髪を切った娘が泣いた日と、母がそっと守りたかったもの
鏡の前で、ぽろぽろ涙をこぼす娘がいた。
髪を切った自分の姿を受け止められなかったのだ。
高校生になって芽生える“自分らしさ”へのこだわり。
前髪のサイドバング(こめかみのあたりで流れる横髪)の落ち方、ひとつ結びにした時の後ろ髪の垂れ方──。
変ではまったくなく、どちらかといえば可愛い。
でも、ほんの少し違うだけで「昨日までの自分じゃない」と感じてしまう。
それが悔しくて、悲しくて、泣けてしまうのだろう。
大人から見れば「可愛いじゃん」「髪なんてすぐ伸びるよ」で片づく話。
でも本人にとっては、小さいけれど大きな喪失。
“自分の輪郭”がズレるような違和感なのだと思う。
私はいたたまれなくなって、隣に座った。
「じゃあさ、一緒に“可愛くなれる髪型”を探そう」
鏡の前で泣く娘を見ながら、姫カットみたいに段々だったサイドバングが自然になって、
むしろ可愛くなった事実を告げたくなったが、
それを言ったら余計に怒らせるだろうからグッと堪えた。
後ろの髪が広がるのが特に嫌みたいなので、お団子にしてみたり、高めのポニーテールにしてみたり。
しっかりクリームを塗りこんだら毛先がまとまって、娘はようやく鏡をまっすぐ見られた。
「これなら大丈夫」そう言って少し笑った。
自分が嫌なまま学校へ行くなんて、きっととてもつらい。
あの子たちにとって学校は友達と会える楽しい場でもあるけど、主戦場でもある。
ちょっとした違和感が、からかいや噂のきっかけになることもある。
娘もそれを予感して、不安になったんだろう。
だから、少しでも気持ちを軽くしてあげたかった。
大切な娘だから。
小さな頃は、私が前髪を切るのが面倒で、できるだけ短く、おでこの真ん中でまっすぐに切ってた。
クレラップのCMの子みたいな昭和な前髪でも、平気で笑ってたのに。
子どもの成長って、いつも嬉しいのに、少し切ない。
どんなときでも、ちょっとした工夫で改善できることはたくさんある。
自分を嫌いなまま終わらせるのは簡単なこと。
簡単だからこそ、放置して、嫌なところばかりが目について、心がじわじわ疲れていく。
だから、娘たちには"後ろ向きから抜け出す方法"を自分で見つけられるようになってほしい。
大きな決意じゃなくていい。
階段を一段だけ上がるくらいの、小さな動きでいいから。
自分を好きでいる努力を、面倒くさがらず続けられる女性になってほしい。
——だって、後ろばかり見てしまうところまで、やっぱり私に似てしまった娘たちだから。
その癖を、私の世代で終わらせたいと思っている。
そしていつか、自分で結んだ髪を鏡の前で「これでいい」と思える日が来ますように。
その日まで、私はそっと、後ろから見守っていようと思う。
