虫秘茶の製法は実に合理的でした
虫秘茶をやっていてよく聞かれることに
「虫を使う意味ってあるんですか?」ということがある。
よく虫秘茶について「虫の体内では発酵に似た反応が起こっている」と説明するので、「じゃあ虫の体外で発酵そのものをすればいいじゃないか」と。当然の疑問です。
もちろん意味ありまくり、というのが回答です。
虫を使っても使わなくても葉っぱから同じ香りと味を引き出せるなら、虫秘茶の意義って残らないですよね。虫のフンであるという、茶として本質的でないインパクト以外には。
コンセプト先行で本質が置き去りであれば、生活を投げうって全てを捧げることもないでしょう。『うんころ茶』として一時の思い出となればよかったのです。
ではどういうところに「虫が介在する意味」があるのか。化学生態学的な視点で説明します。
一般的なお茶、中でも発酵茶は、何らかの方法で葉の成分を化学的に変換することで、奥深さや渋み、苦味、香りを引き出してきます。何らかの方法というのは、
①植物組織の物理的な破砕
②静置による酸化・発酵
③(一部の製法では)微生物添加による発酵
などがあります。
①は、植物組織に貯蔵されている化合物と酵素を接触させるためのプロセスです。植物の細胞内では、液胞と呼ばれる袋状器官に化合物が貯蔵され、酵素とは別々に蓄えられています。これら両者が、植物組織(細胞)の破砕によって混ざり合うことで酵素反応が開始します。
例えば、葉を破いた時の青臭~い匂い。あれはヘキサナールと呼ばれる揮発性の化合物です。葉を破る前は、それほど青臭い匂いはしないはずです。これは、葉が破れた瞬間にヘキサナールが生成して揮発するからです。葉にはリノレン酸やリノール酸といった脂肪酸が豊富に蓄えられています。葉が破れた瞬間、これらの脂肪酸は酵素反応によって開裂し、ヘキサナールが生成するという仕組みです。虫が葉を噛んだ瞬間に青臭い匂いが飛び出すことで、食害を免れようという、植物の防御応答の一つなのです。
そもそも、植物の持つ風味(苦味・渋み・爽やかさ・華やかな香り)のほとんどは昆虫に対する防御物質として作られているものです。たまたま人間にとって美味しかったりするだけで、はるかに体の小さい虫にとっては毒のようなものなのです。
しかし、虫にとって毒になるものは、しばしば植物にとっても毒になります。植物は自らの毒を回避するために、「毒のもと」と「酵素」を別々に保管しているわけです。
しかししかし、植物の組織が壊れる(葉が破れる)ことなど、虫に食われずとも容易に起こり得ます。強い風が吹いたり、獣に踏みつけられたり…
虫への防御のために貯蔵している防御物質がそう簡単に誤作動しては植物も困ります。防御物質を作るのにも貴重な栄養を使うわけですから。
そこで、昆虫に食べられた時「だけ」毒が作動する仕組みを植物は獲得しました。「昆虫由来の成分」をトリガーとする毒作動システムです。「昆虫由来の成分」とは何か?例えば「昆虫の消化酵素」です。昆虫体内に入った「毒のもと」は、昆虫の消化酵素によって変換を受け、起爆します。非常に合理的な植物の防御システムです。
昆虫にとっては毒でも、我々人間にとってはしばしば良い風味となります。スーッとした香り、杏仁豆腐のような甘い香り、味に奥深さを与える渋み、これらは大体、虫を嫌がらせるために作られたものです。でも人間にとっては、これこそがお茶の決め手となる味わいなのです。ここではお茶の話をしていますが、噛んだ瞬間に口いっぱいに広がるハーブの香りなんかも葉の物理破壊によって生成された防御物質なのです。
では、植物から風味(防御物質)を引き出す最も優れた方法が分かりますか?虫に食べさせることです。虫の酵素で起爆するように設計されているのだから、虫の酵素で起爆してやればいいという、至極当然の話です。物理的な破砕だけでは十分に引き出すことが出来ません。これが「虫を使う意味」なのです。
実際に、桜の葉を虫に食べさせると桜餅の華やかな香りと奥深い味わいが得られますが、一般的な製茶で紅茶っぽくしたものは鉄臭くて味も弱いです。
だから我々は虫に葉を食べさせて、フンを回収するのです。虫が植物の防御物質を食らいながら生成した塊を。虫が植物を化学的に編集した成果を。
我々は、葉の風味を引き出すために最も合理的な方法で「そう」しているのです。
餅は餅屋の理論でいくと、葉は虫なんです。このことに人類はほとんど気づいていません、我々以外は。
「植物の防御メカニズム」と「昆虫の消化プロセス」を応用した発酵茶、それが虫秘茶です。
