『顎』 第三話「杖と銃」
第三話
石造りの明るい部屋に、二人の男が佇む。
光源は、宙に浮いた光る球体だった。
部屋には簡素な卓と椅子が備え付けられている。
湿った石と古い木材の臭いが微かに漂う。
卓に向かい、不快そうな表情を浮かべる赤衣の魔術師の向かいには、若い魔導機士がにやけ顔で、木製の椅子を軋ませながら足を組み直していた。
椅子から木屑が剥がれ落ちる。
魔術師が、つば広のトンガリ帽を被り直し、左手に握った捻れた杖で床を軽く三度叩く。
卓の上に、半透明の黒猫が現れる。
魔導機士は、革製のコートの内ポケットから大きめのコインを取り出し、卓に放った。
コインの中心から、中指程の大きさの半透明なエルフの女性が浮かび上がる。
魔術師が立てた右手の人差し指の先に、小さな炎が灯る。
魔導機士の左手に収まっている、得物の銃を模した小さな火口道具の先から青白い炎が、音を立てて噴出する。
咥えた葉巻に近づけ、煙をふかす。
魔術師は、ポーチから紫の粉を摘み出し、床に撒く。
小さく厚みのある三つ葉を口に含み、粉に向かい息を吹きかける。
粉の中心に蝙蝠の羽と槍状の尾を持った小鬼が現れる。
疲労に沈んだ口許だけが、僅かに勝ち誇っていた。
魔導機士は、魔術師が魔法を行使するたび指先を擦るのを冷淡に視ていた。
魔導機士が床に放った金属製の円盤が、カシャカシャと音を立てて別の形へと変わっていく。
やがて不格好な人形となり、卓の周りを動き始める。
「技術屋!貴様の珍妙な手品なんぞ、断じて魔法とは、ワシャ認めんぞ!」
「老師殿。そろそろ若い技術というのも認めなされ」
目の前の卓に両手を叩きつけ、怒鳴る魔術師に煙を吹きかけ、魔導機士が愉しげに応える。
突如、部屋に鈍い音が響き、揺れが襲う。
魔導機士が、石造りの飾り気がない壁に視線を向ける。
「ええい、騒がしい!
ともかく、そんなものは崇高な魔術体系とは程遠いわ!
魔法を天賦の才などと宣う妖術師どもと大して変わらん。まったく」
魔導機士は苦笑し、諭すように語る。
「高度な技術は、魔法と変わりはしませんよ」
宙に浮いた球体だけが二人を見守っている。
二人の討論は続く。
断続的な揺れも、続く。
木製のドアが、勢いよく開いた。
リードランナーの盗賊が怒りの形相で飛び込んでくる。
「アンタら。いったい、いつまでやってンの!
戦闘中に討論すンなって、あれだけ言ってンだろ!」
二人は揃ってドアの外へ視線を向ける。
回廊の先で、戦士が手足の長い毛むくじゃらの怪物に組み付いていた。
「まだ保っとるな」
隣で、魔導機士が頷く。
「よく見なよ!何処が、なンだよ!」
部屋の外では、三人の冒険者が血まみれの戦いを繰り広げていた。
「やれやれ、まともに討論も出来やせん。
トロールなんぞ、ワシの『火球』で消し炭にしてやるわ」
魔術師が鼻を鳴らし、つば広帽を被り直す。
「老師殿。無理は禁物ですぞ。
かわりに私の作品で仕留めてやりましょう。
おとなしく『加速』でもかけておきなさい」
魔導機士は煙を吐き、葉巻の灰を床に落とした。
仲間の戦士から、急いで戻ってこいと怒号が飛ぶ。
魔術師と魔導機士が揃って顔をしかめる。
怒号に、リードランナーが僅かに身を竦めた。
リードランナーの鼻が、ぴくりと動いた。
一瞬、周囲を見渡し、すぐに二人に向き直る。
「アンタら、街に戻ったらまた説教だかンな!」
リードランナーを先頭に、二人も部屋を飛び出した。
回廊に、僅かに泥の匂いが混ざった。
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三階層 西側。
書きかけの地図を広げ、ハルトは周囲を見渡した。
僅かな泥の匂いと共に、遠くから爆発音が小さく聞こえる。
「オラン。何処かで、別の冒険者たちが戦っているみたいだ」
「そうだな」
いつもの、短い返答。
代わりに、少し汚れが目立ち始めた出で立ちのハルトを、ミリノアがからかう。
「あの音、聞こえるんだ。
だいぶ、らしくなってきたじゃない?
教え方が良いからかしらねぇ」
「いつも、死ぬ目に遭わせておいて、よく言うよ」
ハルトの苦言に、ミリノアが肩をすくめる。
遠くで、もう一度爆発音が響いた。
ハルトは地図を丸め、三人は再び暗闇の先へ歩き出した。
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