【第三話】まんなかのベンチーー子どもになった大人
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自分の周りを包んでいた青い光は薄まり、にぎやかな子どもたちの声が聞こえた。
どこかに着いたようだ。
恐る恐る目を開けると、そこは、どこか懐かしい――昔よく遊んでいた広場だった。
「キャー!」
楽しそうに走りまわる子どもたちがいる。
「つぎ、おまえが悪者な!くらえー!!」
紙で丸めた棒を剣に見立てた男の子が、ばしっと背中を叩いた。
「わっ」
軽くなった体が、あっさり前につんのめった。 あれ?
思わず自分の小さな手を見つめる。
(……子どもになっちゃったんだ。)
そう気づいたとき、ふと黄色いベンチが頭に浮かぶ。
(もしかして……黄色いベンチは子どもの世界に行くベンチだったのか?)
自分は、本当は「大人らしい大人の世界」に行きたかった。
仕事をそつなくこなし、みんなから必要とされる、理想の大人になりたかったのに。
でも――子どもの世界に来てしまった。
(また……また失敗してしまったのか?
駄目じゃないか。こんなところで遊んでる場合じゃない。)
それでも、足と手に砂がついたまま、その場で動けずにいた。
子どもたちはそんなことお構いなしで、思い思いに棒を振り回して遊んでいた。
「おーい、次、かくれんぼしよー!」
誰かの掛け声とともに、急にかくれんぼが始まる。
「いーち、にーい、さーん」
かまわずに数を数えだす子をぼうっと見ていると、
「ねぇ、何してるの!早く隠れよう」
不意に手をつかまれて、体が軽く引っ張られた。
みつあみをした女の子が、自分の手を握って木の影まで走る。
「ぼ、ぼく、参加してない。」
慌てて、子どもを装って答えた。
「なんで?楽しいのに?……あっ、それか、他の楽しい遊び思いついた?」
女の子は目をキラキラさせて、こちらをのぞき込む。
「いいよ、君が思いついた遊びしよう!」
まるで、隠しているものを白状させようと、ぐいぐい迫ってくる。
「え?かくれんぼは、いいの?」
「え?かくれんぼも好きだけど、君の考えた遊びを聞きたいから。ねぇ、教えて!」
顔を近づけて、わくわくした瞳で待っている。
気が付くと、気持ちとは、反対に口が勝手に話し出していた。
「えっと……僕と君は、違う星から来た宇宙人なんだ。でも、この地球の人に見つかると捕まえられてしまうから、地球人の恰好をしてる。」
「えぇ!何それ、すごく楽しそう!」
女の子は頬を赤くさせて、興奮して飛び跳ねる。
自分も少し楽しくなっていき、大事そうに声を潜めて言った。
「実はね、重要な任務があって……この地球に隠された大事な植物を、自分の星に持って帰らなければいけない。なぜなら、僕たちの星はー」
女の子は、ぱっと目を輝かせて、
「ー絶滅の危機に瀕している!!」
二人の声がぴったり同じ瞬間に重なった。
女の子のまっすぐな瞳の中には、自分と同じわくわくが映っていた。
気づけば周りの声も風の音も、聞こえなくて、
顔を近づけて、夢中で、空想の宇宙の話をした。
笑い声が重なり、その場にふたりの小さな星が生まれたみたいだった。
「さあ、今すぐ、その植物を探しに行きましょう!」
また手をぐいっと引っ張られ、これかしら、あれかしらと夢中で近くの草花を摘んでいく。
その姿を見た別の子が、
「ねぇねぇ、何やってんのー?」
と声をかけると、
「あのねー!」
女の子は、さっきふたりで話した設定を一気に話した。
いつの間にか、さっきまでかくれんぼをしていた子たちが、みんな集まってきていた。
そして一斉にこちらを見て、
「それで、それで、どうするの?」
と興味津々に続きをせがんでくる。
自分は、昔、子どものころに何度も思い浮かべた宇宙探検の空想を話してみた。
「じゃあ、おれ、宇宙警察なー!」
「えー、じゃあ、私、その星の宇宙戦士!」
次々に設定が追加されて、またみんな思い思いに走り回っていく。
その姿を見ながら、なぜか涙がこぼれてきた。
(自分は……こういう世界に行きたかったんだ。)
もう、限界だったんだ。
とても、苦しかった。
本当は、自分で想像して、自由に何かを作り上げるのが好きだった。
誰かの言う通りに従うのではなく、自分に賛同してくれる人と一緒にいたかった。
一人で立ち尽くして、ぽろぽろ泣いていると、
さっきの女の子が走ってきて、
「ねぇ、なんで泣いてるの?……あなた、とっても素敵よ。」
女の子はそう言って、無邪気に笑った。
その目は、まっすぐで、大きくて、キラキラしていて―― どこかマウムくんと同じくらい、心の奥を透かしてくるようだった。
女の子の手が、そっと自分の手に重なる。
その手は驚くほど小っちゃくて、少し汗ばんでいて、ぎゅっと強く握るその力は、どうしようもなく暖かかった。
コトン――
胸の奥で、小さく何かが鳴って、
閉じていたものが、そっと開いた。
その瞬間、ビューンと後ろから風が吹き抜け、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。
「よかったね。」
マウムくんの声だった。
思わず振り返る。 けれどそこには、誰もいなかった。
気づくと、いつの間にか、また、黄色いベンチに座っていた。 黄色いベンチと元の姿に戻った大人は、高く高く昇って、光に包まれていった。
