1話:知らないカフェに入ってみた日
雨の日だった。
朝から降っていたわけでもなく、急に空が暗くなって、ぽつり、ぽつりと。
天気アプリには「降水確率20%」って書いてあったのに。
そんな日だった。

電車を降りて、改札を抜ける。
人波に流されるように、いつもの帰り道を歩き出す。
だけど、なんとなく足が止まった。
「帰りたくないな…」
理由はわからない。
今日が特別つらかったわけでもない。
でも、“いつもの日常”に戻るのが、ちょっとだけ重たかった。
道を少し外れると、知らない通りに出た。
ずっとこの街に住んでるのに、気づかなかった。
傘の向こうに、小さなカフェの灯りが見えた。

「…入ってみようかな」
扉を開けた瞬間、ふわっと木の香りがした。
湿った空気と温かい照明、どこか懐かしいジャズが流れていた。
「いらっしゃいませ」
柔らかい声が、雨音を遠ざける。

メニューを開く。
いつもならカフェラテを選ぶところだけど、
なぜかその日は“本日のブレンド”を頼んでいた。
カップがテーブルに置かれたとき、
コーヒーの香りがふわりと鼻をくすぐった。
一口。
「…苦い」
「でも、ちょっと好きかも」
ほんの少し酸味があって、舌の奥に残る。
苦手なはずの味なのに、不思議とまた飲みたくなった。

窓の外では、雨が静かに降り続けている。
通りを行き交う人たちの傘が、音もなくすれ違っていく。
私はカップを両手で包んで、
しばらくぼんやりしていた。
こういう時間って、最後にいつ感じたっけ。
スマホを見なくても落ち着ける場所。
何もしなくても許される時間。
目の前の自分だけに、ちゃんと向き合える瞬間。

帰り際、店員さんが笑顔で「ありがとうございました」と言った。
それだけのことなのに、ちょっと救われた気がした。
あの日、
なぜか選んだ道、
なぜか入ったカフェ、
なぜか飲んだコーヒー。
全部、“ はじめて”だった。

あの1杯のコーヒーから始まった、ささやかな変化。
それはやがて、“新しい自分”との出会いにつながっていきました。
きっと、誰にでもあると思う。
ふと立ち止まって、少しだけ自分と向き合いたくなる瞬間。
次は、「はじめてnoteに投稿した夜」の話を、そっと綴ってみます。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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