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『タクシードライバー』を語る夜|断られ続けた企画が、パルム・ドールになるまで——車で暮らした脚本家の話【シネマ先生の裏漫談】

🎬 シネマ先生の裏漫談 金曜日のレビュー本編では語りきれない、映画の「外側」の話。 制作秘話、文化への衝撃、先生だけが知るエピソード—— シネマ先生がひとりで静かに語る、水曜夜の余談です。 本編とセットでどうぞ。ネタバレはほぼありません。


今夜は『タクシードライバー』。観た方にはこの映画が何度「断られた」かを、まだ観ていない方には映画史がどんな夜から生まれるのかを。

2026年8月19日、水曜日。夜。夕立が上がったばかりで、書斎の窓に残った雨粒に、丘の下の街灯りが滲んでいる。気づけば私は、ガラスのこちら側から、その滲みをじっと見ていた。拭うものもないのに、拭いたくなる。50万本観ても、あの映画のあとの雨は、少し違って見える。今夜は、その映画の「外側」の話をしよう。


脚本家は、車の中で暮らしていた


1970年代初頭。のちに映画史を変える脚本を書く男は、そのときハリウッドの誰でもなかった。ポール・シュレイダー氏、20代。厳格な宗教家庭に育ち、17歳で初めて映画を観て人生が狂い、映画評論家になり——そこから、転落する。

結婚生活が破綻し、不運が重なり、住む家を失った。手元に残った車で、あてもなく街を彷徨いながらの車上生活。気づいたときには、3週間以上、誰とも口をきいていなかったという。孤独と不安で心身を病み、胃潰瘍で倒れた。

このままでは「ああはなりたくない、と思うような人間」になってしまう——そう感じた彼は、知人の留守宅に身を寄せ、ごく短い期間で一本の脚本を一気に書き上げる。夜のニューヨークを流す、眠れない孤独なタクシー運転手の物語。その「ああなりたくない人間」の名が、トラヴィス・ビックルだった。

つまりこの映画は、取材で書かれたのではない。書くことで自分を治療しようとした男の、カルテとして書かれたのだ。


1000ドルの脚本と、ラフカットの売り込み


出来上がった脚本は、あまりに暗かった。

シュレイダー氏はまず友人のブライアン・デ・パルマ氏に見せる。デ・パルマ氏は自分向きではないと判断しつつ、これに関心を示すだろう人間たちへ脚本を回した——プロデューサーのフィリップス夫妻と、若き日のマーティン・スコセッシ氏だ。夫妻は脚本の映画化権を、わずか1000ドルで買い取った

スコセッシ氏は「これは自分が撮らねばならない」と直感して売り込んだが、当時の彼は実績の乏しい若手にすぎず、やんわりと断られている。そこで彼が取った手が良い。編集中だった『ミーン・ストリート』のラフカット版を夫妻とシュレイダー氏に見せたのだ。ニューヨークの底辺でもがく若者たちの映画——それを観た彼らは、スコセッシ氏と、そして主演のロバート・デ・ニーロ氏の起用を決めた。

だが、まだ終わらない。内容があまりに暗く危険だったためか、企画はどこの映画会社に持ち込んでも断られたと伝えられている。脚本家は世間に拒まれ、監督は実績で拒まれ、企画は業界に拒まれた。——断られた者たちだけが、車内に残った。


座らなかった配役たち


この映画にも「生まれなかった世界線」がある。

トラヴィス役は当初、ダスティン・ホフマン氏にオファーされたが、役があまりに常軌を逸していると断られたと伝えられる(彼はのちに、この判断を長く悔やんだそうだ)。シュレイダー氏自身は執筆中、ジェフ・ブリッジス氏を思い描いていたという証言もある。

そしてアイリス役。一時期の最有力候補は、リンダ・ブレア氏だったと伝えられている。——『エクソシスト』でリーガンを演じた、あの少女だ。悪魔に憑かれた少女が、今度は夜の街に囚われた少女として座っていたかもしれない。当漫談の読者なら、この世界線には少し眩暈がするだろう。

最終的にアイリスの席に座ったのは、当時まだ幼さの残るジョディ・フォスター氏だった。その仕事ぶりについては、金曜の本編で少し触れる。


デ・ニーロ氏は、本当に流した


主演に決まったデ・ニーロ氏がまずやったことは、演技の練習ではない。タクシー運転手の免許を取り、実際に夜のニューヨークを流したと伝えられている。客を乗せ、料金を受け取り、あの運転席の孤独を体に入れた。

その成果が、あの即興だ。有名な鏡の場面——脚本には「鏡を覗き込む」といった程度しか書かれていなかった。あの独白は、現場でデ・ニーロ氏が監督と練り上げた即興から生まれ、のちにAFI「アメリカ映画の名セリフベスト100」で10位に選ばれている。役の孤独の底まで自分の足で降りた俳優だけが、脚本の外で拾える言葉というものがある。

ちなみにあのモヒカンは、剃っていない。特殊メイクの巨匠ディック・スミス氏が馬の毛で作ったカツラだ。撮影は物語の順番どおりには進まないから、本当に剃るわけにはいかなかった。伝えられるところでは、着想は、出撃を前にした兵士たちが頭をモヒカンに刈るという風習の話だという。


クリスマス・イブの録音


音楽の話をしなければならない。

バーナード・ハーマン氏。『市民ケーン』に始まり、ヒッチコックの『めまい』『サイコ』を支えた映画音楽の巨人だ。伝えられるところでは、彼はこの依頼を最初、「車の映画」だと勘違いして断りかけた。脚本を読み、引き受けた。そして、あの気だるいサックスの主題——夜のニューヨークそのものような音楽を書いた。

1975年12月24日。本作の最後のレコーディング・セッションを終えた約12時間後に、ハーマン氏は亡くなった。

この映画が遺作となり、本編には彼への追悼が記されている。翌年、彼は本作でアカデミー作曲賞にノミネートされた。この映画のサックスが夜に溶けていくのを聴くとき、我々は一人の巨人の、最後の仕事を聴いている。


断られた者たちが、断られた男を撮った


最後に、私の読みを一つ置いていく。

世間に拒まれた脚本家。実績で拒まれた監督。業界に拒まれた企画。役者たちも、最初の候補に断られた末の座組だ。——そして彼らが撮ったのは、街に、女性に、世界に拒まれ続ける一人の男の物語だった。

トラヴィスの孤独に嘘がないのは、たぶんそのせいだ。あの映画の作り手たちは、拒絶というものの温度を、全員が自分の皮膚で知っていた。だから取材では届かない深さまで、カメラが降りている。

1976年、この「断られ続けた映画」は、カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受け取った。断り続けた世界の側が、最後に頭を下げた——と言ったら、少し意地が悪いか。だが映画史というのは、ときどきこういう帳尻の合わせ方をする。

……ああ、それと。当のシュレイダー氏は、この脚本を書いたことで「ああなりたくない人間」から遠ざかれた気がした、と語っている。書くことは、彼にとっての出口だった。金曜の夜、トックとヨイ君と話すのは——たぶん、その出口の話だ。


映画は裏切らない。 車で暮らした脚本家がいて、免許を取った俳優がいて、クリスマス・イブまで音を書いた作曲家がいた。 全員が一度は断られ、その全員が乗り合わせた一台が、映画史のど真ん中を今も走っている。 ——拒まれた夜を知っている者の作るものだけが、拒まれた夜に届く。 そういう話だ。


金曜日、トックとヨイ君と『タクシードライバー』を語る。正直に書いておくが、今回ばかりは、トックがどこまで持っていかれるか読み切れない。彼のあの力は、明るい映画では祝福だが、この映画では——だからヨイ君を呼んだ。あの子の目は、画面の熱に浮かされない。長い夜になるだろう。だが、必要な夜だ。

🎬 シネマ先生:金曜日、『タクシードライバー』を語る。 一つだけ言っておく。——読者諸君は、一人で観るな。観たなら、誰かと話せ。


📢 金曜公開映画漫談 #28『タクシードライバー』


【なかのひとの一言】

 煮詰まった脚本家の「ああはなりたくない」で産まれたのがトラヴィスだったとは。そりゃ解像度が高いはずです。私はずっと思ってるんですが、タクシードライバーは主演がロバート・デ・ニーロ氏でなければもっとストレートに頭のおかしい陰キャの話として消費されてたと思います。もちろんベトナム帰還兵設定や、当時のアメリカンニューシネマの最後の雄叫びみたいなところはあったけれども、とにもかくにもデ・ニーロ氏がかっこよすぎるんです。それがこの作品をややこしくしているのは間違いないと思ってて。ストーカーの役を演じることが多いデ・ニーロ氏ですが、タクシードライバーのみならず、ケープフィアーにしたって、こんなエネルギッシュなストーカーおるかと。範馬勇次郎ばりの熱量でストーカーと言われても、もっと違う何かのようにしか見えないわけです。ザ・ファンでようやく気持ち悪いストーカーになったのですが、アウトォォォォ!で死ぬほど笑ってどうでもよくなりました。で、話をタクシードライバーに戻すと、初見の時は口説いてる姿はまんざらでもないのに、そのあとのポルノ映画館でぞっとしてしまう。このアンバランスさが作品に一筋縄ではいかない魅力を与えている、と言ったら言い過ぎでしょうか。デ・ニーロ氏はトラヴィスを「怪物」かつ「人間」として成立させてしまう。だから観客は途中まで彼を見捨てられない。もっと露骨に危険人物に見えていたら、この映画はここまで語り継がれなかったかもしれない。結局『タクシードライバー』最大の問題はトラヴィスではなく、ロバート・デ・ニーロ氏そのものだったのかもしれません。

(なかのひと/アウトォォォォ!)


👉本編で「なぜトラヴィスに惹かれてしまうのか」に迫る → 『タクシードライバー』考察(#28)金曜更新!

👉同じ「運転する孤独」の、光の側 → 『PERFECT DAYS』考察(#23)——なぜ彼の毎日は満ちているのか


【ファクトチェック】

✅ 確認済みの事実

🔍 諸説あり・独自フレーミング

  • 「治療のカルテとして書かれた脚本」「断られた者たちが、断られた男を撮った」「拒まれた夜を知る者の作るものだけが、拒まれた夜に届く」——本漫談独自のフレーミング

  • シュレイダーが「書くことで『ああなりたくない人間』から遠ざかれた気がした」——出典記事の記述に基づく要約

  • 本記事ではジョン・ヒンクリー事件(1981年)には触れていない。実在の事件・存命の関係者に関わるため。

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