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彼女と会った帰り道、心が少し軽くなる理由

三茶でランチをした。
おしゃれな店で、メニューも洒落ているのに、
私たちの会話は終始、ヘルスケア情報サイトみたいだった。

ストレートネック、整形外科、更年期。
最近、すぐ疲れる話。

若い頃に出会った私たち。
こんな会話ばかりになったのは、今回初めてだ。

「お互い歳を重ねたものだな」と、笑いながら思った。



安心できる場所


昔からの友人って、やっぱりいい。
何でも気兼ねなく喋れる。

職場では、
少し言ったことが、パン生地の発酵みたいにぶくぶくと膨れ上がり
いつの間にか別の話になって広がっていたりする。

「ちゃぷぼちさんが言ってたって聞いたけど、ほんと?」
身に覚えのない噂を向けられると、背筋がぞわぞわする。

独り歩きして、上司に伝わっていることもある。
みんな普段は距離を取っているのに、
立場が絡むと、大樹の影に寄ろうとする。

ガス抜きに使われたんだなと思うと、
自分の価値のペラペラさを、目の前に突きつけられたみたいで、
くるくる巻いて、クロワッサンにでもして、美味しく食べられたら良いのにと思う。

傷つきやすい純情アラフィフ乙女だから、そうはいかないのだ。

だから、
大切な友人と話す時間は、安心して悩みを打ち明けられる、数少ない場所だ。


ランチはサーモンnoodle三軒茶屋。
ちょうどサーモン飯が炊きたてだと店員さんが教えてくれて、
喰い気味に注文。
単体では薄味だけど、磯の香りが口の中に広がる。
クリームスープに入れると、リゾット風。
味加減がパズルのようにぴったりで、
鮭のザラっとした食感とご飯のもちっと感が、スープの中で踊って絶品だった😂




同世代に起きていること


三茶でランチをした日も、そんな安心できる時間だった。

友人はストレートネックで通院していると言い、
私は今年に入ってから、明らかに体力が落ちたと感じている。

パート仲間の同い年の人も、
「昨年からガクッときたんだよね」と言っていた。

偶然じゃなく、
私たちくらいの年齢って、体の経年劣化が加速するんだなと実感した。



体が黙らなくなった年齢


若い頃は、多少の不調なら気合でどうにかなった。
無理をしても、体は黙ってついてきてくれた。

正職で働いて、土日にディズニーに行っても平気だったなんて、
おとぎ話だったんじゃ無いかってくらい信じられない。

でも今は違う。
無視すると、しっかり自己主張してくる。

オズの魔法使いのブリキの木こりのように、油を刺さないとギギギと音がする。
やれ肩だ、やれ腰だ、やれ膝だと、
昔モラハラだった誰かさんみたいに文句ばかり。

「体って繋がってるのね!」なんて、アハ体験みたいなワクワクを感じてる暇はない。

錆びつかないように伸ばして、ひねって、曲げてを繰り返す。
気分は、ジャムおじさんに捏ねられるアンパンマンの顔。

アラフィフって、
体を「使う」年齢から、体に「お伺いを立てながら生きる」年齢への
移行期なのかもしれない。

散歩して腹ごなししたら、ジュウニブンカフェへ。
舌が歳とともに肥えすぎて、口の中でいろんな味が混ざるケーキを注文。
私はベリー系チーズケーキ、友人は洋梨のタルト。
飽食の時代に生まれた、お互いの子供たちは、
ボーロやビスコなどの単純な味に感動する。
そんな話で盛り上がりながら、凝ったケーキを平らげる母達。




私のオイルヒーター的存在


友人は年末年始にソファーに寝っ転がりながら読書三昧していたら、首を痛めたらしい。
「幸せの代償だね」と言ったら笑っていた。

彼女とは、人生の中で出会ってからの年月の方が長い。
お互いの辛い時も、大変な時も全部知っている。

子供連れでも、夫の転勤で遠く離れていても、何とか都合をつけて会ってきた。
だからこそ、穏やかにに暮らせていることを確かめられると安堵する。

健康を損ねたから、全然穏やかじゃないじゃんと、ツッコミが入るかもしれない。

でも、温かい部屋でフカフカなソファーに寝転んで、のんびり過ごしている友人を想像するだけで、
私の心は、オイルヒーターみたいにじんわり温められる。




繊細な私の大切な時間


友人が、私を選んで誘ってくれるのが嬉しい。

若い頃の私は、
彼女をからかったり、余計なことを言ったりして、
今思い出すと、共感的羞恥心で頭をかきむしりたくなるようなこともしてきた。

それでも今、こうして声をかけてくれるということは、
きっと友人も、私と一緒にいる時間を、楽しいとか、気楽だとか、
そう感じてくれているのだと思う。

それは、私にとって大きな自信になる。

職場では、
人間関係をうまく作れているとは言いがたい。

少しの態度の変化を深読みしてしまったり、
思った通りの反応じゃないだけで、
「どうせ私なんて」と心がキンキンに冷えて固まってしまう。

そういう細かな空気を、私はいちいち受け取ってしまうから、
自分から心を開くのが、どうしても怖い。

だからこそ、
そんな私と「話したい」と思ってくれる人がいることは、大きな心の支えになる。

三茶でランチをして、
他愛もない話をして、
体のことなんかも笑いながら話せる時間。

それが今の私には、思っている以上に大切だった。

次の日の朝、窓から外を見上げたら月が見えた。
生成AIで作った画像みたいに綺麗。
そんなちょっとしたことも、良いことがあった時は感動する。




等身大の幸せ


今回のランチ内討論では、無理をせず、気楽に働き、体を守るのは、
将来への投資だという結論に至った。

待ち合わせ場所まで自分の足で行けて、美味しくランチを食し、
近況報告をしながら、笑って帰れる健康体を保とう。
そして、何より夫に感謝して、労をねぎらおう。

そんなシュプレヒコールをあげて幕を閉じ、手を振って別れた。

彼女と会ったあとの帰り道、
心が少し軽くなっていることに気づく。

人は、
そうやって何度も救われながら
生きていくのかもしれない。



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