せりふ三題噺 合皮シーグラス将棋
「はい、これ、みきちゃんへのお土産だよ!」
杏子ちゃんは夏休み明けに、合皮の袋に入ったシーグラスを私にくれた。
「良いなあ、杏子ちゃんは。優雅にリゾート?私なんて夏休みは将棋の合宿で忙しかったの」と思わず言った。
「調べないほうがいいよ」
杏子ちゃんはそう言って、少しだけ寂しそうに微笑むと、早足で教室の自分の席へと戻っていった。
「調べないほうがいい」と言われると、かえって胸の奥がざわついた。
手の中にある合皮の小袋は、新品の革のような華やかな匂いではなく、どこか懐かしい古本や潮風が混ざったような匂いがする。
中のシーグラスを取り出してみると、波にもまれて角がすっかり取れ、すりガラスのようになった緑や白の欠片たちが、手のひらでカチリと静かな音を立てた。
その日の放課後、私はなんとなく気になって、合皮の袋の隅に小さく刻まれていた店舗のロゴを検索してみた。
出てきたのは、豪華なリゾート地などではなく、遠く離れた古い港町の名前。
そこは、最近ニュースで「再開発による取り壊し」が話題になっていた、小さな商店街のある町だった。
家庭の事情か、あるいは寂しい理由で、夏休みの間ずっとその町に滞在していたのかもしれない。
私に気を使わせないよう、あえて明るく「お土産!」と渡してくれたのだと気づいた。
角が丸くなったシーグラスを見つめていると、ふと自分の夏休みが重なった。
合宿中、何度も盤上で打ちのめされ、角が取れるほど指し直した将棋の駒。
泥臭く汗をかいていた私と、遠い港町でひとり静かに波の音を聞いていた杏子ちゃん。
翌日、私はもらった合皮の袋を大切にペンケースにしまい、自分の将棋ケースから一番大切にしている「歩」の駒をひとつ取り出した。
「杏子ちゃん、これ」
「え?将棋の駒?」
「うん、昨日のシーグラス、すごく綺麗で嬉しかったから。これ、私の『お守り』の予備なんだけど、交換ね」
杏子ちゃんは驚いたように目を見張り、それからシーグラスのように優しく目を細めて笑った。
「ありがとう。大事にするね」
「調べないほうがいい」と言われた秘密には触れない。
だけど、すり減ったガラスと指し込まれた駒は、言葉にできないお互いの夏休みを静かに繋いでくれた気がした。
※はらとけい様、どうぞよろしくお願いします。
今週のお題
■セリフ
「調べないほうがいいよ」
■三題
・合皮
・シーグラス
・将棋
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