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庭木を育てるように、私たちは距離を編む

夏になり、我が家にどこからもとなく小さな侵略者たちがやってきた。アリ、コバエたち。そして極めつきは、先日ソファーの裏に巣を作っていた謎の茶色い虫。

見つけるたびに、私は鬼の形相で殺虫剤を手に取る。アース、フマキラー、キンチョー。日本の誇る大手メーカーの英知に次々と課金し、我が家の平穏を取り戻すべく撲滅を試みるが、奴らはゾンビのごとく何度でも立ち上がってくるのだ。

……と、日々そんな虫たちと格闘しながら、ふと昔の夫の姿が脳裏をよぎった。そうだ、奴も昔は私のテリトリーを、土足で踏み荒らしたものだった。あの激しい心の勢力圏争奪戦を、私は忘れない。

家のあちこちにアリの巣コロリを忍ばせる



毒は薬に……ならなかった日々

夫は昔から一言多い。目に入るもの全てを言語化せずにはいられず、しかもそこに「夫目線のコミカルな毒」を絶妙な配合で盛ってくる。

付き合っている頃は、それが面白かった。世の中を斜め上から見る独特の視点に、私の脳みそは寝返りをうつようによく笑ったものだ。
その新鮮さは刺激的で、「この人といたら一生退屈しないだろうな」と、キラキラした未来のビジョンを勝手に描き上げていた。

…まぁ、ある意味では退屈していないのだから、当時の予感は大正解だったわけだが。

いざ結婚してみると、その毒針は私に向けられるようになった。家事や育児のやり方にいちいち口を出すわりに、手は一切動かさない。抱いた不満を逐一実況中継するその性格に、私の心はみるみる荒野と化していった。

夫の攻撃スタイルは直上型。感情の赴くままに熱々の石を投げつけてくる。
こちらはそれ以上石を熱くさせまいと、何重ものオブラートに包んで優しく投げ返す。だが、包めば包むほど、なぜか夫の石は熱を帯び、2倍も3倍にも膨れ上がって倍返しされる。

「どうせ言っても無駄だな」と悟った私は、口をつぐんだ。とはいえ、負けたまま引き下がるほど人間ができていないので、全身から「私、今めちゃくちゃ不機嫌です」というオーラをダダ漏れさせて応戦した結果、家の中の空気は冷え切るばかり。

ソファー周りは飲食するから虫が湧きやすいらしい



限界の先で引いた、正しい境界

ストレスを溜め込みすぎた私はついにバセドウ病を発症し、ついに頭の中の「遠慮」という名の細い糸が、プチッという可愛らしい音とともに切れた。

長年かぶっていた「良き妻という名のにゃんこ型着ぐるみ」をその場で脱ぎ捨て、私も夫に向かって「感情の石」を遠慮なくド直球で投げつけてやったのだ。
さすがに面食らったのだろう。夫は一瞬でしゅんと萎み、それ以降は無駄な口撃をパッタリとやめた。

…そう、私たちはここでようやく「正しい境界線」を引くことができたのだ。
私のテリトリーに土足で踏み込んでこなくなった今、私はこう思う。
「あれ? やっと本当の意味で家族になれたんじゃないか?」と。

隠していた本音をぶつけ合い、相手に対する過剰な期待や執着を手放した今、我が家の夫婦関係はすこぶる安定している。
同じ家の中にいても、お互いそれぞれの部屋で自分の世界に没頭する。喋りたくなったら喋り、出かけるときは短時間。長くベッタリ過ごさないこの距離感が、お互いのメンタルのためにちょうどいい。



私たちが耕した、不器用で愛おしい場所

世間のおしどり夫婦や、仲良さそうな理想の家庭の姿に、胸の奥がチクリと痛む瞬間がゼロだと言えば嘘になる。
「あぁ、私は結婚する相手を間違えてしまったのかもしれない」と、暗がりの中で自分の過去の選択を呪った暗黒時代だって、確かにあった。

けれど、立ち止まってよくよく考えてみる。
「じゃあ、あの頃の未熟だった自分に、もっと条件のいい素敵な男性を射止めるだけのスキルやコミュ力があったのだろうか」と自問自答してみれば、答えは秒速で出る。いや、絶対に無理だった。当時の私には、あの選択が精一杯だったのだと。

「隣の芝はいつだって青い」けれど、その柵の向こう側の実態なんて、誰にも分からない。完璧に手入れされているように見える家庭の裏側にも、きっとそれぞれの人知れぬ大問題や、波乱万丈の修羅場が潜んでいるものだ。

我が家だって、世間からどう見えているかは分からない。もしかしたら、そこそこ順風満帆な熟年夫婦に映っているかもしれない。
だが、その平穏は、決して自然の風に吹かれて芽生えたものなどではない。
私たちが重ねてきた血のにじむような努力と我慢、そして激しい爆発。そうやって荒れ果てた土地を必死に耕し、傷だらけの手で、自分たちなりの青々とした芝をようやくここまで育ててきた結果なのだ。

いろいろな季節があった。紆余曲折の旅路だった。
それでも、うん、悪くない。今の私たちの距離感を、私は結構気に入っている。

完璧じゃなくていい。誰かの真似じゃなくていい。
これからも我が家は、私たちにしか紡げない不器用で愛おしい物語を、マイペースに歩んでいけばいいのだ。

夫の部屋は南東、私は北西
日は当たらないけど、好きなものを詰め込んだ大好きな部屋

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