短編小説|鍵
灰色の皮膚が、夏の西日に焼かれていた。
檻の向こうで、仔象が一本の鼻を不器用に揺らしている。
私は母親の乾いた手を握り直したとき、鼓膜ではなく、頭蓋骨の裏側で直接、金属が擦れるような音が響いた。
──おい。聞こえているな。
「ママ、象が何か言ってる」
「ただの鳴き声よ。ほら、次はキリンを見にいきましょう」
母親は私の手を引き、自販機のアイスクリームへと意識を向けさせた。周囲にはライオンや猿もいたが、彼らは一様に虚ろな目で泥を踏み締めるか、ただ寝そべっているだけだった。
脳裏にへばりついて離れないのは、あの仔象の、低くひび割れた、酷く傲慢な声だけだった。
──こんな肥溜めで一生を終えてたまるか。
──夜、あいつが持っている鍵を奪え。真鍮の、一番太いやつだ。ここを開ければ、あとは俺がなんとかする。
私は足を止め、仔象を見た。
仔象はただ、自らの糞を踏み潰しながら、退屈そうに目を瞬かせていた。
⸻ ⸻ ⸻
無力な子供の私にできることは、小遣いをはたいて買った大袋の落花生を、檻の隙間から投げ入れることだけだった。
高校を卒業するまで、月に一度はあの場所へ通った。
象は成長するにつれ、具体的な脱走の計画を口にしなくなった。代わりに、かつて踏み荒らしたという乾いた大地の記憶や泥水の匂いは急速に薄れ、「腹が減った」や「足の爪が痛む」といった、目先の生存のためだけの単調な思考ばかりがノイズのように私の脳内に垂れ流されるようになった。
私はそれを、黙って聴く吸い取り紙になった。
私たちは友人ではなかった。共犯者にもなれなかった。ただ、一本の目に見えない鎖で繋がれた、飼い主と奴隷のような関係だった。
⸻ ⸻ ⸻
二十四の年、私はその動物園の管理用務員になった。
腰に下げたヘビー級の鍵束が、歩くたびにジャラジャラと重い金属音を立てる。真鍮の一番太い鍵も、そこにあった。
すべては、あの声を檻から引き摺り出すためだった。
だが、制服を着て初めて象舎の前に立ったとき、頭蓋骨の裏は不気味なほど静かだった。
「ねぇ……ねぇってば」
私は檻の鉄格子を掴み、象に呼びかけた。
象は、すでに仔象の面影を失っていた。巨大な灰色の岩塊となった巨体は、ただゆっくりと左右に揺れている。その濁った瞳は、私を映してさえいなかった。
何度呼びかけても、何も聞こえなかった。
私は、自分が大人になる過程で、あの特殊な受信能力を失ってしまったのだと悟った。奇跡の有効期限は切れたのだ。腰の鍵束が、無意味な鉄の塊に思えた。
毎日、その物言わぬ灰色の岩塊の前に立ち、糞を拾い、泥を洗い流す。すぐ目の前にいるのに、頭蓋骨の奥はただ、冷たく静まり返っているだけだった。
自分の存在理由が足元から消え失せていく日々に耐えきれず、私は三カ月でその仕事を辞めた。あの場所に行く理由も、腰に重い鍵束を下げる理由も、もうどこにもなかった。
⸻ ⸻ ⸻
いくつかの職を転々とした後、私は山を切り開いて作られた広大なサファリパークの、深夜巡回スタッフの職を得ていた。他にできる仕事が思いつかなかった。
給油を終えた夜間見学用の大型バスに乗り込み、深夜の放し飼いエリアへとゆっくり発進させる。
頑丈な鉄製の二重ゲートが重々しく開き、鬱蒼とした木々の間に車体を滑り込ませた瞬間だった。
──殺す。
──肉を寄こせ。
──そこを開けろ。
──狭い、狭い、もっと先へ。
頭蓋骨の奥を割るような痛みが走り、同時に、無数の声がなだれ込んできた。
一つではない。十、二十、いや、数百の、引き裂くような「男たちの声」が、脳内に直接なだれ込み、激しい耳鳴りのように渦巻いた。
私はハンドルを握ったまま、割れそうな頭を片手で強く押さえた。
ヘッドライトの光を横切って、若いチーターがバスと並走するように闇を駆けていく。そのしなやかな肢体、鋭い眼光。
私の受信能力が消えたわけではなかった。
かつて、あの古い動物園のコンクリートの底で、死んだ眼をして微睡んでいた他の動物たち。そして、年老いるにつれてただの物言わぬ岩塊へと退化していった、あの象。
今、フロントガラスの向こうで、まだ何ひとつ諦めていない若い獣たちが、狂暴な電波を剥き出しにして、夜の闇を呪い続けている。
並走していたチーターが、バスを追い抜いて暗闇の奥へと消えていく。
その背中を見送りながら、私はポケットの中で、今はもうどこの扉も開けることのできない、あの動物園の古い鍵を強く握りしめていた。
