還暦の愛車 【番外】 お題で書きはじめるnote企画|「熱帯夜」|シロクマ文芸部
熱帯夜、23時、重たい空気に潜り込むように走り出す。夜の街に滑り出すボディは銀色。
都市高速に入る。一周10キロ、ここを何周かするのが、最近の日課だ。仕事は忙しい。少し焦燥感に駆られているのかも。
ロードスターは、湿り気のある空気の中を快走する。最初のブラインドカーブ、追越車線、このまま突っ込むかとハンドルを切り込んで、アクセルを踏み込んだ瞬間。目の前に防音壁に突っ込んでいるスポーツカー!
!!!!
慌てて急ブレーキを掛ける。すんでのところで回避。事故は起きたばかりのようだ。2速に落として、ゆっくり横を通り抜ける。スポーツカーは派手にカスタムされた黄色のRX-7だった。
ちらっとみる。運転手は大丈夫なようだ、その時、急に人影が左のボンネットに。
危ない!
急ブレーキ、轢かなかったが、なんと人影は助手席に乗り込んできた。
おい!
「タスケテ・・・」
若い女性だった。ルームミラーをみると若い男が何か叫んで近づいてきた。咄嗟に、アクセル踏み込んでしまった。
やばい
走りながら、どうしたのと聞くが、モゴモゴいうばかり、外国人のようだ。
運転しながら横目でみると、服装が少しケバい。男から逃げたのか。オレンジの街灯の明滅に嫌な予感が込み上げる。
「逃げてきたのか?警察へ!」
すると分かったのか、困る、困るという感じで首を振る。
不法滞在?
「○×エキ・・・」
ポツリという。それって空港へ向かう駅だが。
化粧の匂いがキツくなる。狭いロードスターだし、定員一杯で、エアコンの効きも鈍りだす。
俺も動揺してる。エアコンのバーを左へスライドさせつつ、すっとランプへハンドルを切る。
車の動きに突き動かされたように突然。
「ダメ、○×、○×エキ!」
ハンドルにしがみついてきて、あやうく側壁にぶつかりそうになる。
「ちょちょちょ、わ、わかった、わかったよ」
ハンドルから腕を振り解き、シフトダウンしてアクセルを踏み込む。さっきの事故現場のカーブを横目に直進する。パトカーが集まってきていた。
ロードスターはそのまま空港近くの駅へ向かう。地道に出ると深夜の通行量は少なく、白い街灯に照らされて、二人は無言のまま走る。
駅のロータリーで停めると、女は何も言わずにドアを開けて改札へ。開けたドアもそのまま、空気が入れ替わって、少しホッとした。
ロータリーは無人だ。0時を回ってる。
間に合ったかと思ったが、改札の電気が消え、女が戻ってきて、何事も無かったかのように助手席に座る。俯いたままつぶやく。
「モウ、オワッテタ・・・カエレナイ」
髪が顔にかかって表情は見えないが、街灯に照らされて頬が光ってる。英語混じりで何か呟いてるが、よく聞き取れない。
こんな時、映画のように女がタバコくれって言ったら困るな。禁煙車なんだよ。
ロータリーの端、交番に明かりがつき人影が動く。女はビクッとして、こっちにすがりつくように頼む。
「ハヤクイク、イクヨ」
はいはい、ここまできたら付き合いますよ
ロードスターは再び走り出す。白い街灯が繰り返すうちに、女は落ち着いてきたようだ。
「カエル」
「え、いいの」
それに女は応えず、ロードスターの屋根を見上げて、言った。
「オープンデ、ハシル・・・」
路肩でオープンにして走り出す。女の髪がぐちゃぐちゃになる。すまん。でも嬉しそう。
例の事故現場のあたり、もうスポーツカーはいないようだ。
オレンジ色の街灯に照らされて、女は空を見ているのか。
「アソコ」
最初に降りようとしたランプ。
ゆっくりと喧騒の繁華街に入る。
「ココデイイ」
薄暗いビルの前だった。
すっと降りて、髪をかきあげる。
子供っぽい顔してる。あざがある。
「オミセキテ」
え
女が車内を指差す。助手席に名刺が落ちていた。
おい
拾って見上げるともう女はいなかった。
帰りの風が、少しだけ軽い。
了
ブラインドカーブの事故だけ実話です。あとは熱帯夜の夢物語。
読んでいただき、ありがとうございます。
また来ていただけたら、うれしい爺さんです。
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