見出し画像

ある先生のひと言で変わった、運動音痴だった私の話

実は、私は小学生の頃から体育の時間が苦手で嫌いでした。
跳び箱、マット運動、ボール投げ、鉄棒、縄跳びなど、苦手な種目を挙げればきりがありません。

先日、アラカンいんこさんの記事を読み、ふとこの苦い思い出が蘇ってきました。
通信簿の体育の成績は常に3と2を行き来する状態でした。

ただ、一つだけ例外がありました。それは短距離走です。マラソンは嫌いで遅かったものの、短距離では一着、たまに二着でゴールを切ることができました。
また、水泳も最初は苦手でしたが、夏休みになると、同じ公務員アパートに住む一学年上のお姉ちゃんたちとプールに通うようになり、親切な彼女たちに息継ぎのコツなどを教わったおかげで、ある程度泳げるようになりました。

しかし、長年抱えてきた跳び箱やマット運動の壁は、なかなか乗り越えられずにいました。

そんな中学三年生の体育の授業中、担任でもあった体育の先生が、何度やっても上手く跳び箱もマット運動もこなせない私に、突然こう問いかけてきたのです。
「もしかして、あなたは左利きなのではないか?」まさに図星でした。

元々左利きだった私は、幼い頃に「皆と同じにようにする」と、誰に言われるでもなく、自分で鉛筆やハサミを持つ手を右手に変えたのだそうです。
そのおかげか、今ではハサミや包丁などは左右どちらの手でも同じように器用に使うことができます。

ところが、私の脳内では左利きとしての傾向が残っており、それが体育の際の足の踏み切りを上手く機能させない原因になっていたらしいのです。

先生にその可能性を指摘され、試しに踏み切りの足を左利き用の動きに切り替えてみたところ、驚くほどわずかですが、それまでよりは上手く体が動くようになりました。

高校生になると、跳び箱やマット運動の授業はなくなりました。
軟式テニスが授業であったことは記憶に残っています。

この経験を通じて、私はある確信を持つようになりました。体育が苦手な子どもどもたちの影には、実はまだ発見されてなくて「才能のヒント」や「身体的な特性」が隠れているのかもしれない、と。
指導の上手い先生が、その子の様子を詳しく、根気強く観察することで、私の時のような何らかのヒントが必ず見つけられるのではないか、と心から思うのです。




連続投稿49日目

いいなと思ったら応援しよう!

小杉かほり よろしければ応援お願いします。 いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。