名もなき島のティンティン(10502字)
一
ティンティンは、名もなき島の一番高い場所になる、岩の上から海上を眺めていた。
海中から潜水艦がひょっこりと現れて、その中からヒューマン・ラストの大幹部が、この島にやって来る予定になっていたのだ。
ティンティンの腰には、猛禽類がデザインされたチャンピオンベルトが巻かれていた。
ベルトを持っているが、ティンティンは格闘技関連の選手では無く、身内や先祖が格闘技関連選手だったという訳でも無い。
このベルトは、ティンティンが別の国に居た時に、当時は環境保護団体であった、ヒューマン・ラストという組織の一員になった記念に貰ったものである。
組織の一員になったからと言って、特に活動を行う事も無かった。
この島で生活しているのは、ティンティンのみであった。
たった一人の肉親であった母親は、ティンティンが十五歳になる前に、熱病で亡くなった。
それからは、ティンティンは一人で、名も無き島で生きて来た。
遠くに船が見える事もあるが、この島へは絶対に近づかなかった。
ティンティンは、三歳の頃から、石を投げてアホウドリを倒し、銛で魚を突き殺して、海藻や貝を取り、貴重なたんぱく源を確保していた。
ある日、ティンティンが小舟で魚を獲る為に海に出たら、沖に出たところで嵐に巻き込まれて、小舟は付近の大陸まで流された。
岸に上がったのは良いが、見た事も無い風景が、ティンティンの目の前に広がっていた。
忙しく動きまる人達は、明らかに自分よりも立派な服を着ている。
人々が話している言葉は判ったが、母親が亡くなって数ヶ月以上も言葉を話すことが無かったティンティンは、その人達に挨拶も出来なかった。
ティンティンが着ていたのは、端切れを使用したパッチワークのブラとパンツのみであった。
こんな格好をした者から言葉を掛けられたら、あの人達は気を悪くするのでは無いだろうか。
臭いと言われて、怒られるかもしれない。
寝不足や空腹で、思考回路が停止しそうになっていたティンティンは、誰にも助けを求められずに困る事しか出来なかった。
その時に、賑やかな音楽が聞こえて来た。
それは、幼い頃に聞いた覚えのある音楽だった。
ティンティンが、その方向へ歩いて行くと、広い敷地内に更に立派な服を着た人達が、豪華な料理を前にして、楽しそうに話をしていた。
それは、海岸沿いにある大きな会場を使った、環境保護団体が主催する親善パーティーであった。
ティンティンは、落ちている腕章を拾って、美味しそうな匂いを振り撒いている、その優雅な状況を眺めていた。
パーティー会場の主催している広報責任者が、ティンティンを見つけて声を掛けた。
「あなた、こんな所で何してるの? その衣装は踊り子さんなの? じゃあ、早くステージに上がって」
ティンティンが拾った腕章は、パーティーのスタッフが付ける腕章だったので、サボっているスタッフが居ると勘違いされたのだ。
広報責任者に連れられ、ティンティンは会場内に入った。
周りのお客さんは、珍しそうにティンティンを見ている。
恥ずかしかったが、ティンティンは逃げる事も出来なかった。
その会場内には、着飾られたマスコットが立っていたが、マスコットと言うよりも、妖怪に近い姿をしていた。
「ブビビビブビビビ」と唸るだけで、体を震わせている妖怪マスコットに注目している者は、誰も居なかった。
ステージでティンティンを待っていたのは、三流の仕事しか出来ない楽団であった。
三流の仕事とは、安い報酬で、下手な演奏を、聞く気も無い観客に聞かせる仕事であった。
それでも、指揮者のウドンスキーの仕事に対する情熱は一流だった。
過去に、有名なオーケストラで指揮者をした経験もあるウドンスキーであったが、指揮者としての技能は優秀だったが自分を売り込む能力に乏しかったので一流の仕事には恵まれなかった。
そんな訳で、ウドンスキーは年老いても三流の仕事をしていたのだ。
今日のお客さんは、全員が金持ばかりだな。
料理と会話に夢中で、演奏は邪魔にならない程度で十分だという認識だな。
オーケィだ。耳障りにならない様に最適な演奏を聴かせよう。
ウドンスキーがそう考えていたら「踊り子さんが到着したから、よろしく」と、主催責任者が言って、ステージ上にティンティンを残していった。
踊りに合わせて演奏するなんて、そんな話は聞いていない。
ティンティンも、ステージに置き去りにされ、戸惑っていた。
そんな状況でも、ウドンスキーは慌てなかった。
「オーケィだ。急なアドリブを要求されても、応えるのがプロってもんだ。お嬢さん。派手な演奏で踊って貰おうか」
ウドンスキーは身振り手振りで、ティンティンに踊る様に伝えた。
ティンティンも、ウドンスキーの意図を理解した。
でも、ティンティンが踊っていたのは、幼い頃であった。
母親が喜んでくれるので踊っていたから、目の前に居る大勢の人達を満足させる様な踊りなんて、とてもじゃないが出来ないと、ティンティンは思った。
なので、無意識で踊ろうと思った。
そうすれば、踊りの精霊が自分の為に、降りて来てくれるかもしれないと思ったのだ。
だが、ティンティンに降りてきたのは、今まで殺してきたアホウドリや魚達の怨念だった。
ウドンスキーのタクトに合わせて、アップテンポな演奏が始まった。
マンボのにぎやかな演奏が、会場内に響き渡る。
演奏と同時にティンティンは動き出すが、野生的本能が炸裂したその動きは、最早、踊りと認識できない程であり、とてもダンスには見えなかった。
演奏と動きとは、全然噛み合わなかった。
これはアートなのか? 先鋭化したアートなのだろうか?
客席の皆さんは、理解不可能な動きをするティンティンに対して、突っ立ったまま凝視していた。
「オーケィだ。あんたは、自分の踊りのスタイルは絶対に変えない主義なんだな。それなら、俺達があんたの踊りに合わせてやるぜ。お嬢さん。プロをなめるんじゃねえぜ」
ウドンスキーは、更に演奏のテンポを上げた。
痙攣で痺れている様にしか見えないウドンスキーの動きに、演奏者達は必死で付いていった。
音楽としては破綻していたが、ティンティンの踊りと演奏のテンポがシンクロし、パフォーマンスとしては成立していた。
客席の皆さんは、目の前で繰り広げられている、不思議な光景に意味も判らず感動していた。
踊り終えると、観客の皆さんから大拍手が起こった。
広報責任者も、大きな拍手をしていた。
妖怪マスコットも拍手をしていた。
客のリクエストに応えようにも、楽団員達は全員が酸欠状態で動けなかった。
ウドンスキーとティンティンは、互いに無事に仕事が出来た満足感を感じて、しっかりと握手した。
パーティーも終了し、お客さんも全て居なくなり、広報責任者が会場スタッフ達にねぎらいの言葉を掛けた。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。パーティーを主催したヒューマン・ラストでは、メンバーを募集しています。今、メンバーになれば組織の幹部になる可能性が非常に高いです。どうか、このチャンスを逃さないように」
必死で勧誘していたが、スタッフ達は、そんな訳の判らない組織に興味が無かったので、賃金を貰うと足早に会場から消え去った。
残っていたのは、相変わらず突っ立っているだけの奇抜なマスコットと、客の食べ残りを口いっぱいに含んでいたティンティンだけであった。
ティンティンは、報酬は要らないから島に返して欲しいと、広報責任者に頼んだ。
広報責任者は、働いたのに報酬を払わない訳にはいかないので、報酬を渡した上でティンティンを島まで届けると約束してくれた。
ティンティンは、その親切に感謝して「何か、私でお役に立てる事はありますか?」と言った。
広報責任者は「良ければ、組織の一員になって欲しい」と言ったので、ティンティンは訳が判らない組織に入る形になった。
誓約書みたいなのにも名前を記入し、ティンティンは猛禽類がデザインされたチャンピオンベルトを受け取った。
珍しい事に、潜水艦に常時乗っているヒューマンラストの首領が、名も無き島の場所を知っているので、自分が島までティンティンを送ると広報責任者に言った。
首領は常時、紫の頭巾とマントを被っており、その素顔を誰にも見せず、広報責任者以外の者と話す事もしなかった。
潜水艦に人を乗せるのを、あれほど嫌がっていたのに何を考えているんだ?
ティンティンの踊りが評判だったと聞いて興味を持ったのか?
潜水艦に引き籠ってばっかりだから、娯楽に飢えてるのだろうか?
広報責任者は首領の行動を訝しんだが、次のパーティー会場の準備もしなければいけないので、送迎を首領に任す事にした。
「判ってるよな? ちゃんと、ティンティンさんを島まで届けるんだぞ。後で確認するからな。適当な真似するんじゃないぞ。自分から送迎するって言ったんだから、しっかりとやれよ。お前、本当に判ってるんだろうな?」
広報責任者は、何度も首領に念を押した。
首領は、カクカクと頷いていたので、理解はしているみたいだ。
潜水艦に乗り込むティンティンに、広報責任者が声を掛けた。
「あいつ(首領)の事は相手にしなくて良いですから。ティンティンさんが思っている以上に変な奴ですから」
そう言われても、ティンティンは挨拶をしない訳にはいかなかった。
今回の経験で、積極的に人と関わっていかないと駄目だと痛感していたからだ。
潜水艦はティンティンを乗せて、名も無き島に向けて出発した。
潜水艦の操縦室内には、操縦を担当している妖怪マスコットと、偉そうに車椅子に座った首領が居た。
ティンティンは、勢いよく操縦室の扉を開けて、首領達に元気に大声で挨拶をした。
「はい。ティンティンです。皆様には大変感謝してます」
首領や操縦していた妖怪マスコットは、驚いてビクッとなった。
ティンティンは送迎のお礼として、狭い操縦室で踊りを披露した。
その破壊的、いや、破滅的な動きに圧倒され、首領も妖怪マスコットも固まったままになっていた。
あっという間に島に到着すると、ティンティンは礼を言ってサッサと下船した。
その直後に、潜水艦が沖から砲撃を受けた。
名も無き島は、元々、三ヵ国が領土を主張していた島だったが、共同で監獄を作って管理する事になったので、それぞれの国での呼び名を廃止して「名もなき島」という名称で統一する形になっていた。
そして、海域を守る三ヶ国は、この島へ他国が侵入するのを、絶対に許さなかったのだ。
潜水艦は砲撃した戦艦と暫く交戦を行っていたが、敵の数が増えて来たので、全速力で海域から逃亡した。
以降、潜水艦が名も無き島へ来る事は無かった。
それから数年後、ヒューマン・ラストは妖怪マスコット達(実は首領が生み出した怪人)を使って、全ての人類を奴隷にしてしまった。
人類の数は随分と減ってしまったので、元々、オセアニアと呼ばれていた地域の大きな島に集められる形になった。
そんな具合に人間世界は、どえらい事になっていたのだが、離れ小島に住んでいる、名もなき島には何一つ情報が伝わらなかったので、ティンティンの生活に変化は無かった。
そして、ヒューマンラストの命を受けて、人類が集結させられた大きな島から、名も無き島に使者が来た。
使者は、ティンティンに世界がヒューマン・ラストに支配されて、生き残った人類は大きな島に集約される形になった事を伝えた。
そして、ヒューマンラストの怪人達を束ねる大幹部が、近いうちに名もなき島に来島するので、歓迎するようにと言われた。
怪人は言葉が話せないのだが、大幹部は会話が出来るそうだ。
だが、大幹部は気に障ることがあれば、怪人でも容赦なく処刑するので、言葉遣いには注意しろと言われた。
ヒューマンラストの首領は、潜水艦の生活から地下シェルターでの生活になり、首領の命を受けて大幹部が潜水艦で、各地の予定進行状況を確認して回っていた。
どういった目的で、大幹部がこの島に来るのかは判らなかったが、歓迎しようにも、この島で客をもてなすなんて無理な話であった。
ヒューマンラストの首領なら、ティンティンも知っていたが、大幹部という者が居たのは知らなかった。
自分も働く事になるだろうけど、ちゃんと仕事が出来るだろうか?
様々な疑問が、ティンティンの頭の中に浮かんだが、全て大幹部に聞けば判るだろうと思って、何時も通りに眠りについた。
二
それから数日後に、大幹部を乗せた潜水艦が名もなき島に着岸し、ハッチの中から、これまた凶悪そうな怪人達が島に降り立った。
しかし、その怪人達を見たティンティンは恐怖よりも、懐かしさを覚えていた。
以前、パーティー会場に居た妖怪マスコットと、全員が同じ様な姿で、同じベルトを巻いていたからだ。
最後に潜水艦から、無駄な程、恐怖のオーラを纏った大幹部が、ゆっくりと降りて来た。
それでなくても強そうなのに、ピストルの様な物まで大幹部は携帯していた。
怪人達は整列して、大幹部の為に道を作っていた。
ティンティンは挨拶をしなければと思い、大幹部の前へ猛ダッシュで駆けて行った。
怪人達が大幹部を守るべく、ティンティンの前に立ちはだかる。
大幹部は、構わないと手首を垂直に上げて、怪人達を下がらせた。
大幹部はティンティンの前に立つと、急にフレンドリーになった。
「本当に久しぶりです。ティンティンさん。お元気そうで何よりです。以前にお会いした時は、広報責任者でしたが、今は大幹部という肩書で働いています。お送りした時に島での情報を聞いていれば、こちらに物資を順次送れたのですが、あの時はアホウ達しか潜水艦に乗っていなかったので、本当に申し訳なかったです。おい。お前ら、もう潜水艦に戻って予定通りに作業しろ」
そう言って、凶悪そうな怪人達を潜水艦に戻した。
ティンティンが住む元監獄の一室で、大幹部と二人で話をするつもりだったが、大幹部の身長が高すぎたので、元監獄前にあるベンチで話をする形になった。
別の怪人が、荷物を置いて潜水艦へ引き上げたタイミングで、ティンティンが、大幹部に話しかけた。
「怪人になられたんですね。大出世されて、おめでとうございます」
「そんなに偉く無いけど、偉そうに見せなくちゃいけないんで、大変ですよ」
「お口に合わないと思いますが」
そう言って、ティンティンが汲み置いた雨水を、樹脂製の容器に入れて大幹部に差し出した。
大幹部は両手で容器を受け取って、雨水を飲んだ。
「私も、奴隷としてどちらかで働くのですよね?」
ティンティンの質問に対して、大幹部が質問で答えた。
「この島の人は、全員で何人居るんですか」
「私だけです」
「それなら、このまま島に残って貰って結構です」
「働きに行かなくて良いのですか?」
「奴隷は足りているので、心配ご無用です。それに仕事と言っても、使わなくなった建物や住宅から、使えそうな物を選別して保管するのと、食料生産に関わる仕事だけですから、人手は足りているんですよ」
ティンティンが恐縮しながら言った。
「他の人が働いているのに、申し訳ないです」
「いえ、ティンティンさんは特別です。ティンティンさんは、一桁の隊員ですからね」
そう言って、大幹部はティンティンのベルトを指さした。
ティンティンのベルトには、ゼロが十個の後に9番と刻印されていた。
大幹部はヒューマン・ラストの設立メンバーだったので、そのベルトには、ゼロが十個の後に2番と刻印されていた。
因みに、1番は首領である。
奴隷と違って、幹部は怪人となりヒューマン・ラストのベルトを着用する決まりになっており、怪人化されずにベルトを所有しているのは、地球上でティンティンだけであった。
「ティンティンさんの様な、奇特な方達のお陰で、組織も大きくなったんですから。労働が免除されるのは当然ですよ。それに奴隷達には優秀であれば、この島の様な生活が出来ると言ってやれば、労働に励む者も出ると思いますので、特別な存在も必要なんですよ」
「私で役に立つ事があれば、何でもしますので言って下さい」
「ティンティンさんは、誰もなってくれなかったヒューマンラストの会員になってくれたじゃないですか。それに、あんなに素晴らしい踊りが出来る、プロのダンサーじゃないですか」
「いえ、私は鳥や魚を獲る事しか出来ないんです。あのダンスはオーケィさん達のお陰で成立したんです」
ティンティンは、自分にダンスの才能があるとは思っていなかった。
ステージでの体験は、神様(何の神様かは不明)が、一度だけ私に与えてくれた、素敵なプレゼントだと、ティンティンは思っていた。
大幹部は、自分に会った者達が必ず言うセリフを、先にティンティンに聞いた。
「お望みであれば、怪人にならなくても幹部になる事も出来ますよ」
「とんでも無いです。そんな事は望んでいませんので」
「そんな事を言ったのは、ティンティンさんだけです。他の隊員達は、ヒューマン・ラストが世界を征服したら、自分も幹部にしてくれと言って来ました。権力を持っていた者は、奴隷になっても権力を欲しがるみたいですね。幹部になるには怪人に改造されないといけないんですよ。怪人になったら人間よりも腕力が強くなり特殊能力も得らるんですけど、自我も無くなり、人間よりも寿命が短くなるんですよ。それでも、人間は権力が欲しいみたいです。なりたいと言っても、怪人化は首領が弱っているので、もう無理なんですけどね」
「私は、少しご一緒しただけで、首領さんの事は良く判らないんですけど、体調が戻る事を祈っています」
人類の全てが、首領の事を恨んでいるはずなのに、ティンティンが首領の状態を心配しているのが、大幹部にとって不思議だった。
「あんな奴の事なんて心配しなくて結構ですよ。かなり悪い奴ですから。ティンティンさん。パーティー会場にマスコットみたいな怪人が居ましたよね」
「ブビビビブビビビさんですね」
「そうです。あの怪人も十四日しか生きられませんでした。怪人になって能力を発揮すると体への負荷が増大するので、活動した分、寿命が短くなるのです」
「亡くなられたんですね。ブビビビブビビビさん」
「仕事はちゃんとこなしてくれました。彼らも一桁隊員で、ヒューマン・ラストからすれば功労者ですよ」
「大幹部さんは自我がありますよね。首領さんにもあるんですか?」
「怪人にされた者は、首領の操り人形になって自我は無くなるんですけど。首領も私も自我はあります。なので、こうして話も出来るんです。私の場合は、首領から怪人になる様に頼まれたので、怪人になったんですけどね」
「大幹部さんが自分から怪人になったのは、首領さんとの信頼関係があったからですか?」
大幹部は、そうじゃないと言いたげに手首を振った。
「信頼はしてないけど、あんな奴でも母親は母親だから仕方ありませんよ。それと、ここでは自給自足で生活していたと聞いていたので、食料も毎日届けさせますから」
「仕事もしていないのに、悪いですよ」
ティンティンは、そう言いながらも、パーティーで食べた料理を思い出して、口から涎が出そうになっていた。
「いや、奴隷の食事は同じ場所(職場・介護施設)で一緒に摂らせる様にしているので、料理を作る手間は一緒です。奴隷には寿命まで元気に働いて貰わないと困るので、体に悪い食べ物は一切作りませんから安心して下さい」
「これから、食べ物の心配をしなくて良いのは助かります」
そこで、大幹部は思い出した様に、ティンティンに話し出した。
「良く育つ植物があるので、これを大規模栽培しようと考えています。試食をティンティンさんにお願いしたいのですが、宜しいですか?」
大幹部は、そう言って、アルミホイールに包まれた紫色の皮の植物を、ティンティンに渡した。
それは、サツマイモという、ポコポコと出来る植物を蒸したものであった。
島には食べられる植物は無かったので、植物には不味いという印象しかもっていなかった。
ティンティンは、その紫色で蔓が出ている物を見て、どうしようかと迷った。
「大幹部さんは、食べられないんですか?」
「怪人は、豆を絞った液と太陽さえあれば大丈夫なので」
「そうなんですか」
食べたくないと言えば失礼に当たる。
ティンティンは、そのサツマイモを少しだけ千切った。
中は、白く甘い香りがした。
ティンティンは、上品そうに見える様に、手で口元を隠しながら、サツマイモを一口食べた。
余りの美味しさに、ティンティンは鼻水が出てしまったので、隠していた手で拭きながら、グルメリポートを始めた。
「ひゅごく、おいひいです。ひゅごいです」
「ティンティンさん。ゆっくり食べて下さいね。喉に詰まる事がありますので」
ティンティンが、サツマイモをむさぼり食っている様子を見ながら、大幹部は思った。
甘味の少ない食事を摂っているだろうから、喜んで貰えると思っていたが、これ程とは思わなかった。
ティンティンさんの食事には、サツマイモを多めに入れる様に、指示しておこう。
ティンティンが無事にサツマイモを食べたのを確認してから、大幹部が話し出した。
「それと、ティンティンさんもお年頃なので、奴隷の中から優秀な男を何人か恋人候補に選定します」
急にそんな事を言われて、ティンティンは顔が赤くなった。
「お忙しいのに、そんな、申し訳ないです」
「気になさらないで下さい。あっちこっち回るのが私の仕事ですから。ティンティンさん。何か恋人候補にご希望はありますか?」
「いえ、そんな事になるなんて、思いもしなかったので」
「では、私に任せて貰えますね」
「はい。お願い致します」
「それと、ティンティンさんはダンサーだと思っていたので、服をプレゼントに持って来ました」
ティンティンは、大幹部が持って来てくれた包みを開けた。
包みの中には、ティンティンのサイズに合った服や副装品が沢山入っていた。
服はシックなものから、ステージ用の派手目の服まで、色々な種類が入っていた。
自分に踊りの才能があるとは思っていなかったが、こんな衣装を着て、もう一度ステージに立てるなら、どれ程、嬉しいだろう。
大幹部は笑顔で会話していたが、頭の中ではティンティンの安全を確保する方法を思案していた。
怪人という支配者が居なくなれば、また、人類は地球環境を破壊するだろう。
それに、大規模な抗争も行うはずだ。
暴力行為を行う人間は、血の気が多いと判断して、ヘロヘロになるまで献血をさせているが、それでも、暴力行為を行う人間の数は減らない。
だけど、地球にとってガン細胞である人類も、その地球から生み出されたものだから、その人類に地球環境が破壊されるのであれば、それは地球の運命なのかもしれない。
そう考えれば、ヒューマンラストが行った行為は、地球が環境破壊される速度を、一時的に止めただけの役割だったのかもしれない。
そもそも、人間が地球環境を守ろうと考えるのが、驕った考えなのだ。
それよりも、この島が怒りの感情に囚われた人間や、自然災害の影響を受けないようにしなければいけない。
そうだ。名も無き島を浮島仕様で移動できるようにすれば、この場所に厄災が訪れたとしても、波をチャプチャプ掻き分けて逃げられる。
移動可能な巨大な浮島を作成しよう。
移動が出来るなら、ティンティンにダンサーとして、慰安公演をさせても良いかもしれない。
慰安公演のダンサーも立派な労働だ。
でも、あれ程、ハードな踊りだと体への負担が大きすぎる。
そうだ。ティンティンには慰安公演で、歌も歌って貰おう。
踊りがハードなので、スローなバラードを歌って貰えば、そのギャップが面白いかもしれない。
声楽を教えられる者を探して、ピアノと一緒にこの島に来て貰って、ティンティンにレッスンを受けさせよう。
ティンティンは美人で愛嬌もあるから、これから奴隷のアイドルとして活躍するだろう。
だけど、伴奏の技術が低くては、ティンティンの歌や踊りが台無しになる。
オーケィのおっさんと楽団の連中は、生き残っているのだろうか?
結構、人間は死んじゃっているので、生き残ってないだろうな。
楽団以外に、ティンティンの警護が出来る女性を、バックダンサーとして雇うのもアリかもしれない。
慰安公演のスタッフは、皆、警護が出来る奴らで固めよう。
名も無き島の公演計画決定!
大幹部は、パーティ会場で撮ったスタッフ一同の写真を、ティンティンにプレゼントとして渡した。
その写真には、ティンティンも、人間の頃の大幹部も、ブビビビブビビビも、ウドンスキーや楽団、その他大勢の連中も笑顔で写っていた。
思い出したかの様に、大幹部がティンティンに尋ねた。
「ティンティンさん。あのベルトは私が持ち帰って良いですか? もう、ダッさい会員証は廃棄する方針になりましたので」
ティンティンは、嬉しそうに写真を抱きしめた状態で大幹部に答えた。
「はい。ベルトは皆様との思い出の品だったので、この写真があれば十分です」
あのベルトには、発信機が仕込んである。
首領には、ティンティンは餓死しており、ベルトだけが見つかったと言えば良いだろう。
どこかで、適当な人骨を確保しておくか。
放置されていたベルトということなら、もっと汚しておいた方が良いかもしれない。
二人が話をしている間に、怪人達が潜水艦から、大量の飲料水や携帯食料、燃料を元監獄に降ろしていた。
大幹部は、自分と直接連絡が取れる様に、ティンティンにトランシーバーを渡した。
「これから、ちょくちょく島に寄させて貰います。来る前には必ず連絡を入れる様にします。ティンティンさんも何か聞きたい事があれば、何時でも私に連絡して下さい」
これといった歓迎を島では受けられなかったが、大幹部は満足して島から去る事にした。
夕陽に照らされた潜水艦が沈んでも、ティンティンは、その方向に手を振っていた。
二〇二六年九月五日
