虫秘茶はなぜロマンか
入口としてまず、茶の歴史とは、植物の葉に起きる変化を人がどのように扱ってきたかの歴史である。生葉はそのままでは保存できず、風味も不安定である。そこで人は加熱、乾燥、揉捻、発酵といった操作を通じて、葉の化学組成を制御し、再現性のある嗜好品へと変換してきた。
この過程で確立された製茶技術は、地域や文化の違いはあれど、基本的には「摘んだ葉に人が介入する」という構造を共有している。
ここで製茶方法を、発酵度合でなく、葉の変換を担う「主体」によって分類して整理してみる。
1. 茶葉自身の酵素が働く酵素的酸化型(ex. 紅茶)
2. 酵素を失活させることで反応を止める酵素失活型(ex. 緑茶)
3. 微生物が関与する微生物発酵型(ex. 黒茶)
4. 熱や乾燥による物理変換型(ex. ほうじ茶)
これらはいずれも人が条件を設計し、反応の方向性や強度を制御する点で共通している。製茶とは、言い換えれば、人為的に設計された物質変換技術である。
虫秘茶はというと、この整理の中にそのまま当てはまらない。酵素発酵や微生物発酵の派生形ではなく、多細胞生物の消化代謝を介した物質変換である。それも限りなく分解すれば、茶葉と昆虫と微生物それぞれの持つ酵素による発酵の複合と捉えられるが、消化の全プロセスを通じて設計外にあるもの(咀嚼、腸管内の勾配的環境変化、誘導的消化酵素など)が余りに多すぎる。故にそれらをひっくるめて単一の生物による一連の消化代謝として扱うべきである。この整理の上では、虫秘茶は「発酵茶の変種」ではなく、茶葉変換技術の第五様式として独立して分類される。
そもそも昆虫による植食と消化は、被子植物の成立とほぼ同時に進化してきた。当然、人類の製茶より億年単位で早く存在しており、「生態系に元々あった変換様式」という点で「人が発明した技術」とは立ち位置が異なる。時間軸が人類史以前という点で、「第0の発酵様式」とする方が本質的であるかもしれない。つまり茶の製法史において最も早く成立していた様式と考えられる。
もう一つ重要なのは、この変換プロセスが「香味の創出」を目的としていないことである。昆虫は味や香りを設計しない。生存のために葉を摂取し、体内で処理し、排出する。虫秘茶とは、この物質変換を人間の感覚と文化の文脈に引き入れたものである。
従って虫秘茶のロマンとは、自然の神秘や情緒性のみには依存しない。
人が関与する以前から成立していた物質変換プロセスを、茶という文化的枠組みに引き入れること、その構造自体にある。それは新しい技術の提示ではなく、既存の世界の見方を一段ずらす試みである。言い換えれば、茶をつくる主体が人であるという前提から外れる試みである。
茶をつくる主体について問う時、人と自然がどのように関わり合うかという、より大きな問いに接続される。その問いをじっと開き続ける姿に虫秘茶のロマンがある。
