めることではありません。
むしろ、すべてを残そうとして最終的に何も維持できなくなるのではなく、地域にとって本当に大切なものを選び、それを将来へ残すための考え方です。
地域活性化を考えるとき、最後に問うべきなのは「人口を何人増やせるのか」ではないのかもしれません。
この土地に何を残したいのか。そこに暮らす人の生活をどう守るのか。地域を離れた人や新しく関わる人と、どのような関係をつくるのか。そして、人が利用し続ける場所と自然へ委ねる場所を、次の時代に向けてどのように組み直すのか。
山間部、離島、限界集落、廃集落、ニュータウンという一見異なる問題をたどっていくと、最後には同じ問いに行き着きます。
人口減少時代の地域活性化とは、人口を元に戻すことではなく、人と地域との関係を途切れさせず、その土地の次の姿を選択できるようにすることです。
そして、その選択肢を持つことのできる地域をつくることこそが、これからの地域政策に求められる「活性化」の新しい意味ではないでしょうか。


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