『WEAPONS/ウェポンズ』徹底解説・考察(⚠ネタバレ全開注意)
⚠ この記事は、『WEAPONS/ウェポンズ』をネタバレ全開で解説しています。ネタバレすると大きく魅力が損なわれる映画なのは間違いないので、絶対に本編を観てからお読みください。
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⚠ 監督自ら、「まだ観てない人にどうかネタバレしないで」と公言しています。その思いを尊重したいので、必ず本編を観てから続きをお読みください。
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『WEAPONS/ウェポンズ』は、奇妙な集団失踪事件を巡る物語だ。深夜2時17分、同じクラスの子どもたち17人が突然ベッドから起き上がり、飛行機のように両手を広げて家を飛び出し、闇夜へとまっすぐ走り去る――。ポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』(1999)にインスパイアされた本作は、ペンシルベニア郊外の町の人々の複数の視点を通して、じわじわと真相を浮かび上がらせていく。
各人物の視点で章立てがなされており、まず、失踪したクラスの担任教師ジャスティン(ジュリア・ガーナー)、続いて、失踪した子どもの父アーチャー(ジョシュ・ブローリン)、危なっかしい警官ポール(オールデン・エアエンライク)、ホームレスの薬物依存者ジェームズ(オースティン・エイブラムス)、そして校長マーカス(ベネディクト・ウォン)と、それぞれの視点が描かれる。
最終章では、クラスで唯一失踪しなかった少年アレックス(ケイリー・クリストファー)の視点が描かれる。視点が増えるごとに欠けていた物語のピースがはまっていき、やがてたどり着くのが、この事件の真犯人――グラディスおばさん(エイミー・マディガン)というオレンジのかつらを着けた怪人だ。
グラディスおばさんの正体
一度見たら忘れられない異様な見た目と個性をもつグラディスとは、いったい何者だったのか?初登場時、彼女は衰弱しきっている。だが例の鉢植え、魔法の木の力で町の人々を操り、生命力を吸い上げるにつれ、彼女はみるみる生気を取り戻していく。胸元のブローチも、彼女のエネルギーレベルに呼応するかのように、蕾のモチーフから次第に満開の花へと変化していく。
アレックスが授業を受けるシーン。ジャスティンの背後のホワイトボードには「寄生体(parasites)」の文字が書かれていた。また、マーカス校長とパートナーが自宅で食事するシーンでは、テレビから冬虫夏草のドキュメンタリーが流れていた。冬虫夏草というのは、人気ゲーム『The Last of Us』の感染菌のモデルとなった寄生菌だ。昆虫に取りつき、脳を乗っ取って操り、最終的に宿主を内側から食い尽くす――まさにグラディスと同じである。
映画の最終幕、子どもたちに顔面を引き裂かれて露わになるグラディスの “中身” は、冬虫夏草の形状と質感を思わせるものだった。ほんの一瞬のカットだが、マーカスが観ていた冬虫夏草のドキュメンタリーに映っていたような、二本の長い触手が彼女の頭蓋から伸びていた。
これらの伏線と描写を総合すると、グラディスは何らかの寄生体としての特質を備えた存在だった――そう解釈するのが自然だろう。
喪失の物語
ザック・クレッガー監督は多くのインタビューで、本作には脚本執筆中に自身が経験していた喪失感が強く反映されていると語っている。2021年、監督は20年以上にわたり創作を共にしてきたパートナー、トレヴァー・ムーアを突然亡くした。その痛みから立ち直るための、自分自身へのセラピーとしてこの脚本を書いたという。(引用1)
そのためか、この映画は、喪失がもたらす深い悲しみを人がどのように経験し、対処していくのか、そのプロセスを描いたような作品となっている。登場人物たちの物語は、心理学における「死の受容への5段階」――否認、怒り、取引、抑うつ、受容――を思わせる。
ジャスティンの物語は「否認」。悲劇から前に進もうとする学校や地域とは対照的に、彼女は事件にこだわり、真相を探り続けるなかで次第に孤立していく。
アーチャーは「怒り」。息子マシューの死を受け止められず、行き場のない感情や苛立ちを周囲にぶつけてしまう。
警官ポールと薬物依存者ジェームズのパートは、喪失の痛みから逃れようと何かにすがりつく「取引」、そして絶望に飲まれ、行動すらままならなくなる「抑うつ」の段階と重なるところがある。
だが、問題は「受容」だ。この映画において、それが描かれているかどうかは意見の分かれるところだろう。例えば、校長としての責任から、多少強引にでも学校を平時の状態に戻そうと努めるマーカスを「受容」の姿として読むことはできる。
だが、映画の結末を踏まえると、私にはむしろ本作が「喪失の受容」を意図的に拒んでいるように見えた。詳しくは後述するが、本作のエンディングでは、ヴィランのグラディスを倒してもすべてが元通りになることはなく、惨事の傷跡が残りつづける――それが、監督の意図的な選択であるように思えたのだ。
依存症と大量消費というアメリカの病
この映画に出てくる大人たちは皆、喪失やトラウマなどの苦しみからの逃避先として何かに依存している。ジャスティンと警官ポールは酒と肉体関係に逃避する。(ポールに関しては、アルコール依存症患者のための断酒会に通っている。)ジェームズは薬物に頼り、マーカス校長には過食傾向があるようだ。彼らはそれぞれの悪癖によって自らを守ろうとしながら、同時に傷つけてもいる。
『WEAPONS』というタイトルのこの映画では、注射器やフォーク、皮むき器(あれは痛そうだった…)など、本来、武器ではないものが武器として使われることにお気づきだろうか。酒・肉欲・薬物・過剰消費など、自らを傷つけ、他人との関係を壊す「武器」となるものは、私たちの身の回りに当たり前に存在している。
この映画の大人たちは皆、何かを消費することで自分を保とうとしているともいえる。象徴的なのは、グラディスが校長との面談にやってくるシーン。彼女はアレックスの両親が来られない理由を「軽い結核(consumption)に罹っている」と説明する。ここでグラディスが口にする “consumption” という言葉は、「消耗病」とも訳される、19〜20世紀前半までアメリカで使われていた結核の古い呼び名だ。そのため、マーカスはこの古風な言葉づかいに違和感を覚えつつ、「消耗病なんて、オレゴン・トレイルの時代の話かと思ってた」と冗談めかして返すのだ。
「Consumption」には言うまでもなく「消費」という意味もある。マーカスはスーパーで大量の商品を買い込み、家ではパートナーとお揃いのミッキーマウスのTシャツを着て、テレビを前に食べ物をずらりと並べる。本作には、ミッキーマウスと同じくアメリカ的消費文化の象徴とされるキャンベルスープの缶もあちこちに登場する。これらを踏まえると、“consumption” というグラディスの台詞は、「結核(消耗病)」と「消費」のダブルミーニングという気もしてくる。
アルコール依存症の家庭で育った監督の子ども時代
最終章で描かれるアレックスの物語は、自身の少年時代を強く反映しているとクレッガー監督は語っている。監督はアルコール依存症の家庭で育ち、父親は長年の慢性的な飲酒の末に肝硬変で亡くなった。グラディスがアレックスの家庭を壊していく描写には、自分の少年期に酒という異物が突然家の中へ入り込み、父親の行動を理解不能なものへと変えてしまった経験が重ねられているという。(2)
映画では、両親がグラディスの魔術によって機能不全に陥り、子どものアレックスが彼らの世話を担うようになる。この「保護する者/される者」の関係が逆転した状況にも、監督自身の体験が反映されているという。(2) 酒や薬物への依存は、本人からその自律性や主体性を奪ってしまう。それはまさに、人々を操り人形に変えてしまうグラディスの魔術のようである。
スッキリしないラスト
映画の最終盤でアレックスは機転を利かせ、グラディスの魔術を逆手に取り、昏睡状態の子どもたちに彼女を標的として攻撃させる。グラディスは体を引き裂かれ、その魔力も消滅する。しかし、長く意識を支配されていた者たちが、すぐに元の状態に戻ることはない。アーチャーは昏睡状態に置かれた時間が短かったため、すぐに自分を取り戻せたのだろう。だが、アレックスの両親や数週間昏睡していた子どもたちは、物語が終わる時点でもなお、意識が混濁したままだった。
スッキリしない終わり方ではあるが、監督自身のアルコール依存症にまつわる経験や、長年の親友を突然喪った痛みが本作のベースにあることを知ると、このラストはむしろ自然に思える。依存症の後遺症も、大切な人を喪った心の傷も、そう容易く癒えるものではないからだ。
空に浮かぶアサルトライフル
アーチャーが夢の中で目にする、空に浮かんだ巨大なアサルトライフルは何を意味しているのか?彼は息子が失踪して以来、息子の子ども部屋のベッドで寝ているのだが、その部屋の壁にアサルトライフルのポスターが掛けられていたことに気づいただろうか。アーチャーの無意識下にこのポスターの印象があり、あのライフルが夢に出てきたということかもしれない。
空に浮かぶライフルには、子どもたちが失踪した時刻である「2:17」という数字が光っていた。映画を最後まで観ると、この時刻は、グラディスの魔術によって子どもたちが彼女の「武器」(まさにタイトルにあるウェポンズ)へと変えられた瞬間であったことがわかる。つまり、ライフルに表示されていた数字は、子どもたちが「武器化」した時刻なのである。
でもなぜそんな夢をアーチャーが見るのか?ジャスティンとアーチャーは、映画前半のジャンプスケアシーンでグラディスの姿を見ていた。そして、マーカス校長は初めてグラディスと対面したとき、「どこかでお会いしましたっけ?」と少し困惑していた。彼もまた、夢か何かでグラディスを見ていたのかもしれない。あくまで私の解釈だが、グラディスはターゲットを直接操る力の他にも、町の住人の意識に微細な影響を与える力を持っていたのではないか。その作用が、アーチャーに「子どもが失踪した時刻」と「ライフル=武器」を結びつける夢を見せた、という可能性も考えられる。
同時に、この銃のイメージは、北米の観客にとって痛ましい国民的トラウマを想起させるものでもある。(ひとりを残して)クラス全員が姿を消すという惨事。息子を失った父親が見る銃の夢――そのイメージは、アメリカで繰り返される学校での銃乱射事件を否応なく思い起こさせる。国民的トラウマを間接的に喚起する点も、本作が北米の観客に強い印象を残す一因となっているのかもしれない。
三角形のシンボルと数字の6
映画の冒頭で映し出されるタイトル『WEAPONS』には、Oの文字の中に三角形が描かれている。また、グラディスが魔術に使うベルには、三角形と6の数字が刻まれている。これらのシンボルの意味について、クレッガー監督は沈黙を守っている。
この映画が、監督のアルコール依存症にまつわる経験と深く関係していることを考えると、作中に登場する三角形のシンボルは、アルコホーリクス・アノニマス(AA)のシンボルと関係がある可能性が高い。AAというのは、アルコール依存症からの回復を目指す人たちの自助グループである。

アルコホーリクス・アノニマス(AA)のロゴ(中)、AAの典型的なマーク(右)
一方で、グラディスの魔術的な側面から読み解けば、この三角形は魔女術におけるトリプルゴッデス(三相の女神:乙女、母、老婆)、とりわけ老婆(Crone)としてのグラディスを象徴していると解釈できる。あるいは、ユング心理学的な「自分の影との対峙」を意味する、ダークゴッデス(闇の女神)の逆三角形という見方も、作品の根底にあるテーマと合致する。
グラディスのベルには、逆向きの三角形の横に数字の6が刻まれている。6という数字は、新約聖書『ヨハネの黙示録』における獣の数字、すなわち「666」に関係している可能性がある。完全・神性の数とされる「7」に一つ及ばない「6」は、不完全さや人間の罪、悪魔的なものの象徴とされる。
あるいは、先述したAA(アルコホーリクス・アノニマス)が提唱する「回復への12のステップ」の、第6のステップ「6. こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った」とも関係があるのかもしれない。
2:17 という数字
スティーヴン・キングの大ファンであるクレッガー監督は、脚本執筆中に「2:17」という数字が浮かんだとき、無意識に『シャイニング』を参照していたのだろう、と語る。(3) あの女の幽霊が出るホテルの部屋は、キューブリックの映画版では237号室に変えられているが、もともと原作小説では217号室である。また、この数字は失踪した17人の子ども+2人(ジャスティンとアレックス、あるいはグラディスとアレックス)という人数構成とも符合する。
スマッシュヒットとなった前作『バーバリアン』(こちらも観客の予想を裏切り続ける快作だった)に続き、『WEAPONS』が北米興収1億5000万ドル超の大ヒットを記録したクレッガー監督。本国では、現代アメリカン・ホラーの新たな語り手という評価が定着した。監督いわく、これら二作は同じ世界線の物語なのだそうで、この “ザック・クレッガー・ユニバース” における三作目の制作にも意欲を見せている。(4)
いまや引く手あまたの監督は、現在『バイオハザード』のリブート版を制作中で、その後には DCUの『Henchman(原題)』や、オリジナルSF『Flood(原題)』も控えている。『WEAPONS』と同じ世界線のオリジナルなアメリカン・ホラーが観られるのは、もう少し先になりそうだ。
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引用.
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