心眼の地歴譜~白杖と往く、古刹探訪記~第1巻第4話『周山、光厳の孤独と山国隊の銃声』
第4話『周山、光厳の孤独と山国隊の銃声』
花の雲光厳(こうごん)の夢今もなお 慈尼
2022年4月某日
春の陽光が、もはや初夏のそれのような熱を帯びて地表を揺らしていた。四条大宮の喧騒を離れ、JRバスに揺られること一時間余。山道が幾重にも折れ曲がり、車窓の緑が深まると、そこは右京区京北、かつての山国郷の入り口である周山であった。
我々一行が降り立ったのは、春爛漫という言葉がこれほど相応しい場所はないと思わせるほど、花々に埋め尽くされた山里であった。目的地である「常照皇寺」へと向かう。白杖が砂利を踏みしめる音が、深い静寂に吸い込まれていく。貞治元年(一三六二年)、北朝初代の光厳上皇によって開かれたこの古刹は、南北朝の動乱という歴史の荒波に揉まれた上皇が、その寂寥を癒やすために選んだ終焉の地である。
堂内に足を踏み入れれば、そこにはひんやりとした霊気が漂っていた。国重要文化財に指定された阿弥陀如来、観音菩薩の御前で私は静かに頭(こうべ)を垂れた。友の解説によれば、庭には国の天然記念物「九重桜」や、御所から枝分けされた「左近の桜」が今を盛りと咲き誇っているという。私にはその視覚的な美しさは見えないが、微風が運んでくる桜の芳香と、わずかに散り落ちた花弁が頬を打つ感触から、かつて上皇がこの地で愛でたであろう春の情景を鮮やかに幻視した。
光厳上皇は、歴史の渦に翻弄され、皇位を巡る政争に傷つきながらも、この奥深い山里に隠棲し、祈りの中に己を溶け込ませた。彼がこの庭で聴いたであろう鳥の声や、木々のざわめきは、数百年を経た今、白杖を手に立つ私の耳に届くものと、何ら変わりはないはずだ。そう思うと、時空を超えて上皇の孤独と、その果てに見出したであろう諦観が、私の胸に温かく流れ込んでくるのを感じた。
山里の見事な桜の下で、我々は持参した昼食を広げた。桂川の土手に座れば、川のせせらぎが春の調べを奏で、我々の談笑を優しく包み込む。素性法師が古今和歌集に詠んだ「おもふどち 春の山辺にうちむれて」の一節が、まさに今の我々の姿そのものであった。
昼食を終え、我々はさらに田園風景の中を歩み、山国郷の一宮「山国神社」へと向かった。ここは平安時代以来の格式を誇る古社であるが、幕末の歴史においては別の顔を持つ。慶応四年(一八六八年)、戊辰戦争において農兵でありながら「山国隊」を組織し、官軍の先鋒として戦った郷士たちのゆかりの地である。
境内に漂う厳かな空気の中、私は仲間の語る山国隊の奮闘に耳を傾けた。錦の御旗を掲げ、誇り高く京の街を行進した彼らの足音。最新式の銃を手に、時代の転換点に身を投じた若者たちの熱量。その銃声は、今はこの静かな山里の土に深く埋もれているが、白杖で大地を叩くたび、その振動が彼らの志を呼び起こすようであった。歴史談議に花を咲かせながら、我々は近代日本の夜明けに想いを馳せた。
夕刻、周山から再びバスに揺られ、街へと戻る。旅の締め括りは、四条大宮のレストラン「hf.tauta」での懇親会であった。ここは猟師であり農家でもある店主が営む、まさに「命をいただく」場所である。
提供されたのは、店主自らが狩猟で得たジビエや、有機栽培の野菜、旬の山菜やキノコを贅沢に使ったコース料理であった。野生の猪や鹿の肉は、噛みしめるほどに山の滋味が溢れ出し、厳しい自然の中で育まれた生命の力強さを私に伝えてくる。それは、今日私たちが歩いた周山の山々そのものを食しているような、畏敬の念さえ抱かせる味わいであった。
「これは今朝採れたばかりの山菜ですよ」
仲間の言葉と共に、私の皿に添えられる旬の恵み。視覚障害を持つ私にとって、食事のサポートをしてくれる仲間の心遣いは、何よりも尊い調味料である。酒杯を酌み交わしながら語り合うのは、今日の旅の思い出と、そしてこれからの未来のこと。
光厳上皇の静寂、山国隊の轟響、そして大地の恵み。
白杖の先から、そして舌先から、私はこの京北の地が刻んできた重層的な記憶を、全身で受け止めた。歴史とは、決して教科書の中の死んだ文字ではない。今もこの山里に息づき、新緑の香りと共に、私たちの生を豊かに彩ってくれる「生きた鼓動」なのだ。
感謝の念を胸に、私は四条大宮の夜風に吹かれながら、今日という一日を心の中に大切に仕舞い込んだ。次はどの古刹で、歴史の吐息を聴くことになるのだろうか。
