向いてない土俵を降りたら、気持ちが楽になったアラフィフの話
「こんなに楽して生きてていいのか」と責めていた頃
キャリアウーマンで、バリバリ働いている人たちを見ると、
私はずっと「こんなに楽して生きてて良いのか」と自責の念に駆られていた。
同じ時間を生きているのに、
あちらは成果を出して、評価されて、収入も安定している。
それこそが心身ともに充実したウェルビーイングだと。
それに比べて私はというと、
焦っているわりに結果は出ていない。
しかも、イライラしている。
もっとお前やれんだろオラオラ!と、
「気合」「根性」「男気」が三種の神器とされていた昭和の世界観そのままに、
ニッカポッカを履いた大工の親方ばりに自分を煽っては、
出来ていない自分を振り返って責める。
そんな脳内ディスラップ大会を壮大に開催しては、
一喜一憂する毎日だった。
当時の私は、
「お金をより多く稼がないと」
という気持ちで、自分をだいぶ雑に扱っていた。

お気に入りのレースのカーテンの透け具合を眺めながら、
空を見上げるときが一番幸せ。
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消化できない感情を、一人で滝行していた
職場の雰囲気や、効率の悪さにモヤモヤしながらも、
「これは自分の中で消化すべき感情」
と、なぜか白装束で滝に打たれる修行僧さながらに、
一人で勝手に精神修行をしていた。
でも、消化できないものは、できない。
太田胃酸を飲んでも、ガスター10を飲んでも効かない。
胃酸が原因じゃないなら、
飲み過ぎ食べ過ぎに効くキャベジンコーワゴールドはどうだ、と試してみても、
やっぱり効かないもんは効かないのだ。
仕事中、ずっとイライラしていて、
そんな自分がまた嫌で、
「迎合しないと稼げない自分って情けないな」
と、さらに卑屈になる。
今思うと、
メンタルが負のサブスクに入会していたまま、
退会手続きも面倒で放ったらかして、
知らぬ間に少しずつ少しずつ、心の貯金が減っていた感じ。

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「どうせ私なんて」が、家族まで下げていたと気づいた日
そんなある日、ふと気づいた。
「どうせ私なんて」
この言葉、自分だけじゃなくて、
自分の大切な家族まで一緒に下げてない?
だって、自分の価値を下げるってことは、
気づかないうちに、
自分が所属する家庭全体まで巻き込んで、
世俗のヒエラルキーの中を
ずるずる下へ引っ張っているようなものだから。
私にとって一番大切な家族、その全員のユニフォームに、
夜な夜な“弱小チーム”のワッペンを縫い付ける内職に勤しむ、
疫病神になってしまっていた。
それに気づいた時、嫌悪感で背筋がゾッとした。
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サボりじゃない。これは回復期だ
だから私は、
職場にいる時間を減らすことにした。
代わりに、自分の好きなことをする時間を増やした。
もちろん、その時間はお金にならない。
今までみたいに、
「欲しいと思ったら買う自由」は、
鳩を空に放つように手放した。
それなのに、
不思議とワクワクする時間は確実に増えた。
好きなYouTubeを観て、
ドラマを一気見して、
漫画を読み返して、
気づいたら昼寝している。
自分を大切にするって、
もっとストイックなものだと思っていた。
スパルタ方式で自分を鞭打って、才能を伸ばすことが、
自分の人生を豊かにすることだと信じ込んでいた。
けど、今の私には違った。
そういうやり方が向いてる人はそれで良いし、
私にもそれが合っているタイミングがあって、その時はそれで良かった。
今の私は真冬に裸で、冷水を浴びすぎて風邪をひいた状態。
それを癒すのは、温かい寝床とお粥だ。
弱った小鳥を真綿で包んで介抱するかのように、
優しく心を癒すタイミングだ。
だから今は心の赴くままに好きなこと、楽しいことへと
双六のコマを進めていっている。
ただ、これはサボりではなく回復期だ。

しかも2個同時に❣️
ポケモンのレアカード見つけたみたいで嬉しい☺️
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向いてない土俵を降りたら、心地よさが残った
そんな中で、
キャリアウーマンたちを見る目も、少し変わった。
「あの人たち、すごい」
は変わらない。
でも最近は、
「好きでやってるんだな」と思うようになった。
自分の意見が通る立場まで上って、
人に指示を出して、
プロジェクトを動かしていく。
責任も重いはずなのに、
仕事のことを考えるだけでワクワクする。
そこにウェルビーイングな時間を感じている。
それってもう、
好きを突き詰めた結果が、
今の働き方とぴったり合っているだけなのかもしれない。
それに対して、私がしたかったこと、叶えてきたことって何だ?と考える。
私は子育てがしたかった。
子供中心で、子供第一で、
子供の成長を人に預けるのではなく、自分で携わりながら、
成長を見守りたかった。
その願いは運良く、旦那の稼ぎのおかげで叶えられた。
(夫婦関係は色々あったけど😅)
そう考えたら、
私は別に卑下することは無かった。
十二分にウェルビーイングな毎日を過ごしてきていたのだ。
嗚呼、
私は好きでもない土俵に立って、
向いてない相撲を取っていただけだったんだな。
人には、人それぞれの「ほどよい心地よさ」がある。
アラフィフになると、
もう一度「好きじゃないこと」を頑張る体力がない。
気合より、昼寝が必要だ。
だから今は焦らない。
子育てが終わったあと、私をワクワクさせてくれるものは、
これから見つけていけばいい。
何かをするたびに、自分に聞く。
「これ、好き?」
「無理してない?」
正解かどうかより、
すり減らないかどうか。
生活は変わった。
稼ぎは減ったけど、イライラも減った。
そして、笑う回数は確実に増えた。
昼寝が増えても、それも悪くないじゃない。
途中でお茶休憩多めの、
アラフィフらしいペースで。
