サングリア|STRAY SHEEP
彼女はスマホを眺めていた。
『少し時間ある?』
美咲からだった。
『あるよ』
そう返すと、
『いつものところ行こ』
と返ってきた。
彼女は少しだけ笑った。
二人がよく行くカフェ。
大学時代から通っている、小さな店。
卒業してからも、よく二人で会っていた。
仕事の愚痴を言ったり。
くだらない話をしたり。
何時間も話して、最後にはいつも、
「またね」
と言って別れる。
ずっと、それだけだと思っていた。
「ねえ」
美咲が、いつもより嬉しそうに言った。
「私、結婚するんだ」
彼女は一瞬、戸惑った。
「……え?」
「昨日プロポーズされたの!」
美咲が笑う。
「おめでとう!」
ちゃんと言えた。
でも、思ったより勢いづいた。
「ありがとう」
美咲は嬉しそうだった。
「一番に言いたかったんだ」
その言葉を聞いて、なぜか胸がチクリとした。
「そうなんだ」
「うん」
「そっか」
彼女は笑った。
「美咲が選んだ人なら大丈夫」
「ありがとう」
美咲は本当に嬉しそうだった。
幸せになってほしいと思った。
ずっと大切な友達だから。
でも胸に小さなトゲが刺さったみたいだった。
美咲と別れたあと、彼女は一人で歩いていた。
恋人からメッセージが届いく。
『何時くらいに帰る?』
付き合って三年になる。
優しい人だった。
風邪を引いた時には、仕事帰りに薬を買ってきてくれた。
誕生日には、何気なく話した欲しいものを覚えていてくれた。
この人と結婚すれば、
たぶん幸せになれるんだろうな。
そう思っていた。
なのに。
美咲の結婚を聞いて、今、胸が痛んでいる。
「なんで」
足を止める。
「なんで」
なぜこんなに苦しいのか。
自分でも分からなかった。
ただ、美咲の笑顔が頭から離れなかった。
「……私、嫌だったのかな」
そこで、ようやく気づいた。
「私…」
言葉が続かない。
認めてしまえば、何かが変わってしまう気がした。
気がつくと彼女は家を通り過ぎていた。
時間を稼ぎたかったのかも知れない。
ふと顔を上げると、
看板がある。
「STRAY SHEEP」
と書かれていた。
なぜか、この店を知っている気がした。
でも、思い出せない。
少し迷ってから、扉を開けた。
カラン。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥に、若い店主がいた。
「あの、えっと」
「どうぞ」
彼女はカウンター席に案内された。
「何になさいますか?」
メニューを眺める。
気がつくと美咲が好きなカクテルを口にしていた。
「サングリアを」
「かしこまりました」
店主は果物を漬けた赤ワインをグラスに注ぐ。
シロップを入れステアする。
氷を入れる。
オレンジ。
リンゴ。
ブルーベリー。
いくつかの果物を入れる。
ソーダをゆっくり注ぐ。
最後にミントをあしらえた。
「どうぞ」

彼女はグラスを受け取った。
一口飲む。
甘酸っぱい。
果物の香りが、口の中に広がる。
「美味しい」
「ありがとうございます」
彼女はグラスを眺めた。
しばらく黙っていたが、
ぽつりと言った。
「友達が結婚するんです」
「それは、おめでとうございます」
彼女は少し笑った。
「ちゃんと、おめでとうって言えました」
「ええ」
「幸せになってほしいんです」
店主は何も言わない。
彼女はグラスを握った。
「でも…」
言葉が止まる。
「結婚してほしくなかった」
店主はグラスを磨いている。
「変ですよね」
「どうしてです?」
「だって」
彼女は俯いた。
「私にも恋人がいて」
「はい」
「たぶん、この人と結婚するんだと思います」
彼女は少し笑った。
「私のことを、ちゃんと大切にしてくれる」
だからこそ、余計に苦しかった。
「なのに今日、美咲が結婚するって聞いたら…」
そこで、彼女の名前を口にしていた。
「知らない人と幸せになるって聞いたら…」
彼女は言葉を探した。
「嫌だったんです」
店主は何も言わない。
「私、最低ですよね」
「どうしてです?」
「分からないんですか?」
「ええ」
「私、美咲のことが好きだったみたいなんです」
口にしてしまった。
言葉にした瞬間、トゲが胸の奥に食い込んだ。
「今日まで気づきませんでした」
「そうですか」
「いや気づかないふりをしていたのかも」
彼女は笑った。
少し間を置く。
「でも…変ですよね」
「そうでもないと思いますよ」
彼女は少し驚いた。
「否定しないんですね」
「矛盾してるでしょ?」
「ええ、でも、それだけです」
彼女は思わず笑った。
彼女はサングリアを口に含む。
甘酸っぱい。
さっきよりも、味が複雑に感じた。
「サングリアって」
「はい」
「最初から、こんな味なんですか?」
店主は少し考えた。
「すぐ飲むのと、時間を置いて飲むのでは違います」
「へえ」
「果物の味が、少しずつワインに移りますから」
彼女はグラスを見た。
宝石のような果物がいっぱい。
「色々入ってる」
「ええ」
彼女の中にも色んな気持ちがある。
自分の恋人を大切に思う気持ち。
美咲の幸せを願う気持ち。
それでも、
結婚してほしくないと思う気持ち。
どれ一つ嘘というわけではない。
全部、本当だった。
「……難しいですね」
彼女が言う。
「何がです?」
「人の気持ちって」
店主は少しだけ笑った。
「そうですね」
それ以上、何も言わなかった。
彼女はスマホを取り出した。
恋人からのメッセージ。
『何時くらいに帰る?』
少し迷って、返信を打つ。
『今日は少し遅くなると思う』
送信。
それから、美咲とのメッセージを開いた。
『結婚式、絶対来てね』
それに返信する。
『楽しみにしてる』
送信。
彼女はサングリアを飲み干した。
「帰ります」
「はい」
会計を済ませる。
扉に手をかける。
「ありがとうございました」
彼女は振り返った。
「美咲、幸せになれるといいな」
店主は、少しだけ笑った。
「そうですね」
カラン。
夜道を歩く。
しばらくして、彼女は立ち止まった。
後ろを振り返る。
そこには、いつもの夜道しかなかった。
「え?」
彼女は小さく笑った。
そしてスマホを見る。
恋人から、
『気をつけて帰ってきてね』
と届いていた。
彼女は、
『ありがとう』
と返信した。
そのまま、しばらく画面を眺める。
自分がこれから、誰と生きていくのか。
まだ分からない。
美咲に、この気持ちを伝えることもないだろう。
伝えたところで、美咲は困るだけだ。
だから、この気持ちは、
自分の中にしまっておく。
それでも昨日までとは違う。
自分の感情を理解してしまった。
甘い気持ちも。
酸っぱい気持ちも。
苦い気持ちも。
どれも本物だった。
サングリア
サングリアは、
ワインに果物や甘味などを加えて作るカクテルです。
ワインをベースに、
好きな果物を入れる。
お好みでシロップやソーダを入れると飲みやすくなります。
作り方は、とてもシンプル。
ワインに果物を加えて、
少し時間を置く。
すると、果物の香りや甘みが、
少しずつワインに移っていきます。
最初は、それぞれ、別々の味です。
でも、時間が経つと、少しずつ混ざっていく。
そして、最初にはなかった味になる。
私は、人の気持ちも同じだと思います。
好き。
寂しい。
幸せになってほしい。
でも、自分のそばにいてほしい。
そんな、
一見すると矛盾している気持ちが、
同時に存在することがあります。
どれかが嘘なのではなく、どれも本当。
もし今夜、
整理できない気持ちを抱えているなら。
サングリアを一杯。
どうぞ。
今夜も、良い時間を。
まるのひとこと
さて今回は↓こちらの「しりとり企画」に参加させていただきました。
エッセイということなので、
今回は実際に相談を受けたことがある実話をベースにしてます。
詳細はマイキー🐣さんの記事をご覧ください↑
バトンを受け取ったのは佐藤さんからです↓
↑こちらの記事も佐藤さんの人柄が出てて面白いです。
そして!
どなたにバトンを渡すかですが、私の渡せそうな人は大体バトン渡ってるっぽいので1名だけにします。
「しゃくたにしゃくおさん」です。
個人的に普通に読んでみたいってだけなので、
忙しい、ブランディングに合わないのであればスルーしてください。
「さ」から始まって、
サングリアbyストレイシープなので
次は「ぷ」ですね。
STRAY SHEEPでは、
今夜も迷える誰かが、一杯のお酒を飲んでいます。
もしふと見つけた際は、どうぞお立ち寄りください。
こちらは他のカクテルのメニュー表です。
あなたのお気に入りの一杯を見つけてください。
メニューにない場合はコメントにてオーダーを受け付けております。
