Numery never stops
3月。
夫のイケメンマッチョシャイな友人から3月に大量のワカメをもらった。
茹でては冷まし、塩で揉んで干し、台所は戦場だった。
4月の半ば。
今度は巨大な鮃2尾、鰈1尾、蟹。
ハイボールという名のガソリンを燃料に、私は五枚おろしマシーンと化した。
その友人はこの先も登場するだろうから仮名をつける。筋骨隆男、通称タカオさんとする。
今朝、弁当のためにキッチンに降り立った私は冷蔵庫を開けて絶句する。
白い厚手のビニール袋に触れた瞬間、覚えのある三角の感触。前のよりは小ぶりだが、私には何かすぐに分かった。
昨晩、私が寝たあと魚が届いたらしい。
今朝、私は冷蔵庫の前で膝をついた。
だが今回触った限りではモノは小さそうだ。
袋のサイズからして大した量でもないだろう。
夫は「鰈」だと言っていたし、あれなら頭と腹、ヒレと尾をハサミでちょん切って人数分に切ればおわる。
高を括っていた。
◆
16時、おもむろに冷蔵庫からブツを取り出す。
小ぶりに見えてずっしりとした手応え。
私の背中に一筋の汗が流れた。
シンクに置いて袋を開ける。
おっ?今回は頭がないぞ!
そして、鰈4尾。
ついでの顔で鮃が1尾いた。
エエェェェ~鮃あるなら早く言ってよぅ。
絶対に生で食べたいやつだもん。
まずは前回同様、大量の塩を塗り込み、ぬめりと戦う。
鰈はタライに入れておき、まず鮃を刺身用に五枚おろしにして皮を引いた。
その後まな板に鰈を乗せたが、塩でぬめりを取り除いたはずなのにまたぬめっている。
おまえは…ヌタウナギか?
揚げてあんかけにしたいのに、これでは油ハネが怖い。
また塩を刷り込むが、なんか無理。
私の脳にミスチルが流れた。
とどまることを知らないぬめりのなかで
いくつものやたら平らな
魚体を眺めていた
こいつら、やたらぬめる。
皮、いらねぇ。
今日は雨。
まだ納車が先の娘を会社に迎えに行かなければならない。
時計の針を確認して決めた、やる。
果てしないぬめりの向こうに
Oh,oh手を伸ばそう
誰かのために五枚おろし
Oh,oh Numery never stops
心のまま包丁握るのさ
誰も知ることのない下ごしらえ
◆
17:40私は皮を引き、中骨をグリルで炙っていたところに夫帰宅。
「頑張ってだねぇ」
他人事のように訛って褒めるのはデフォルト。
「50分に迎えに行くから、米研いで、まな板洗ってくれたら助かる!」
「いいよ」
私は石鹸で手を洗い車に乗り込む。
左手の指先を、指と爪の間を嗅ぐ。
臭い。
コンビニで待ち合わせた娘を乗せて急いで戻る。
「ママの指、臭いんだよね。」
◆
帰るとそこに夫はいなかった。
しかし、炊飯器はセットされ、まな板は清潔になっていた。
実はコンビニで白ワインを買ってきた。
鰈を五枚おろしにした時点で私の脳内では「揚げあんかけ」はやめて「ムニエル」にメニューが変更されていた。
鮃はカルパッチョに。
中骨はフュメ・ド・ポワソンだ!
中骨のあら汁などではなく、フュメ・ド・ポワソン。
さあ、ご一緒に!
Repeat after me
フュメ
・
ド
・
ポワソン
Ok. very good.
鍋にオリーブオイル、潰したニンニクを炒め、香味野菜。
煮立ったら中骨を入れトロ火で煮る。
味付けは塩コショウのみ。
鰈には卵巣や白子があり、それを除いたら腹側は身が薄くてムニエルに向かない。
思いついてクネルを作る。
ごめん、カッコつけてた。
すり身にした。
塩コショウと卵白を加えてフードプロセッサーでギュイーンっと。
野菜や中骨を除いた汁にポトポト落としてすり身団子入りスープ完成だ。
休ませていた鮃は薄切り。
皿にニンニクを塗り込み、鮃を並べる。
新玉ねぎのスライス、ダイスに切ったトマト、わさびとオリーブオイルを混ぜたものを乗せる。
塩は食べる直前に。
グリドルを出してオリーブオイルを引く。
塩コショウして薄力粉をまぶした鰈を並べた。

少しぐらいはみ出したっていいさ
Oh,oh詰め込もう
誰かのために何度も焼かなくとも
Oh,oh Numery has stopped
心のまま詰めて焼くのさ
誰も起きてこない夕食へ
ソファで末っ子がうたた寝していた。
次女は謎の関節痛で会社を休み二階で寝ていた。
◆
私は階段の下で叫ぶ
「ごはーん!!」
からの、階段を駆け上って次女に声をかける。
「大丈夫?食べれそう?」
「うん、大丈夫。」
階段を降りると間もなく2人がやってきた。
末っ子にも声をかける。
夫が「おおっ」と写真を撮る。
夫はエセインスタグラマーだ。
主に私の作ったご飯を載せている。
私の褌で相撲を取っているのだが、大目に見よう。
全員で食卓を囲む。
夫の撮った写真はタカオさんにもLINEで届く。
後日夫へ返信が来た。
タカオ
「随分美味そうなもの食ってんな」
いやいや…君がくれた魚だよ。
タカオ
「今度鮟鱇持っていく」
夫
「それだば、パニックになる」
タカオ
「なにごども経験だぁ」
そのやり取りの報告を受け、私に戦慄が走った。背中に一筋の汗が伝う。
果てしない闇の向こうに
Oh,oh 手を伸ばそう
捌けない鮟鱇ならいっそ
捌いて持ってきて…………
Tomorrow never knows



(鰈のすり身団子汁を年季の入ったお椀で)
