【書評】水瀬ケンイチ著「彼はそれを『賢者の投資』と言った」~航海を照らしつづける光
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消えない灯台の光
邂逅
やれやれ、書評というものを書くのは、久しぶりに古いレコード棚の奥から、すっかり忘れていたアルバムを引っ張り出してきて、注意深く針を落とす作業によく似ている。
僕にとって水瀬ケンイチという名前は、まさにそんな存在だった。
インターネットという広大な海原の片隅で、静かにまたたいていた灯台の光。
僕はその光を頼りに、投資という名の、霧の深い海へと小さなボートを漕ぎ出したのだ。
もっとも、コメントひとつ残したことのない、ただの物言わぬ読者にすぎなかったのだけれど。
だから、Xのタイムラインで彼の新しい本のことを知ったとき、僕はまるで昔のガールフレンドから何十年かぶりに手紙を受け取ったような、そんな奇妙な気分になった。
本のタイトルは『彼はそれを『賢者の投資』と言った』。
悪くない。まるでレイモンド・チャンドラーの小説のようだ。僕はほとんど無意識のうちに、Amazonの購入ボタンをクリックしていた。
庭園と日記
この本が素晴らしいのは、それが単なる投資の教科書ではないからだ。
もちろん、第Ⅱ部の理論編は、まるで丁寧に手入れされた庭園のように、知識が整然と並べられている。
オルカンがもたらす通貨分散の視点や、資産をたたむ時期、つまり「投資の終活」についての思慮深い考察には、何度も頷かされた。
それはそれで、とても役に立つ。
しかし、この本の心臓部は、まぎれもなく第Ⅰ部の実践編にある。
そこには、25年という歳月をかけてインデックス投資という道をひたすらに歩き続けた、一人の男の極めて個人的な記録が、ほとんど裸のまま記されている。
ページをめくると現れる、資産推移の生々しいグラフ。それはまるで、正直な人間が書いた日記のようだった。
転覆
僕もまた、同じ時代を生きてきた。
あのリーマンショックという名の巨大な嵐が、世界中を吹き荒れた日のことを覚えている。
僕の小さなボートはあっけなく転覆し、僕はしばらくの間、投資という海から目をそらして暮らすしかなかった。
それが賢明な判断だったのかどうか、今でもよくわからない。
その頃、僕は勝手に想像していた。
あの灯台の主は、きっと嵐の中でも平然と積立を続け、「絶好の仕込み時だ」と、まるで熟練のサーファーのように波に乗っているのだろう、と。
だが、この本は僕に告げるのだ。「精神的にも財政的にも決して楽ではなかった」と。
その一文を読んだとき、僕の心の奥深くで、何かが静かにほどけていくような気がした。なんだ、彼も同じ人間だったのか、と。
正直に告白しよう。
僕はずっと、彼に対してうっすらとした嫉妬を抱いていた。
僕が海辺で膝を抱えていたそのときに、彼は着実に航海を続けていた。
その事実が、僕の喉に刺さった小骨のように、ずっと気になっていたのだ。彼が本を出し、それが売れていると聞くたびに、その小骨がちくりと痛んだ。
だが、この本を読み終えたとき、僕の心にあったのは、嫉妬ではなく、深い尊敬の念と、そして同志にも似た感情だった。
彼は特別な人間だったわけじゃない。
ただ、自分自身で深く考え抜き、信じた道を、誠実に、愚直なまでに歩き続けただけなのだ。
「20年間ひたすら積み立て、手間をかけずに億り人に」
その言葉の背後にある、無数の葛藤と決断の重み。
それを知ってしまった今、僕にできることは、ただ帽子をとって敬意を表することだけだ。
読むべき人
この本は、二種類の人間のための本だ。
一人は、僕のようにリーマンショックの嵐を経験し、その傷跡を今もどこかに抱えている人たち。
この本は、あの頃の痛みを分かち合うための、鎮魂歌のような役割を果たしてくれるだろう。
そしてもう一人は、最近になって投資の海へと漕ぎ出した、若い世代の人たち。
君たちにとって、この本は信頼できる海図であり、羅針盤になるはずだ。
資産が4割も5割も吹き飛ぶような嵐が来たとき、君たちはこの本を思い出すだろう。
そして知るのだ。誠実な航海を続ければ、嵐はいつか必ず過ぎ去り、再び穏やかな海が広がるのだということを。
火
FI(経済的自立)は重要だ。
しかし、それはゴールではない。
人生という航海を続けるための、より性能の良いエンジンを手に入れるようなものだ。
この本は、そのエンジンの扱い方を、実に静かな、しかし確信に満ちた声で語りかけてくれる。
僕の航海にあの灯台がまた光をくれた。
そんなことを、夏のうだるような午後の光の中で、ぼんやりと考えていた。
他のおすすめ書籍
同一著者と故山崎元氏による名著。
オススメ。
一つ前の版ですが書評も書いています。
