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第26話 古い印鑑

第26話 古い印鑑

机の引き出しを整理していると、古い印鑑が出てきた。
木の持ち手は黒ずみ、朱肉の跡が残っている。
何の印鑑だったのか、すぐには思い出せない。
父のものだった。
そう思い出すまでに、少し時間がかかった。
印鑑を持って、近所の文具店へ行った。
「これ、まだ使えますか。」
店主は受け取ると、底の文字を確認した。
「使えますよ。」
朱肉を付け、紙に押す。
名前が、きれいに浮かび上がった。
私は少し驚いた。
「まだ、こんなにきれいなんですね。」
店主は印影を眺めた。
「印鑑は、名前を押すものですから。」
「それだけですか。」
「それだけです。」
店主は笑った。
「でも、押すたびに、その人が何かを決めたことになる。」
私は黙った。
父が何度、この印鑑を使ったのかは分からない。
家を借りたとき。
何かを買ったとき。
書類を書いたとき。
もしかしたら、私の知らない決断にも使ったのかもしれない。
店主が印鑑を布で拭いた。
「印影は消せます。」
「はい。」
「でも、押したことまでは消えません。」
私は印鑑を受け取った。
帰宅して、引き出しに戻す。
もう使うことはないかもしれない。
それでも、捨てる気にはならなかった。
名前が刻まれているからではない。
その名前で、誰かが何度も決断した跡が残っているからだった。

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